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「北朝鮮との協議」を難しくする4つのポイント:北朝鮮問題に関するリスクの小さな選択とは

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)

 9月15日、北朝鮮が再びミサイル発射に踏み切りました。水爆実験を受けて、11日に国連安保理で天然ガス禁輸などを含む制裁が決議されたことに反発してのものとみられ、そのわずか3日後の出来事でした

 今回のミサイル発射に対して、16日には日米の要請で安保理の緊急会合が再び開催され、北朝鮮に対する「強い非難」が表明されました。しかし、11日以前の段階でトランプ政権は「原油の全面的な禁輸」を盛り込んだ制裁を提案していましたが、16日の会合では9月11日に採決された石炭・鉄鉱石などの輸出禁止や石油精製品の輸出上限の設定などの制裁の履行が求められた一方、新たな制裁決議は決議に盛り込まれませんでした

 新規の制裁がなかったことには、北朝鮮に一定の理解を示してきた中ロへの配慮や、速やかな非難決議を優先させたという見方ができます。しかし、その一方で、新たな制裁決議が盛り込まれなかったことは、日米韓とりわけ米国にとって、結果的に「一息つく」余裕を生み、北朝鮮との協議に向かう可能性をもたらしたといえます

軍事行動のリスク

 これに関してまず確認すべきは、原油の全面禁輸は経済封鎖のなかで最も強いカードであるため、これで効果があがらなかった場合、米国による軍事行動もいよいよ視野に入ってくることです。

 しかし、核保有国同士の衝突となれば、米国も少なくとも無傷ではすみません。のみならず、以前にも述べたように金正恩体制を崩壊させれば、核・ミサイルが闇市場を通じて拡散するリスクもあります。リビアでは、カダフィ体制の崩壊が中東・アフリカ一帯に武器を流出させ、IS台頭の一因となりました。

 北朝鮮の場合、核・ミサイルは各国との交渉を有利に運ぶための手段であり、「実際にそれを使用する」ことはほとんど想定できません。つまり、北朝鮮の場合、分かりにくい形ではあっても、「自分の利益を最大化すること」を目指す合理性があり、だからこそ北朝鮮は実際に米国に着弾させることはしないといえます。

 ところが、イスラーム過激派のようなテロリストの場合、そのような合理性を期待することはできません。核抑止とは、相手の損得勘定に働きかけて攻撃を思いとどまらせるものであり、自爆攻撃すら厭わないテロリストには全く無力です

 その意味で、テロリストの手に渡る状況を考えれば、金正恩体制が核・ミサイルを握っている方が、確実性という意味では「まだまし」と思わざるを得ないのです

二人の勝者

 したがって、軍事行動に踏み切るリスクを考えれば、米朝が水面下で行っているといわれる接触を公式の協議にもっていく必要があります。

 しかし、対立の解消において、「どのタイミングで協議を始めるか」はそのゴールにまで影響を及ぼすものです。つまり、どちらかが圧倒的に有利な状況下で協議を始めれば、その状況が結論に大きく反映されます。

 米朝がお互いに次々と強いカードを切っていく状況においては、双方ともに「自分が有利な状況にある」という心理的アリバイを抱く余裕すらありません。しかし、それは裏を返せば、それぞれが「自分の有利」を確信できる状況なら、米朝が交渉に向かうことが可能になります

 その意味で、15日のミサイル発射と16日の国連安保理の新制裁ぬきの決議は、両者がそれぞれ「自分の有利」という心理的アリバイを確保でき、交渉に向かうことを可能にする状況を生んだといえます。

 「中ロの反対があったから新制裁は延期する」という大義のもと、16日の決議で原油禁輸などの新制裁が盛り込まれなかったことは、米国にとってむしろ幸いだったともいえます。それにより、実際には全面衝突に向けてのスピードを落とせただけでなく、「11日の(北朝鮮の輸出総額の9割を削減すると見込まれる)これまでにない制裁を着実に履行する」という大義があることで、「我々の側がいまだに優位にある」と思えるからです。

 これに対して、北朝鮮にとっても、16日の決議に新制裁が含まれなかったことは、単に「これ以上の制裁に直面しなくて済む」という以上の意味があったとみられます

 15日に発射されたミサイルは射程が約3500キロメートルとみられ、これによって北朝鮮はグアムに到達できる力を示しながらも、実際には別方向に向かって撃ちました。つまり、北朝鮮も「グアムを攻撃できる」ことをみせながら、そうしないことで全面衝突のスピードを落としたといえます。そして、これに対して、国連安保理では、非難決議以上のものは出されませんでした。

 つまり、このタイミングは、米朝ともに「自分たちが優位にある」と心理的なアリバイを作れるものです。これは、米朝間の協議に向けた第一歩になり得るといえるでしょう。

北朝鮮にとっての利益とは

 しかし、緊張のエスカレートから抜け出すために米朝が協議に向かったとしても、そこには幾多の困難があります。第1に、最大の問題は、共通の利益を見出すことが難しいことです

 国際政治においては、対立する者同士でも、利害関係が一致すれば交渉が行われることは珍しくありません。

 冷戦時代、1969年からの戦略兵器制限交渉(SALT)をはじめ、米ソはしばしば核兵器の軍縮・軍備管理を協議しました。この場合、「無制限に核軍拡を進めれば、緊張が高まるだけでなく、双方ともにコストが大きくなる」という共通認識のもと、核兵器の制限に共通の利益を見出せたことが、協議を可能にしました。

 しかし、北朝鮮の場合、「共通の利益」を見出すことはソ連との場合より難しいといえます。北朝鮮は体制の維持を最重要課題としていますが、むしろ最大の焦点は「北朝鮮の核・ミサイル保有を認めるか」にあるからです

 ティラーソン国務長官をはじめ、米国政府は北朝鮮の体制については認める発言を繰り返しています。つまり、各国にとって最大の懸案は、北朝鮮の体制ではなく、その核・ミサイル開発にあります。そのため、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄すれば、海外からの援助・投資も再開され、国民の窮状も改善されるでしょう。国家・国民を優先させるなら、それが北朝鮮にとって合理的な判断といえます。

 しかし、北朝鮮では体制が国家・国民に優越します。国家の発展や国民の幸福を犠牲にしてでも体制の存続を図ってきた北朝鮮政府にとって、核・ミサイル開発はそれを米国に認めさせる手段でもあります。そのため、全面的な経済封鎖があったとしても、北朝鮮にとって核・ミサイル開発を放棄することは全く非合理的な選択といえるでしょう。

 つまり、北朝鮮を取り巻く問題の構造は、「北朝鮮の核武装を認めるか、認めないか」という二者択一であるため、当事者の間に「共通の利益」を見出すことは困難なのです。

相互不信の根深さ

 第2に、相互不信が根深いことも北朝鮮問題を協議で解決することを難しくしています。

 体制の存続とともに、少なくとも既にある核・ミサイルの保有を認めれば、北朝鮮政府に「これ以上核・ミサイルで威圧的な行動をとらない」、「核・ミサイル開発をこれ以上進めない」と約束させることは可能かもしれません。

 ただし、問題は、北朝鮮がその約束を守るかが定かでないことです。これまでも北朝鮮は国際的な取り決めをしばしば反故にしてきました。その最大のものは、五大国にのみ核保有を認めた核不拡散条約(NPT)に署名しておきながら、その間も核開発を進め、2003年に脱退した後、2005年に核開発成功を宣言したことです(この点、そもそもNPTに参加せずに1998年に核保有に至ったインドやパキスタンは、少なくとも「合法的」であった)。これに照らせば、何らかの約束を交わしても、それが守られないという懸念は払拭できません。

 その一方で、北朝鮮の側にも不信感はあります。仮に核・ミサイルの放棄を条件に体制の存続を米国が容認したとしても、北朝鮮がそれを信用するとは思えません。

 リビアのカダフィ政権の場合、2000年代初頭からの西側との緊張緩和の一環で大量破壊兵器を廃棄しました。しかし、その後の2011年の「アラブの春」とリビア内戦の混乱のなか、NATOの軍事介入によってカダフィ体制は崩壊。金正恩体制がカダフィ体制と同じ轍を踏まないよう警戒していることは、核・ミサイル保有に固執する一因になっているといえます。

既成事実の重さ

 そして、第3に、北朝鮮が核・ミサイルを既に保有しているという事実も、交渉を難しくする一因です。

 同じく核開発をめぐって各国と対立したイランの場合、「平和利用」を条件に原子力開発を制限することで合意に達しました。まだ保有していないイランと異なり、北朝鮮は既に核兵器を保有しているのであり、それを「放棄させる」ことは、金正恩体制を崩壊させない限り、ほぼ不可能といえます。

 人間は、いまだ手に入れていないものは容易にあきらめられても、一度手に入れたものは手放そうとしません。信用できない相手から死活的利益の放棄を求められ、全面的な封鎖で追い詰められれば、「降伏する」より「日干しになる前に一撃喰わせて自分の言い分を認めさせる」ことが合理的判断にさえなり得ます。自らの軍事力にそれなりの自信があれば、なおさらです。

 満州事変後、原油禁輸を含む全面的な経済封鎖を敷かれ、明治以来の全ての権益を手放すことを求められた日本が、米国の「経済封鎖で日本は大人しくなるはず」というシナリオと裏腹に、むしろ米国攻撃に向かったことは、これに符合します。

北朝鮮を例外として認めるリスク

 さらに北朝鮮との協議を難しくする第4の、そして最後のポイントは、北朝鮮の核・ミサイル保有を特例として認めた場合、NPTが地盤沈下を起こし、同じように核武装を目指す国が生まれかねないことです。

 NPTは、第二次世界大戦末期米国が核兵器の開発に成功し、戦後にソ連、英国、フランス、中国がこれに続くなかで1968年に結ばれました。つまり、NPTの締結は、五大国にとっては「先行者の利益」を確保でき、それ以外の国にとっては「これ以上の核拡散によって世界全体を不安定化させることを防ぐ」という利益を得られるものだったのです

 五大国のみが核保有を認められることは確かに不公平なものですが、行きがかり上、世界全体の安定の観点から避けられないものだったといえます。しかし、北朝鮮を特例と認めれば、第二、第三の北朝鮮を生むリスクも発生します。それは既に不安定化している世界の安全保障環境を、さらに不安定化させ得るといえるでしょう。

リスクが小さい選択とは

 こうしてみたとき、北朝鮮の要求のうち、「体制の維持」はともかく、「核・ミサイルの保有」を受け入れることは、各国にとって大きなリスクとなります。

 しかし、冒頭に述べたように、経済制裁で北朝鮮を締め上げることには限界があり、軍事行動のリスクも大きすぎます。そのため、いずれは協議に向かわざるを得ませんが、どちらにしてもリスクがあるなら、より小さなリスクを選択する必要があります。

 「北朝鮮から核・ミサイルが飛散するリスク」と「北朝鮮の核・ミサイル保有を認めるリスク」の二者択一を迫られた時、米国がより不確実性の高い前者を嫌ったとしても、不思議ではありません。もちろん、その場合であっても、必要以上のごね得を許さないために、「これ以上の核・ミサイル開発をしない」ことを北朝鮮に約束させ、その監視体制を構築するなどの条件がつくことは容易に想像されます。

 とはいえ、朝鮮半島に核保有国がある状態が常態化する可能性があることも、あらかじめ想定する必要があることは確かです。いずれにせよ、北朝鮮問題は大きな転機を迎えつつあるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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