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米朝首脳会談はトランプ流「一人相撲」になるか―前哨戦としてのイラン核合意の破棄

六辻彰二国際政治学者
ホワイトハウスでトランプ大統領の隣に座るボルトン補佐官(2018.4.9)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ政権は米朝首脳会談に先立って、5月12日までに、イラン核合意を見直す見込み
  • 2015年に成立したイラン核合意は、イランに対する制裁の解除と引き換えに、その平和利用目的の核開発を限定的に認めていた
  • イラン核合意が破棄された場合、中東一帯の緊張を高めるだけでなく、北朝鮮にも「大量破壊兵器に関して譲歩しない」というメッセージになる
  • その強気の態度は、北朝鮮に「米国は信用できない」と再認識させ、ただでさえ困難な米朝首脳会談をトランプ氏の一人相撲にしかねない

 4月28日、トランプ大統領は米朝首脳会談の候補地をモンゴルとシンガポールの2ヵ所に絞ったと発表。その前日の南北首脳会談を受けて、6月初旬までに開催される予定の米朝首脳会談に向けての動きが本格化しました。

 これと並行して、米朝首脳会談の前哨戦は既に始まっています。

 トランプ大統領は5月12日までに、2015年のイラン核合意の破棄を決定するとみられています。この合意はイランに対する制裁を解除する代わりに、その核開発を制限するものです。

 トランプ政権はイランが合意に反して核武装を目指していると主張しています。イラン核合意が破棄されれば、中東の緊張が高まることはもちろん、大量破壊兵器の問題で強いメッセージになるだけに、米朝首脳会談の行方を左右しかねません。そのため、北朝鮮政府もこれを注視しているとみられます。

米国からみた北朝鮮とイラン

 北朝鮮とイランは、いずれも米国と対立してきました。しかし、米国からみた両国の位置づけは、やや異なります。

 新たに国務長官に就任したポンぺオ氏は非核化で譲歩しないと強調する一方、「北朝鮮に体制転換(レジーム・チェンジ)を求めない」と明言。これに対して、(2003年のイラク侵攻を主導した)ボルトン大統領補佐官はイランの体制転換にまで言及しています。ここからは、北朝鮮よりイランに厳しいトランプ政権の態度が浮かび上がります

 米国にとって北朝鮮は、米本土を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)を既に保有している点で、より直接的な脅威です。ただし、核・ミサイルを除けばその影響力は北東アジアでも限定的であるため、トランプ政権は「大量破壊兵器さえもたなければ金正恩体制を認めてもよい」という立場なのです。

 これに対して、イランとの対立はもう少し複雑です

 イランはまだ核弾頭も米国を直接攻撃できるミサイルも保有していません。しかし、ハマスやヒズボラなど中東各地の反イスラエル過激派組織を支援し、シリア内戦でも米国と対峙してきた、米国にとって「目の上のたんこぶ」です。さらに、イランは世界屈指の産油国で、米国は1979年のイスラーム革命以前にはその油田開発の多くを握っていましたが、現体制のもとで排除されてきた経緯があります。

 そのため、トランプ政権にはイランの現体制そのものを問題視する傾向が強く、北朝鮮以上に厳しい対応になりがちなのです。

核合意の見直し圧力

 問題となっている核合意は、オバマ政権の働きかけにより、2015年にイランと米英仏独ロ中の6ヵ国との間で結ばれたものです。この合意はイランの核開発計画の全面的な放棄を定めたものではなく、その平和利用を限定的に認めるもので、これに基づき国際原子力機関(IAEA)の査察が行われてきました。

 ところが、イランと敵対するイスラエルやサウジアラビアはこの合意に強く反発。イスラエル政府はイランの核施設に対する空爆の可能性を示唆しており、サウジのサルマン皇太子は「イランが核武装するならサウジもそうする」と警告しています。

 これと並行して、2016年の大統領選挙期間中からトランプ氏はイラン核合意の見直しを主張してきました。

 オバマ氏と対照的にイスラエルやサウジアラビアとの伝統的な同盟関係を重視し、イランを敵視するトランプ氏は今年1月、ヨーロッパ諸国や米下院に対して、5月12日までにイランにより強硬な制裁を実施するかの判断を要求。その後、ポンぺオ国務長官やボルトン大統領補佐官など、反イラン色の強い強硬派が相次いで指名されたことで、イラン核合意の破棄が現実味を帯び始めたのです。

核合意の破棄がもたらす中東の混迷

 ただし、米国がイラン核合意から離脱し、制裁を再開すれば、中東の緊張は一気に高まります。イランのロウハニ大統領は4月19日、「核合意から離脱すれば米国は後悔する」と警告。核合意が破棄されれば、逆に核開発を進めると示唆しました。イランを支援してきたロシア政府も、4月23日にイラン核合意の変更を受け入れないことを表明しています。

 反対してきたのは、米国と対立する側だけではありません。

 合意内容の履行を監視してきたIAEAは、合意の破棄が「大きな損失」になるとトランプ大統領に警告。英仏独などヨーロッパ諸国も、「核合意がイランの核武装を抑制している」と米国に再考を求めており、4月23日にはフランスのマクロン大統領、4月27日にはドイツのメルケル首相が相次いで訪米し、トランプ大統領と会談しました。

 さらに、米国政府のなかでも破棄に消極的な意見はあります。マティス国防長官は「イラン核合意が米国の国益に適う」と発言しており、フォード不拡散特別代表も「イラン核合意の再交渉は求めておらず、離脱も考えていない」と強調しています。

 しかし、トランプ大統領との会談後にマクロン大統領は、米国が離脱する見通しを示唆。それにつれて内容の修正が欧米諸国間で行われていると報じられています。仮に米国が離脱しなくとも、少なくともイラン核合意に何らかの条項を加えることを提案することはほぼ確実とみられます。

米朝首脳会談への影響

 こうして緊迫するイラン情勢は、北朝鮮にとって他人ごとではありません。

 イラン核合意が破棄されれば、「大量破壊兵器に関しては譲歩しない」というメッセージを北朝鮮に送ることになります。「圧力が北朝鮮の譲歩を促してきた」と主張するトランプ大統領からすると、米朝首脳会談に先立ってイランに厳しい対応を示すことで、北朝鮮への圧力をさらに強められると考えているのかもしれません。

 しかし、IAEAの査察が行われてきたにもかかわらず、米国政府は具体的な証拠も示さないまま「イランが核武装を目指している」と断定しています。さらに、トランプ大統領はイランによるミサイル開発、ハマスやヒズボラの支援、シリアのアサド政権への協力なども批判していますが、これらは核合意に含まれていない内容です。

 つまり、イラン核合意が反故にされれば、「米国の意思ひとつでいくらでも思い通りになる」というメッセージを発することにもなります。これは北朝鮮にとって無視できないものです。

約束を守らない国

 北朝鮮は中国政府との会談で「非核化には見返りが必要」と述べていますが、米国は「見返りは非核化の後」という立場です。北朝鮮にとって一番避けたいシナリオは、「米国との約束に沿って非核化し、丸裸になった途端、いろいろと理由をつけた米国に攻め込まれる」というパターンです。

 「北朝鮮が約束を守ったことはない」とはよく聞きますが、自分の都合で国際的な約束や信義を反故にしてきた歴史でいえば、米国も人後に落ちません

 例えば、ブッシュ政権は対テロ戦争が始まるやいなや、ロシアとの条約に反し、飛来する弾道ミサイルを迎撃するミサイル防衛システムの開発・配備に着手。トランプ大統領もTPPやパリ協定など国際的な取り決めから相次いで、一方的に脱退してきました。特に北朝鮮にとって見過ごせないのは、リビアのカダフィ体制が米英との関係改善のなかで化学兵器などを廃棄し、核開発計画も放棄した後、2011年の「アラブの春」のなかでNATOの支援する反体制派に打倒されたことです。

 すなわち、イラン核合意の破棄を米朝首脳会談の前哨戦と位置づけ、あくまで強気に臨むことはトランプ流の交渉術なのでしょうが、それはイランの反発を招き、中東一帯の緊張を高めるだけでなく、「約束を簡単に破る国」という米国のイメージを強め、北朝鮮に「リビアの二の舞になるまい」という意思を改めて固めさせることにもなりかねないのです。

 その場合、ただでさえ折り合いをつけるのが難しい米朝首脳会談が、両首脳が顔を合わせた以上の意味をもたなかったとしても不思議ではありません。それはいわばトランプ大統領の壮大な一人相撲とさえいえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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