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英国でロイヤルウェディングを批判することは許されるか? 各国の不敬罪の今

六辻彰二国際政治学者
ロイヤルウェディングを記念したラテアート(2018.5.14)(写真:ロイター/アフロ)
  • ヨーロッパの多くの君主制国家では、君主への批判を禁じる不敬罪が今もある
  • 英国には不敬罪がないものの、ロイヤルファミリーへの批判は総じて抑えられやすい
  • ただし、君主制そのものや王室関係者の言動に関する言論が全く排除されているわけでもない
  • 君主への敬意と表現の自由のバランス感覚は、伝統と自由の両立を目指す英国らしさの真髄といえる

 5月19日、英国王室ハリー王子とメーガン・マークルさんの結婚式が行われます。今回は、アフリカ系をルーツにもつメイガンさんの出自や女優としての経歴も関心を集めています。

 そんななか、君主制に反対する市民団体「リパブリック」は、結婚式の巨額の費用を貧困対策などに回すべきと主張し、ロイヤルウェディングに反対する抗議デモを行う予定です。これに対して、警察は警戒を強めています。

 英国では、表現の自由の発達とともに、君主への批判や侮辱を禁じる「不敬罪」が廃止されました。それでも全く自由というわけでもありませんが、英国では「良識の範囲内での」王室に関する意見の表明は、総じて容認されています

 一方、世界には不敬罪が存続している国もあり、その廃止や存続が政治問題となっている国もあります。表現の自由がこれまでになく発達した現代は、各国で不敬罪をめぐる問題を再燃させているのです。

王室批判への圧力

 英国での反ロイヤルウェディング運動は、これが初めてではありません。

 ウィリアム王子とキャサリン妃の結婚式が行われた2011年4月にも、これに反対するデモが発生しました。その中心にいたのは、英国の君主制の廃止を求め、1万4000人以上の支持者を抱えるリパブリックでした。

 このデモにはオランダやスウェーデンなど、君主制のヨーロッパ諸国から集まった運動家が合流したとみられます。彼らは自国でやはり君主制の廃止と(国家元首を選挙で選ぶ)共和制の導入を求めており、その多くは王室を維持するための税負担に異議を唱えています。

 デモの拡大により、警察は55人の参加者を逮捕。このなかには反王室的なプラカードを持っていただけで逮捕された人々も含まれます。翌年7月、裁判所は逮捕の合法性を認めました不敬罪がなくても、王室批判が規制されないわけでもありません

英国王室とメディア

 ただし、英国では王室批判が全く認められないわけでもありません

 2018年4月、有力紙ガーディアンは「親愛なるチャールズ皇太子へ 私の褐色の肌が私を英国人でなくするとお考えですか」と題するコラムを掲載。インド系の英国市民でジャーナリストのアニータ・セティ氏が、ある会合でチャールズ皇太子と言葉を交わした際のエピソードを紹介しています。

チャールズ皇太子「君はどこの出身なの」

セティ氏「マンチェスターです、英国の」

チャールズ皇太子「へぇ、そうはみえないね」

 そう言ってチャールズ皇太子は笑いながら立ち去り、別の出席者と会話を始めたといいます。多人種化が進む現在の英国でこの言動は、本人の意思にかかわらず、「差別的」ととられても仕方ないものです

 もっとも、英国王室関係者の差別的言動が報じられるのは、これが初めてではありません。特にチャールズ皇太子の父にあたるエディンバラ公は、オーストラリアで先住民に「まだ槍を投げているの?」と尋ね、カリブ海のケイマン諸島では住民に「君らの多くは海賊の子孫なのかい?」と尋ねるなど、その「失言」は枚挙にいとまがありません。

 王室のスポークスマンはこれらを「場を明るくするための冗談」と釈明しています。しかし、本人のつもりがどうであれ、少なくとも、これらの言動は不用意と言わざるを得ません。

 ここで重要なことは、これらが大手メディアで伝えられていることです。先述のコラムでセティ氏は「差別的」という表現をも用いて、明確にチャールズ皇太子の言動を批判しています。

不敬罪がある国

 不敬罪がないことには、英国内で保守派を中心に不満の声はあります。とはいえ、表現の自由の発達にともない、他のヨーロッパ諸国でも不敬罪を見直す動きが広がっています。

 ヨーロッパをみると、英国とノルウェーを除く以下の君主制国家で、国家元首の評判と名誉は法的に特別に保護されています。

  • アンドラ
  • ベルギー
  • デンマーク
  • モナコ
  • オランダ
  • スペイン
  • スウェーデン(ABC順)

 また、厳密には君主制と呼べませんが、バチカン市国にも不敬罪はあります。

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 一方、共和制国家はこの点で総じて寛容ですが、それでもギリシャ、アイスランド、イタリア、マルタ、ポーランド、ポルトガル、サン・マリノ、スロベニアなどで不敬罪はあります。

 また、オランダ、スウェーデン、ポルトガルなどでは、外国の国家元首に対する侮辱も不敬罪の対象に入っています。

 これらのほとんどでは禁固刑が一般的で、その期間はスウェーデンで最大6年、オランダで最大5年、デンマークでは最大4年です。

不敬罪見直しの動き

 ただし、さすがにというべきか、現代では実際にこれらの刑が執行されることは稀で、その場合でも期間を短くする傾向があります。

 オランダでは2016年にフェイスブックで国王を「人殺し、泥棒、レイプ魔」と呼んだ容疑者が逮捕されましたが、判決は禁錮30日でした。さらに、オランダ議会では革新系与党の提案により、今年2月から不敬罪の廃止が議論されています

 また、スペインでは2007年、国王夫妻がカタルーニャ州を訪問した際、同州の分離独立運動家が夫妻の肖像を燃やし、不敬罪に問われました。これにスペインの裁判所は有罪の判決を下し、一人当たり2700ユーロ(約35万円)の罰金を課されましたが、後にヨーロッパ人権裁判所はこの判決を、「表現の自由」を理由に覆しています。

 外交問題が不敬罪の見直しに結びつく場合もあります。ドイツではトルコのエルドアン大統領をコメディアンがTVで揶揄し、これが外交問題に発展したことを受け、2017年2月に(外国の国家元首もその対象となっていた)不敬罪が廃止されました。近年では、もともとドイツとトルコの間に外交的な摩擦も多く、この背景のもとで表現の自由が優先された格好です。

 不敬罪はもともと政府批判を抑える機能があるため、伝統を重視しながらも表現の自由への意識が高いヨーロッパ諸国のこの動きは不思議ではありません。実際、ヨーロッパ以外のカンボジア、カザフスタン、サウジアラビア、タイ、トルコなどでは、君主制か共和制かを問わず、不敬罪の政治利用が珍しくありません。

 例えば、トルコでは2016年12月、「大統領にお茶を出さない」と公言した反政府的な新聞社の社員食堂の責任者が、「大統領を侮辱した」という理由で逮捕されました。エルドアン大統領が強権化するにつれ、これに反発する市民も少なくありませんが、不敬罪はこれを取り締まる手段となっており、2015年だけで1502人が逮捕されました。

表現の自由とのバランス

 国家元首に対する敬意と表現の自由の間には、歴史的に深い対立があります。英国は新聞検閲の廃止など近代的な「表現の自由」が生まれた国ですが、それは国王による専制への抵抗のなかで生まれました。英国の場合、不敬罪がない現在でも、これらは微妙な関係の上に成り立っており、それは先述の反ロイヤルウェディングに関してもうかがえます。

 英国警察は今回、「平和的である限り」デモを容認する方針です。

 2018年1月、(結婚式が行われるウィンザー城のある)ウィンザー議会の保守党議員が「ロイヤルウェディングに先立って街中のホームレスを一掃するべき」と主張。これに批判が噴出するや、メイ首相は「この提案には同意していない」と強調して反対するなど、大きな問題となりました。

 この問題が反王室的なリパブリックを後押ししかねないことから、政府や治安機関には「平穏な範囲内でデモを行わせた方がよい」という判断が働いたとみられます。言い換えると、そこには「表現の自由を全面的に規制することは、かえって王室のためにならない」という判断をうかがえます。

 一般的に、表現の自由が行き過ぎれば、ヘイトを蔓延させかねません。その一方で、先述のトルコのように、不敬罪が行き過ぎれば、ただの抑圧になることも確かです。

 英国の場合、不敬罪がなくとも、君主制そのものを否定する議論が主流になっていない一方で、王室に関する意見を表明することが全くのタブーでもありません。同じく不敬罪がなくとも、少なくともニュースメディアで女性天皇や公務のあり方についての議論はほとんど取り上げられず、のぞき見趣味あるいは腫れ物を扱うかのようにしか皇室が取り上げられない日本と比べれば、伝統と自由の間のこの絶妙のバランス感覚に、英国らしさの真髄をみることができるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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