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ガソリン価格は160円代にまで上がるか-原油市場を揺るがす中東の三大ミサイル危機

六辻彰二国際政治学者
東京都内のガソリンスタンド(2018.5.31)(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)
  • 国際的な原油価格に大きな影響力をもつサウジアラビアは、価格上昇を図っているとみられる
  • その一方で、中東では主に三つのミサイル危機が緊張を高めており、そのいずれもが大産油国を巻き込んでいる
  • 中東のミサイル危機は、産油国の思惑を超えて、原油価格を上昇させる懸念が大きい

 5月末、1リットル150円台(東京都区部)を突破したレギュラーガソリン価格は、その後も高止まりの様相を呈しています。その今後の動向を大きく左右するのが、6月22日に開催される石油輸出国機構(OPEC)の総会です。

 今回の総会の焦点は、OPEC加盟国が生産量の制限(減産)を維持して原油高に向かうか、増産に転じて原油安に舵を切るかにあります。

 どちらに転ぶかはエコノミストの間でも予測が分かれますが、OPECで大きな影響力をもつサウジアラビアが減産の維持、つまり原油価格の引き上げに傾いているという観測は、大方の一致するところです。サウジ政府は1バレル80ドル以上の水準を望んでいるともいわれます。

 OPEC総会の行方は見守るしかありません。しかし、1バレル80ドルを越えれば、ガソリン価格が160円台に突入する見込みも出てきます。のみならず、OPEC総会の決定にかかわらず、中東で大産油国を巻き込んだ緊張が高まる状況は、原油価格の先行きに悲観的な材料となります。

 特に注目されるのがイランとイスラエルの直接対決ですが、今日の中東ではこれを含めて三つのミサイル危機があります。この緊張の高まりはガソリン価格をはじめ、日本経済にも影響を与えかねないものとみられます。

イランとイスラエル

 5月10日、イスラエルはシリア領内のイランの軍事施設を、70発以上のミサイルなどで攻撃。これに関して、イスラエル政府は同日イランがイスラエルに対して行なったミサイル攻撃への報復と主張しています。

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 イランとイスラエルは、中東屈指の軍事大国。このうち、イランは冷戦期に北朝鮮製の弾道ミサイル、火星5を購入したのを皮切りに、その後独自に改良を重ねてきました。現在では、射程2,000キロにおよぶ中距離弾道ミサイル、セッジールなどでイスラエルを射程に収めています。

 これに対して、イスラエルは米国製の迎撃ミサイル、パトリオットなどで防備を固める一方、射程約5,000‐6,000キロの中距離弾道ミサイル、エリコ3など自国製ミサイルを配備しています。

イラン産原油の流通量は減る

 イランとイスラエルは、もともとパレスチナ問題などをめぐって対立してきました。しかし、トランプ政権が2015年のイラン核合意を破棄し、経済制裁を再開したことは、米国の同盟国イスラエルのイラン攻撃を加速させてきました。

 ところで、ブリティッシュ・ペトロリアムによると、イランの原油埋蔵量は1兆5,840億バレルで、世界第4位(2016)。中東ではサウジアラビアに次ぐ規模です。

 トランプ政権はイランと取り引きする外国企業への制裁も検討しており、ただでさえイラン産原油の流通量は減る見込みです。この上、イランとイスラエルの緊張が高まり、ミサイルなどでお互いに相手国本土を攻撃する事態になれば、大きな被害をもたらすだけでなく、イラン産原油が市場に出回ることはさらに難しくなります。

 日本もその影響は免れません。2015年段階で、日本の原油輸入の約5パーセントはイラン産です。大産油国イランの行方は、原油市場そのものを揺さぶるインパクトを秘めています。

サウジとカタール:兄弟げんかの果てに

 第二の危機は、サウジアラビアとカタールの間の対立です。

 6月2日、サウジアラビア政府はカタールに対する軍事活動があり得ると示唆。カタール政府がロシア製迎撃ミサイルS-400を配備したことへの警告でした。

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 サウジアラビアとカタールの対立は、約1年前にさかのぼります。サウジアラビアは2017年6月、カタールと断交。アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、エジプトなどもサウジにならい、これまでに8カ国がカタールとの外交関係を断絶しました。これにともない、カタールとの貿易や人の移動も遮断されています。

 カタールが周辺国から「日干し」にされた原因は、同国がハマスやムスリム同胞団などの勢力を支援し、イランとの関係を維持してきたことにありました。

 サウジアラビアはこれらの組織を「テロ組織」に指定して締め付けを強化する一方、宗派の異なるイランとの対決姿勢を鮮明にしています。そのサウジにとって、「ペルシャ湾岸の君主制国家」で共通し、サウジの足場である湾岸協力機構(GCC)メンバーでもあるカタールは、いわば弟分の一人。その弟分が自らの方針に従わない状況は、兄貴分サウジにとって見過ごせないものだったのです。

中東の針ねずみ・カタール

 ところが、カタールは周辺国からの封鎖を受けておとなしくなるどころか、むしろ態度を硬化させてきました。

 2017年12月、カタールは射程400キロの中国製短距離弾道ミサイルSY-400を導入。さらに同月、サウジと距離を置くトルコから、新たに約3,000人の部隊を受け入れることに合意するなど、防備を固めてきたのです。先述のロシア製ミサイルの輸入はこの延長線上のもので、S-400はシリアのアサド政権も配備しているものです。

 カタールが針ねずみのように防御体制を固めることは、しかしサウジアラビアの態度をもさらに硬化させており、両国の緊張はこれまでになく高まっています。この状況は、やはり原油市場にとっての不安定要素となり得ます。

 カタールの天然ガス埋蔵量は24兆3,000億立方メートルにおよび、その規模は世界全体の13パーセントを占めます(世界第3位)。また、資源エネルギー庁によると、日本の天然ガス輸入の15.8パーセントはカタール産です。この国を舞台に、トルコなど周辺国を巻き込んだ衝突が発生すれば、カタールからの天然ガス供給が減少し、ひいては国際的な原油市場にも影響が及ぶものとみられます。

イエメン内戦の飛び火

 最後に、イエメン内戦です。

 シリア内戦やパレスチナ問題と比べて、日本で取り上げられることが稀ですが、イエメン内戦は中東屈指の激戦の一つ。この国では2015年から、イエメン政府を支援するサウジアラビア主導の有志連合と、イエメン政府を首都から追い出したフーシ派を支援するイランとの代理戦争が展開されており、1,100万人以上が緊急支援を求めている状態です。

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 その一方で、ここでの話に照らしていうと、イエメンでは石油がほとんど生産されず、同国はアラビア半島で最も貧しい国の一つです。貧しい国だからこそ、世界的に関心が集まりにくいともいえます。しかし、イエメン内戦は周辺の大産油国の石油生産にとっても無関係ではありません

 2017年7月、フーシ派はサウジアラビアのヤンブーにある石油精製施設をイラン製の短距離弾道ミサイルBurkan-2Hで攻撃し、成功したと発表。サウジ政府はこれを否定しましたが、同年11月にフーシ派が今度はサウジの首都リヤドに向けてミサイルを発射。サウジ政府は米国製パトリオットミサイルでこれらを全て迎撃したと発表しましたが、世界屈指の産油国の首都近辺が攻撃される事態に、サウジの主要株価は一時1.7パーセント下落し、影響は周辺国にも及びました。

 イエメンは冷戦期にソ連からスカッドBを調達し、冷戦終結後はイランや北朝鮮からもミサイル輸入を開始。2015年に首都を制圧したフーシ派は、これらを支配下に置いているのです。フーシ派によるサウジへの攻撃は、今後とも続くものとみられます。

周辺国への拡大

 ただし、フーシ派の標的は、サウジだけにとどまりません

 6月2日、フーシ派は有志連合の一角を占めるUAEに対して、「(UAEの首都)アブダビは今日からもはや安全ではない」と通告。UAEはサウジに協力してイエメン内戦に介入する一方、イエメン政府、フーシ派のいずれとも距離を置く南部の部族連合を支援し、同国で独自の勢力圏を拡張しつつあります。そのため、2017年12月に既にフーシ派はUAEの原子力発電所に向けてミサイル攻撃をしたと発表しています。

 これに対して、名指しされたUAEもミサイル能力を向上させています。2017年10月、米国主導の経済制裁の本格化により、UAEは北朝鮮と断交。しかし、それ以前にUAEは北朝鮮から軍事物資を輸入しており、そのなかにはスカッドBを改良した火星5も含まれていたとみられます。この他、UAEはロシア製短距離弾道ミサイルSS-21も入手しているといわれます。

 つまり、UAEを直接狙ったフーシ派の攻撃がこれまで以上に増えれば、UAEによる軍事活動もさらに活発化するとみられます。そのUAEの原油埋蔵量(9,780億バレル)は、世界全体の5.7パーセントを占めています。フーシ派との衝突が、イエメン領内にとどまらずUAE国内でも激化すれば、石油輸出への影響は免れないといえるでしょう。

 これら三つの危機はいずれも大産油国を巻き込んでいるだけに、一つだけでも大きなインパクトがありますが、同時進行で危機がエスカレートした場合、ガソリン1リットル160円ではむしろ安い水準にまで高騰する可能性すらあります

 いずれの場合も、敵対する国との衝突に備えてミサイル能力を向上させていますが、それは結果的に、中東全体の緊張をさらに高める一因となっています。中東の火事場にミサイルを輸出する側は、それによって間接的に、自国の経済にも悪影響を及ぼしているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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