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年末・年始に過熱するISテロ:「トランプ氏のエルサレム首都認定はISへのプレゼント」か

六辻彰二国際政治学者
ISのテロに見舞われたカイロ近郊ヘルワンの教会(2017.12.29)(写真:ロイター/アフロ)

 クリスマス前後からISによるテロが世界各地で頻発しており、ISが犯行声明を出した主なものだけでも以下があげられます。

 これらを受けて、年末のカウントダウンが行われるタイムズスクエアでは警備が強化されており、年末・年始にイベントが予定されている他の国でも警戒が高まっています。

 キリスト教徒にとって最大の行事であるクリスマスがISの標的になることは不思議ではないものの、そのテロ事件の発生が急激に増えていることも確かです。そこには12月6日の米国トランプ大統領による「エルサレム首都認定」だけでなく、その後のイスラーム世界におけるライバル抗争の影響を見出せます

グローバル・ジハードの飛散

 2014年にイラクとシリアにまたがる領域で「建国」を宣言したISは、2017年に大きな節目を迎えました。

 イラクでは6月にイラク最大の拠点モスル、10月に北部ハウィジャを、それぞれ米国を中心とする有志連合に支援されるイラク軍が制圧。一方、シリアではロシア軍によって支援されるシリア軍が、8月に中部ホムス、10月にはISが「首都」と位置づけていたラッカ、そして11月には同国におけるIS最後の拠点とみられた東部デリゾールを解放しました。

 もともとISは「グローバル・ジハード」を掲げるアルカイダの方針に飽き足らないメンバーが分離し、「イスラーム国家樹立」を大方針にしてきました。しかし、シリアとイラクでの征服地が減少するにつれ、両国を追われた「落ち武者」は各地に飛散し、グローバル・ジハードの色彩を強めていきました。その結果、例えばフィリピンでは2017年5月にISに忠誠を誓う現地勢力「マウテ」などがマウテ一帯を占拠し、フィリピン軍との内戦に突入しています。

ISの困窮

 各地でテロ活動を活発化させることは、ISにとって「資金や人材を調達する」という意味もあります。シリアやイラクを追われたことで、ISは重要な資金源であった油田を失いました。そのため、ISはこれまで以上に、支持者からの支援をあてにしなければならなくなっています

 ところが、ISは海外からの支援も失いつつあります。ISはもともと、アルカイダなどとともに、王族を含むスンニ派諸国の官民から資金を調達していました。しかし、2015年に即位したムハンマド皇太子のもと、サウジ政府は従来のISやアルカイダとの関係を見直す方針に転じ、むしろ米国とともにこれを積極的に取り締まり始めています。2017年6月にサウジがカタールと断交した一つの理由は、カタールがISなどスンニ派過激派組織への支援を続けていたことでした。

 この環境のもと、ISは様々な違法行為で資金を調達しているとみられるだけでなく、ビットコイン取引にも手を出しているといわれます。

 もともとISは、アルカイダなどとのライバル抗争を勝ち残るために、目立つテロ事件を引き起こして資金や人材を集めてきました。しかし、追い詰められ、なりふり構わなくなっているISにとって、宣伝材料として「派手なテロ行為」はこれまで以上に必要になっているといえるでしょう。

「エルサレム問題」への沈黙

 これを加速させているのは、トランプ大統領によるエルサレム首都認定です。ただし、それはISが「エルサレム問題」を、テロ活動を正当化する理由に利用している、という意味ではありません

 エルサレムはイスラームにとっても聖地であり、ユダヤ人国家イスラエルとの対立のシンボルでもあります。そのため、トランプ氏によるエルサレム首都認定の直後、それがテロ組織を触発するという懸念を抱く人は少なくありませんでした。例えば、マルタの穏健派イスラーム指導者サディ師は12月7日、トランプ大統領の決定が「ISISへの素晴らしい贈り物になる」と警告しています。

 ところが、オール・イスラーム的な課題であるはずの「エルサレム問題」に関して、ISは奇妙なほど静かです。ISの宣伝機関であるAmaqニュースはこの件についてほとんど伝えていません。冒頭に示したタイムズスクエアの爆破予告では、確かに「エルサレム問題」が理由にあげられましたが、これはあくまで「支持者」によるもので、ISは肯定も否定もしていません。

「エルサレム問題」の主役

 イスラーム世界内部での「宣伝」に追われているはずのISが「エルサレム問題」にほとんど言及しないままにテロ活動を続けることは、一見奇妙に映ります。しかし、「エルサレム問題」をめぐるイスラーム世界の内部分裂と力関係の変化を考えると、これは不思議でもありません

 トランプ大統領のエルサレム首都認定を受けて、12月13日に開催されたイスラーム協力機構の会合で、一際大きな声で米国批判を展開してきたのはトルコのエルドアン大統領でした。トルコの視線の先にはスンニ派の大国の座を争うサウジアラビアがあり、エルドアン大統領は「エルサレム問題」を自らの立場を強めるうえで利用しているといえます。

 これと連動して、イスラーム世界で存在感を強めてきたのが、「エルサレム問題」の当事者でもあるパレスチナのイスラーム組織ハマスです。「エルサレム問題」が発生してからはパレスチナ人に抗議活動を呼びかけるなど、ハマスは認知度を引き上げていますパレスチナ自治政府を握り、「パレスチナの代表」と国際的に認知されているファタハと2017年10月に積年の内部対立を解消する合意をしたことも、ハマスの国際的立場を改善させる一因となりました。

 もともとエルドアン大統領はハマスを支援してきましたが、「エルサレム問題」をきっかけにトルコ‐ハマス同盟がイスラーム世界における世論に大きな影響力を持ち始めているのです。

サウジへの配慮

 この状況は、「エルサレム問題」をめぐるISの沈黙の背景となっています。

 トルコ‐ハマス同盟の影響力が増すのに対して、本来イスラームの盟主であるはずのサウジアラビアは、先述した米国との関係から、トランプ批判のトーンを抑えています。のみならず、サウジやスンニ派諸国(カタールを除く)は米国とともに、ISやアルカイダだけでなくハマスも「テロ組織」として取り締まりの対象にしています。ハマスがトルコだけでなく、サウジにとって最大のライバルであるイランにも接近していることが、これに拍車をかけています。

 しかし、その背景にかかわらず、「エルサレム問題」へのサウジの対応は、厳格なイスラーム主義者だけでなく、一般ムスリムからの失望を招きかねないものといえます。ところで、先述のように、ISはこれまで以上にスンニ派諸国からの支援を当てにせざるを得ない状況にあります。この状況下、ISが「スポンサー(あるいはその候補)に都合の悪いこと」に口をつぐんだとしても不思議ではありません

ISとハマスの確執

 これに加えて、トルコと結びつき、「エルサレム問題」を機にイスラーム世界での認知度を引き上げているハマスは、ISとライバル関係にあります

 2017年6月16日にエルサレム旧市街地で発生した警官殺害事件で、ISは犯行声明を出しました。これはISによる初めてのイスラエル攻撃の声明でしたが、同様に犯行声明を出していたハマスはこれを「事態を混乱させるもの」と強く批判。イスラエル当局もISの関与を示す証拠がないと結論付けています。つまり、ISは「エルサレムでのテロ」という宣伝材料をハマスから横取りしようとしたといえます。

 その直後の6月26日早朝、パレスチナのガザ地区からイスラエルにロケット攻撃が行われ、ISに忠誠を誓うAhfad al-Sahabaが犯行声明を出しました。しかし、これに対して、イスラエル軍はガザ地区からの攻撃の責任をハマスに帰し、翌27日には報復の空爆を実施https://www.maannews.com/Content.aspx?id=777814。この一件で、ハマスは間接的にISによって損害を受けたことになります。

 これらの経緯から、ISにとってハマスは全く相いれないものなのです。そのハマスが「エルサレム問題の当事者」としてイスラーム世界の内外で脚光を浴びるなか、ISがこれにほとんど触れないことは、いわば当然といえます。

大義なきテロに吸い込まれる者

 ただし、イスラーム世界でこれ以上ない宣伝効果を狙える「エルサレム問題」で公式の発言を控えざるを得ない一方、ISの懐事情がジリ貧であることは変わりません。そのなかでスポンサーの関心を呼び、資金や人材を集めようとすれば、これまで以上に「派手に」テロ活動を行うしかISの手段はなくなってきます。

 こうしてみたとき、トランプ氏のエルサレム首都認定はトルコやハマスにとってプレゼントになったとはいえるものの、ISは直接の「恩恵」に乏しいといえます。言い換えると、「エルサレム問題」を直接利用できないISは、この問題によって高まるイスラーム世界の反米感情に便乗する形でテロを頻発させているのです。その意味で、もはや大義すらない宣伝活動が過熱しているとさえいえます。

 そのテロ活動そのものに加えて、さらに問題なのは、「大義すらない宣伝活動」に吸い込まれる者が絶えないことです。

 中国の新疆ウイグル自治区からは、共産党支配に起因する抑圧や格差に直面する若者の数多くが、ISに勧誘され、民族的に近いトルコを経由してシリアに渡ったとみられます。現地の社会活動家はAP通信のインタビューのなかで「我々は若者の過激化を防ぐ戦いに敗れつつある。我々が彼らに、世界には希望や人権があると確信させられないからだ」と応えています。これは一例に過ぎません。

 先述のように、2017年はイラクとシリアにおけるIS掃討作戦に一定の目途が立った年でした。しかし、各地に抑圧と格差が広がるなか、たとえ大義すら怪しくなっているとはいえ、ISの活動が収まることはありません。これらの社会問題への取り組みが進まなければ、ISの脅威は2018年以降も長く続くとみられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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