2月7日、南スーダンで87人の女の子を含む311人の子ども兵が解放されました。これほどの規模の解放は、同国で初めてのことです。しかし、内戦が長期化する南スーダンでは子ども兵の社会復帰が困難であるばかりでなく、その後も子ども兵の徴用が報告されています。

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 2013年暮れに始まった南スーダンの内戦では、世界食糧計画(WFP)によると既に300万人以上が土地を追われています。さらに、戦闘の長期化は食糧不足をも併発させており、2017年6月に食糧農業機関(FAO)は全人口の半分にあたる600万人が飢餓に直面するという見通しを発表しています。

 国民生活を根こそぎ破壊する内戦は、この国の豊富な石油によって支えられています。そして、そこには中国の影が見え隠れします。

「子ども1000人に3人が兵士」の国

 UNICEFによると、南スーダンでは1万7000人以上の子ども兵が活動しているとみられます。このなかには、南スーダン軍やこれに近い民兵組織に徴用された子どもも含まれ、今回解放されたのは政府系組織で戦闘に参加していた子ども兵がほとんどでした

 子ども兵の解放そのものは歓迎すべきでも、その母数の大きさからみると、動員が解除されたのはごく一部にとどまります。2017年7月、ある政府系組織の10歳の子ども兵は米国のテレビ局USA Todayの取材に対して、「どっちにつくにしても、ここでは男の子は皆兵士なんだ」と証言しています。

 「男の子が全員兵士」というのはやや誇張であるとしても、南スーダンで子ども兵の割合が高いことは確かです。世界銀行の統計によると、2016年段階で南スーダンの全人口は1223万人で、そのうち15歳未満の人口は41.9パーセントを占め、約512万4000人。先述の1万7000人はこの0.33パーセントに当たり、子ども1000人に3人は戦闘に従事している計算になります。

 前回紹介したコンゴ民主共和国で軍事活動に関わる子どもは約3万人で、世界で最も子ども兵の数が多い国の一つですが、同じ計算で産出した子ども全体に占める子ども兵の割合は0.08パーセント。1万人に8人の割合です。数の多寡は惨状を測る一つの目安に過ぎませんが、ともあれ南スーダンにおける子ども兵の割合の高さは、この国の将来にとって壊滅的な打撃を与えるものといえます。

「世界で最も若い国」の悲劇

 全土を巻き込む南スーダン内戦は、この国の歴史が凝縮したものといえます。南スーダンは2011年にスーダンから独立した、「世界で最も若い国」。旧スーダンでは北部のアラブ系ムスリムによって支配されることに南部のアフリカ系キリスト教徒が抵抗し、30年以上にわたる内戦を経て、南部は独立したのです。

 ところが、独立からわずか2年後の2013年末、サルヴァ・キール大統領がリエク・マシャール副大統領を解任したことをきっかけに、南スーダンでは内戦が勃発。この対立は、キール氏の出身民族ディンカ人とマシャール氏の出身民族ヌエル人の政府内での勢力争いに端を発したものでした。その結果、キール氏を支持する南スーダン軍やディンカ系民兵組織と、マシャール氏を支持するヌエル人の戦闘に発展したのです。

 戦闘のなか、敵に畏怖の念を植え付けるため、あるいは「戦利品」を獲得するため、レイプや略奪、虐殺などが頻発。その多くは南スーダン軍やディンカ系民兵によるものとみられ、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は2016年3月、「南スーダン政府が『報酬』として民兵に略奪や殺戮を認めている」と非難し、組織的な蛮行に警鐘を鳴らしました。

 これに拍車をかけたのが、戦闘が長引くなか、それぞれの民族が自衛や援助物資の強奪などさまざまな目的で武装し始めたことです。もともと「国民」としての一体性が乏しいなかで発生した内戦は、南スーダンという国家の存在そのものがフィクションに過ぎない状況を浮き彫りにしたといえます。そして、この誰も統制できない混乱は、子ども兵の徴用を加速させてきたのです。

内戦長期化の一因―中国

 このような特有の事情に加えて、南スーダン内戦は国際的な要因によっても悪化してきました。とりわけ、中国の進出は南スーダン内戦を長期化させる大きな要因となってきました

 南スーダン内戦に対して、国連安保理は2016年12月、同国への武器の禁輸を提案。これは欧米7ヵ国の支持を集めたものの、8ヵ国が欠席したことで決議そのものが成立しませんでした。この8ヵ国にはアンゴラやセネガルなどアフリカの国の他、日本、ロシア、そして中国が含まれます。

 南スーダンでは、戦車など大型の兵器を用いているのは南スーダン軍だけで、それ以外の勢力が用いているのは、ほぼ自動小銃などの小型武器だけ。つまり、この武器禁輸提案は、とりわけ蛮行の目立つ南スーダン政府・軍を念頭に置いたものでした。そのため、南スーダン政府との関係を重視する各国は棄権したのですが、それによって南スーダンへの武器流入を減らすことは困難になり、内戦の長期化が促されたといえます。

 その意味で日本も責任は免れませんが、この決議に棄権した国のなかでも中国は、とりわけキール大統領率いる南スーダン政府の後ろ盾といえる存在です。

 英国地質調査所によると、2015年段階で南スーダンの産油量は730万トンで、これはアフリカ大陸第9位。南スーダンの輸出品はほぼこの原油に限られており、2014年以降その輸出に占める中国の割合は、ほぼ99パーセントに達しています。そして、南スーダンの油田の大半は政府・軍に管理されています。

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 つまり、原油と、そのほぼ全てを輸入する中国は、南スーダン政府にとって「カネのなる木」なのです。言い換えると、中国による原油輸入は、とりわけ非人道的な行為や子ども兵の徴用が目立つ南スーダン軍や政府系民兵の活動を間接的に支えているといえます。

 アフリカ大陸とりわけ南スーダンを含む東アフリカは、中国が掲げる、ユーラシア大陸からインド洋をカバーする経済圏「一帯一路」構想の射程範囲内です。「一帯一路」のもと加速する中国の進出は、例えばインフラ整備を急速に進めている他、アフリカで最も雇用を生むなど、現地にとって「光」の側面もあります。スタンダード銀行のエコノミスト、ジェレミー・スティーブンスによると、中国は30000人の雇用をアフリカで生んでおり、これは他国を凌ぐ水準と指摘します。

 ただし、そのような「光」の一方で、少なくとも南スーダンの場合、「一帯一路」で加速する中国の石油輸入の増加は、結果的に残虐行為の目立つキール派を財政的に支えているのです。

変わったこと、変わらないこと

 油田開発の見返りに現地政府を支援することで、結果的に中国がアフリカの紛争を激化・長期化させることは、これまでにもあったことです。2003年に始まったスーダンのダルフール紛争はその典型です。その結果、2000年代に中国は「石油のために深刻な人道危機を顧みない国」という批判を呼んだのです。

 この際、中国は「内政不干渉」を掲げ、ダルフール紛争を「スーダンの内政」と強調することで、自らの立場を正当化しました。しかし、アフリカからも高まる懸念を受けて、「大国としての振る舞い」や「アフリカへの貢献」を目指す中国は、南スーダン内戦ではダルフール紛争の際と異なる対応をみせてきました。

 例えば、内戦が始まった直後から中国は、周辺各国とともに南スーダン内戦の各当事者に停戦を呼びかけてきました。また、停戦監視などの任務にあたるため国連が派遣する国連南スーダン派遣団(1万7140人)に中国は1035人の人員を派遣しており、これは上から6番目の規模にあたります。さらに、南スーダンへの人道支援も行っていることから、中国系メディアでは従来の「不干渉」からの変化を強調する論調が一般的です。

 ただし、これらの点に従来からのシフトチェンジを見出せる一方、深刻な人道危機の当事者となっている現地政府の立場を全面的に支持しつつ、経済的な利益を確保する点では、中国のスタンスにダルフール紛争のそれとの違いはないといえます。

 2018年2月5日、東アフリカ諸国で構成される政府間開発機構(IGAD)の会合に出席したHe Xiangdong大使は南スーダン問題に関する「アフリカ自身の解決」を強調。中国はその努力を支援すると続けました。

 南スーダンの問題を南スーダンが、アフリカの問題をアフリカが解決するべきであることは、原則論としては支持できるものです。

 とはいえ、少なくとも中国のアプローチが実質的にキール派に肩入れするものである以上、キール派と対立する勢力にとって、その和平の呼びかけが説得力をもつとは思えません。中国は2014年以降、南スーダン向けの武器輸出を停止していますが、英国のシンクタンク、紛争武装研究所は2018年2月に「スーダン経由で中国製兵器が周辺国に拡散している」と報告。そのなかには南スーダンの政府系民兵も含まれるとみられます。こうしてみたとき、中国による「アフリカ自身の解決」の呼びかけには、イスラエルに肩入れしながら「パレスチナ和平」を説く米国と同じ限界を見出せます。

中国シフトと子ども兵

 ところが、南スーダン政府はこれまで以上に中国へ傾く姿勢をみせ始めています。

 2018年2月2日、米国は南スーダンに対する武器の禁輸措置を発表。米国の国内法は子ども兵を用いる政府への武器移転を禁じており、内戦が発生した2013年以降、米国政府は南スーダン向けの武器輸出を行っていません。そのなかでの「武器禁輸宣言」は、国連安保理での武器禁輸に反対した国々に対する圧力だったとみられます。

 ところが、米国の「武器禁輸宣言」に南スーダン政府は強く反発。ゲイ副大統領は2月5日、米国を批判したうえで「中国、ロシアとの関係を強化する」と宣言したのです。

 もともと南スーダン政府の母体となったスーダン人民解放軍(SPLA)は、スーダンからの分離独立運動を展開していた時代に、米国から支援を受けた経緯があります。冒頭で紹介した、南スーダン軍や政府系民兵による子ども兵の解放は、この問題に敏感な米国をはじめ欧米諸国への配慮から、キール派が国連のプログラムに応じたものとみられます。

 その南スーダン政府が、これまで以上に中国に接近する場合、子ども兵の解放をさらに進める動機づけは低下するとみられます。のみならず、中国による資源開発がこれまで以上に活発化すれば、それだけ南スーダン軍や政府系民兵の活動が活発化することにより、どの武装集団も兵員をこれまで以上に調達する必要性に迫られることになります。それは子ども兵の「需要」がさらに高まることを意味します。

 こうしてみたとき、ただでさえ子ども兵の割合の高い南スーダンでは、大国間の力関係の変化によって、これまで以上に子どもが戦闘に動員される状況が生まれつつあるといえるでしょう。