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イランとイスラエルの「ミサイル応酬」ー米国を引っぱり出したいイスラエルの焦点は「米国防長官の去就」

六辻彰二国際政治学者
イランの核開発の証拠があると主張するネタニヤフ首相(2018.4.30)(写真:ロイター/アフロ)
  • イスラエルが「報復」を理由にイランをミサイルで攻撃し、直接対決の懸念が高まっている
  • イスラエルはイランとの対決に米国を引き込みたいが、そこにはリスクも大きいため、トランプ政権の出方は不透明
  • ただし、マティス国防長官が離職した場合、米国がイラン攻撃に傾く可能性は大きい

 イランを取り巻く緊迫の度合いが、さらにエスカレートしました。5月10日、イスラエルは70発以上のミサイルで、シリアにあるイランの軍事施設を攻撃。イスラエル政府はこれを、同日イランがゴラン高原のイスラエル軍に20発のミサイルで攻撃したことへの報復と主張しています。

 これに先立って、8日にイスラエル軍は、やはりシリアの首都ダマスカス近郊にあるイランの軍事施設にミサイルで攻撃しています。

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 これに対して、10日現在イラン政府から正式なコメントは出ていませんが、イラン議会の安全保障・外交委員会のノバンデガニ委員長はイスラエルが主張する「イランによる攻撃」が「ウソ」だと主張しています。仮にそうなら、イスラエルが「イランによる攻撃」を自作自演して、イラン攻撃を正当化しようとしているとみられます。

 その真偽は定かでないものの、イスラエルがイランとの対決に同盟国・米国を引き込みたいことは確かです。ただし、米国トランプ政権は5月9日、イラン核合意を放棄し、同国への制裁を再開すると宣言したものの、現状においてイランへの攻撃に踏み切るかは不透明です。

 世界屈指の産油国イランを取り巻く緊張が高まるなか、既に原油価格も急激に上昇しています。このうえ米国が直接行動に出れば、世界全体がこれまで以上の大変動に見舞われることは、ほぼ確実です。その先行きを占う一つの目安は、マティス米国防長官の去就にあります。

イスラエルからみたイラン

 イスラエルにとって、イランは最大の敵といえます。

 ユダヤ人国家イスラエルは、その建国以来、周辺のイスラーム諸国と衝突を繰り返してきました。しかし、米国の支援もあり、イスラエルが軍事大国化するにつれ、イスラーム圏のうちスンニ派諸国は事実上イスラエルとの対決を回避し始めました。

 1979年にエジプトがイスラエルと単独で和平交渉を実現させたことは、その象徴です。近年では、「スンニ派の盟主」を辞任するサウジアラビアも、イスラエルとの関係改善を模索しています。

 スンニ派諸国が相次いで戦線離脱するなか、イスラエルとの対決姿勢を崩さなかったのが、シーア派の中心地イランでした

 1979年までイランを支配した皇帝(シャー)は米国と同盟関係にあり、イスラエルとも国交を結んでいました。しかし、独裁的な皇帝支配に対し、1979年にイスラーム革命が発生。これによって生まれたイランの現体制は、それまでの反動で米国やイスラエルへの敵意を隠さず、レバノンの反イスラエル組織ヒズボラなどを支援してきました。また、イランによる核開発計画は、米国とともにイスラエルを念頭に置いたものだったとみられます。

 サウジアラビアやエジプトなどスンニ派諸国が実質的に脅威でなくなりつつある現在、イスラエルにとってイランは最も警戒すべき相手なのです。そのため、米国トランプ政権による2015年のイラン核合意からの離脱を、イスラエル政府は「正しい選択」と評価しています。

米国は動くか

 この背景のもと、冒頭に述べたように、8日にイスラエルはイランを攻撃。10日の「イランからの攻撃」がイスラエルによる「自作自演」かは定かでないものの、イスラエルが米国の直接行動を望み、イラン攻撃に引き込みたいことは確かです。

 ただし、トランプ政権もイランを敵視しているものの、実際の行動を起こす可能性は、必ずしも大きくありません

 1949年のイスラエル建国以来、米国は一貫して同国を支援してきました。しかし、イスラエルが軍事大国化した1970年代以降、米国はしばしばイスラエルの暴走を止める立場に立ってきました。

 1982年にイスラエル軍は、レバノンの首都ベイルートに進撃。パレスチナ独立を目指し、これを占領するイスラエルへの武装闘争を行っていたパレスチナ解放機構(PLO)の本部を陥落寸前にまで追い込みました。周辺のイスラーム諸国が実質的にこれを放置するなか、最終的に仲介のために割って入ったのは、PLOを「テロ組織」と呼んでいた米国でした。

 この際、米国はイスラエルに引きずられて国際的な評判を落とすことを恐れて仲裁に乗り出しました。つまり、米国にとってイスラエルは中東で最も重要なパートナーですが、イスラエルが米国を巻き込もうとすることへの警戒も根強くあるのです。

トランプ政権にとってのリスク

 トランプ政権の場合、歴代政権と比べても「イスラエル支持、イラン敵視」は鮮明です。イラン核合意の破棄は、その象徴です。

 そのうえ、イランとの大規模な軍事衝突になれば、トランプ氏の支持基盤である兵器メーカーにとって朗報であるばかりか、緊張の高まりによって原油価格がさらに高騰すれば、米国の石油産業にとっても悪い話ではありません。

 とはいえ、イスラエルに付き合って軍事行動を起こすことには、国際的な評価だけでなく、大きなリスクがともないます。第一に、6月初旬までに開催予定の米朝首脳会談を前に、確たる証拠や国連決議もないままの軍事攻撃を北朝鮮に見せつけることは、逆に北朝鮮の米国に対する不信感を増幅させかねません。

 第二に、イランを攻撃すれば、同国を支援するロシアとの関係を、これまでになく悪化させます。

 第三に、イランは既にヒズボラなどのシーア派組織だけでなく、ハマスなどスンニ派組織をも支援しています。イランを攻撃すれば、これらによる反米テロを促すことにもなります。

 最後に、国内の支持を考えても、新たな戦線を開くことはトランプ政権にとってリスキーです。イラン核合意の破棄は2016年大統領選挙での公約でもあったので、中間選挙を控えたトランプ政権にとって、むしろプラスの要素だったといえます。しかし、直接攻撃は公約になかったことで、話が違います。

 これらに鑑みれば、イスラエルがイランを頻繁に攻撃し、そこに参加することを暗黙のうちに求めたとしても、米国が腰をあげる可能性は大きくないといえます。

最悪のシナリオ「ボルトン国防長官」

 ただし、米国が動く懸念もゼロではありません。その一つの試金石となるのが、マティス国防長官の去就です。

 マティス国防長官は軍人としてイラク戦争にも従軍。「狂犬」の異名を持つ、筋金入りの軍人で、イランへの厳しい態度でも知られます。また、重要閣僚が相次いで離職・罷免されるなか、トランプ政権発足当時から在任する数少ない閣僚で、一時は政権の要とみなされていました。

 しかし、マティス氏とトランプ氏の方針は、徐々に食い違いが目立ち始めています。トランプ大統領はシリアからの撤退を模索していますが、マティス国防長官はIS対策の必要性などから、米軍駐留を推しています。また、マティス氏はイラン核合意の破棄にも反対の姿勢をみせていました。そのマティス国防長官は4月26日、「イランとイスラエルの直接衝突が近い」と述べたうえで、「米軍はシリアでの活動に向かう」とも強調しています。

 一方、マティス国防長官に代わって政権内で台頭しているのは、3月に就任したポンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官です。マティス氏を上回る強硬派の二人が政策決定で大きな影響力を持つにつれ、マティス氏は孤立しつつあるといわれます。

 この状態が続いた時、これまでのパターンでいえば、マティス氏が職を離れる公算は小さくありません。その場合、二人のうちの、特にボルトン氏が国防長官に就任すれば、米国が軍事活動に向かうことが予想されます

 ボルトン氏は「フセイン政権による大量破壊兵器の保有が米国にとっての脅威」という主張のもと、ブッシュ政権が2003年に行なったイラク侵攻の中心人物です。9日、ボルトン氏は「イランが我々を戦争の淵に連れ出している」と主張しています。イラクの時と同様、ボルトン補佐官は「相手国の(存在が確認されていない)大量破壊兵器の脅威」を強調しており、その先には「米国にとって脅威となるなら、米国は一国でも行動する」という主張が予想されます。

 つまり、「狂犬」と呼ばれながらも現実的なマティス氏がその職を離れ、ボルトン氏が国防長官に就任した場合、トランプ政権はイラン攻撃に大きく傾くとみられます。その場合、先述のようなリスク、とりわけ米朝関係や米ロ関係の悪化やイスラーム過激派の復調が世界全体に大きな脅威をもたらすことは、容易に想像されます。世界は深刻な岐路に立っているといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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