• ルーマニアの与党は、エルサレムに在イスラエル大使館を移設することを決定したと発表。
  • まだ大統領からの正式決定はないが、実現すれば「米国に認められるため」の小国ならではの外交戦術となる。
  • この問題で国際的に孤立を深める米国に敢えて付き合うことは「追随」ともいえるが、そこには「一番高く売れるタイミングで自分を売る」という、小国ならではの図太さをも見いだせる。

 北朝鮮やシリアに世界の目が向いていた4月20日、ルーマニアの与党、社会民主党は在イスラエル大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転させる方針を発表。これに関して、ヨハニス大統領からの正式発表はまだありませんが、もし実現すれば2017年12月に米国トランプ大統領がエルサレムをイスラエルの首都に認定して以来、数少ない決定になります。

 ルーマニアを15世紀に支配したワラキア公ブラド3世は、吸血鬼ドラキュラのモデルといわlれます。これに象徴されるように、ルーマニアはヨーロッパから「辺境の小国」とみなされてきました。

 そのルーマニアが、世界中から批判されるトランプ政権の「エルサレム首都認定」にわざわざつき合うとすれば、それは「米国に認められる」ためです。ただの「追随」とも評価できますが、この問題で孤立する米国に敢えてつき合うことは、その良し悪しはともかく、「自分を高く売る」、小国ならではの捨て身の外交戦術ともいえます

なぜルーマニアか

 2017年12月に米国トランプ政権は、エルサレムをイスラエルの首都と認定。これにはイスラエルと対立してきたイスラーム諸国だけでなく、世界中から批判が噴出しました。ルーマニアが加盟するEUも、エルサレムの首都認定に反対しています。

 その一方で、イスラエル政府によると、米国と同じくエルサレムをイスラエルの首都と認める方針の国は12ヵ国以上にのぼります。EUの方針を無視してまで大使館を移設する方針を打ち出したルーマニアは、その先陣を切る国の一つになりました

 ただし、ルーマニアは必ずしもパレスチナ問題に大きな関心をもってきたわけでもありません。

 ルーマニアでは他のヨーロッパ諸国と同様、テロの拡散や難民の流入をきっかけに反イスラーム感情が広がっています。

 その一方で、パレスチナ問題で常にイスラエルを支持してきたわけでもなく、やはり他のヨーロッパ諸国と同様、ユダヤ人への差別意識も根強くあります。世論調査では、国民の22パーセントが「観光客である限りユダヤ人に好意的」と答えています。

 つまり、ルーマニアの今回の方針は、パレスチナ問題そのものへの独自の見解によるものではないのです。そこにはむしろ、米国に「認められたい」小国ならではの事情を見出せます。

「認められたい」ルーマニア

 ルーマニアは冷戦時代、ソ連の勢力圏にある共産主義国家でした。しかし、他の東ヨーロッパ諸国と同じく、冷戦後はその反動で西側に接近。北大西洋条約機構(NATO)やEUへの加盟を果たし、「西側の一国」として足場を固めました。

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 しかし、同じEU加盟国でも、西ヨーロッパとの格差は今も大きくあります。そのため、ルーマニアだけでなく東ヨーロッパ諸国にとって、米国や西ヨーロッパとの経済、安全保障協力が重要な課題です。

 ただし、東ヨーロッパ諸国にはソ連の継承者ロシアに対してだけでなく、EUの実権を握り、国内改革を要求してくるドイツやフランスへの警戒感も強くあります。これはルーマニアをはじめ東ヨーロッパ諸国に、米国に接近させる大きな背景となってきました。

 その典型例は、やはり国際的に批判を集めたイラク侵攻(2003)にみられます。フランスやドイツは米英主導のイラク侵攻に反対し、その後の駐留軍にも部隊を派遣しませんでしたが、多くの東ヨーロッパ諸国はむしろ積極的に参加しました。なかでもルーマニア軍は2009年7月までイラクに駐留しましたが、その撤退は米英(2011年)を除くと、オーストラリアとともに最後でした。つまり、東ヨーロッパのなかでもルーマニアは、特に米国に「認められたい」意識が強いといえます。

 これに加えて、近年ではシリア難民の急増で、EUに受け入れ枠を強制されたことが、他の東ヨーロッパ諸国と同様にルーマニアでも反EU感情に拍車がかかっています。これは結果的に、その米国へのアプローチをますます強める一因といえます。

「つれなさ」がもつ力

 ところが、その「献身」にもかかわらず、米国はルーマニアを特に重視してきませんでした。

 例えば、IMFによると2017年のルーマニアの米国への輸出額は約22億ドル、輸入額は約9億ドルでした。これを周辺国と比べると、同年のブルガリア(約7億ドル、約4億ドル)と比べて大きいものの、ポーランド(約70億ドル、約45億ドル)、ハンガリー(約50億ドル、約19億ドル)などと比べて小規模です。

 さらに、米国はEU圏であっても東ヨーロッパ諸国からの入国にはビザを求めていますが、とりわけルーマニア人のビザ申請が却下される割合は約11.43パーセント。これもブルガリア(16.86パーセント)よりましなものの、ポーランド(5.37)などと比べて高い水準です。

 その一方で、2016年5月に米国は、ルーマニアで8億ドルを投じたミサイル基地を開設しました。

 もともと東ヨーロッパでの米軍施設は、ロシアとの関係から、デリケートな問題です。2008年に米国ブッシュ政権は、イランを念頭に置いたミサイル防衛網を構築するため、ポーランドやチェコとの間で、ミサイル基地、レーダー基地の建設に合意。しかし、これがロシアを刺激するため、受け入れ国内部で反対運動を呼んだこともあり、2014年にオバマ政権が中止した経緯があります。

 原発と同じく、自分の周囲にあってほしくない「迷惑施設」とみなされやすい米軍施設をあえて引き受けたことからは、それだけ米国との関係を強めたいルーマニア政府の意思をうかがえます

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 もちろん、ルーマニアにもロシアとの関係悪化への懸念はありますが、ポーランド、チェコ、ハンガリー、ブルガリアなどと比べて石油生産量が多く、ロシアからの天然ガス輸入への依存度が低いことは、「火中の栗を拾う」決断の一因となりました。

 同時にここからは、「米国に認められたい」ルーマニアの足元をみる米国の姿勢も浮き彫りになるといえます。

小国の生き方

 この背景のもと、ルーマニアの与党は、エルサレムへの大使館移設の方針を発表したのです。先述のように、これに関してヨハニス大統領はまだ決定を正式に発表しておらず、状況は未だ流動的です。

 もし与党の発表を大統領が否定したなら、それはいわば良識ある判断といえます。

 その一方で、もし与党の発表が追認されれば、ルーマニアはいわば捨て身の外交戦術に出たといえます。ロシアやEUと距離を置くため米国への接近を図るなら、米国が困っている時こそ自分を高く売れることは確かです。その意味で、エルサレム首都問題で米国が国際的に孤立する状況は、まさに「絶好の売り時」ともいえます

 もちろん、そこには払うべきコストがあります。ルーマニアにとってエルサレムをイスラエルの首都と認定することは、

  • エルサレムの地位変更を認めない国連決議に反すること、
  • EUの方針に反すること、
  • この問題で米国とともに批判されること、
  • 特にイスラーム諸国から不興を買うこと、

などを覚悟しなければなりません。

 ルーマニアの与党は、これらのコストを負担してでも、米国に「認められる」利益の方が大きいと判断したものとみられます。先述のようにルーマニアは東ヨーロッパで屈指の産油国。中東からの石油輸入への依存度が低く、さらに近年では米国が世界最大の産油国となりつつあることは、ルーマニアにとってコストを引き下げる「保険」となり得ます。

 のみならず、「大きな負担をしてでも米国についていく」ことそのものが、ルーマニアにとって米国を振り向かせる手段でもあります。仮にそうなった場合、そこには小国ならではの悲哀をうかがえますが、同時に小国ならではの図太さをも見いだせるでしょう。

 米国は「つれなく」することで「認められたい」ルーマニアを振り回してきました。しかし、エルサレム首都認定の問題で孤立するなか、それでもルーマニアが「献身」を表明すれば、米国はこれまでと同じ態度はとれなくなります。そうすれば、ルーマニアに続こうとする国が出てこなくなるからです。言い換えれば、ルーマニアがエルサレム首都認定の問題で米国に追随した場合、米国もルーマニアを無視できなくなるといえます。

 米国に限らず大国は、ともすれば自分たちが世界を切りまわしていると思いがちです。しかし、どんな大国も支持者なしに行動することは困難です。つまり、「最も高く売れる時に売る」小国の行動も、大国の動向を左右する大きな力になるのです。

中間の国・日本

 ただし、小国ならではの現実主義は、状況次第でボスを見限ることをも意味します。アジアでいえば、長年米国につき従っていたフィリピンで、中ロの台頭にあわせて、ドゥテルテ大統領が米国と距離を置き始めていることは、その典型です。

 ひるがえって日本をみると、米中ロの狭間でそれらの動向に気を配らなければならない一方、国際的な発言力のためには小国の支持も必要な、いわば中間の立場です。ところが、日本国内の関心は、政府・民間を問わず、大国に向かいがちです。

 日本が国際的な発言力を増そうとするなら、特定の大国にだけ働きかけたり、逆に自らの国力の充実を目指したりするだけでは不十分で、困った時に支持してくれる関係を多くの小国と築けるかが重要です。ルーマニアのエルサレム首都認定の問題は、今後の推移を見守るしかありませんが、それが中間の国・日本にもこの教訓を改めて示したことは確かといえるでしょう。