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ナショナリズムと民主主義:世界史からみた2014年(下)

六辻彰二国際政治学者

「国民」とは何か-血統・文化と個人の意志

ここで、改めて「国民」(nation)とは何かを整理しておきましょう。政治学などでは、ドイツのヨハン・ゴットリープ・フィヒテが「ドイツ国民に次ぐ」(1808)で、フランスのエルネスト・ルナンが「国民とは何か」(1882)で、それぞれ提起した概念が有名です。

フィヒテは、ドイツ人とは「種族」であり、その中核にあるのは「ドイツ語」という言語であると論じています。つまり、血統や言語に基づく有機的な一体性を持つ存在として国民を捉える立場です。この立場からは、人種を含む自然的・科学的な共通性や、文化の共通性を「国民」の基盤と捉える、いわば保守主義的な国民像が形成されます。例えば、今でもドイツの国籍法は両親のいずれかがドイツ人であることという血統主義に則っています。

これに対して、ルナンによると国民とは「日々の人民投票」であり、法的、政治的に共同生活を行うことに同意した人々を指します。言い換えると、個人の主体的意志が国民を作るという立場です。これに従うと、血統や文化に関わらず、公的空間に参加するという個人の自由意志によって国民が形成されると捉える、いわば自由主義的な国民像に至ります。フランスの国籍法は、フランスで生まれた者は両親の国籍に関わらずフランス国籍を取得できる、出生地主義に基づきます。

両者の捉え方は、ドイツとフランスのそれぞれの歴史的展開に概ね符合することもあり、好対照をなすものとみなされがちです。

しかし、現代フランスの哲学者ジョエル・ロマンは、フィヒテが種族的な国民像を描きながらも、同国人としての絆に関して個々人の意志を重視したことを指摘し、他方でルナンが選択と同意に基づく国民概念を展開しながらも、その精神的原理として「豊かな過去の記憶の遺産の共有」つまり継承されてきた伝統をあげていることも指摘しました(ジョエル・ロマン, 1997, 「二つの国民概念」, 鵜飼 哲 他編, 『国民とは何か』, 河出書房新社)。つまり、ロマンによればフィヒテとルナンは、それぞれに血統・文化と個人の意志のいずれかを強調しながらも、他方の要素を決して度外視しなかったというのです。実際、共通の条件がなければ一体性をもつ意志も生まれにくく、主体的な意志がなければ共通の条件を見出すことも困難です。その意味で、両者は相互補完関係にあるといえるでしょう。

極右政党と分離独立運動の共通性

むしろ、ここで強調すべきは、ロシアや中国だけでなく、西側先進国なかでも民主主義の「本場」といえる欧米諸国において、ナショナリズムが興隆しているなかで、この「血統や文化の共通性を『国民』の主な要素とみなす意志」が広がりつつあることです。いわば意識的に血統や文化の共通性を強調する動きは、スコットランドにとどまらず欧米諸国でくすぶる分離独立運動や極右政党の躍進によって象徴されます。

これまでの歴史を振り返ったとき、ナショナリズムと民主主義が強固に結びつきやすいのは、経済停滞や外部の脅威に見舞われた時だったといえます。対テロ戦争が長引くなか、ムスリム系住民に対する警戒や不信感はとどまるところを知りません。さらに世界金融危機後、それ以前に増して、貧困層に多いアジア、アフリカ系の移民が、「社会保障にタダ乗りする連中」、「雇用を奪う連中」、そして「街の風紀を乱す連中」と位置付けられやすくなり、襲撃事件も相次ぐようになりました。これらはいずれも、経済停滞や外部の脅威に対する危機感を求心力として、「『自分たち』が結束する必要がある」という心理状態が強くなり、その延長線上で血統・文化などで「自分たち」と「自分たちでない者」を識別し、後者を排除しようとする動きといえます。「自分たち」で「自分たちの運命を選択する」欲求が広がるなか、ナショナリズムと民主主義は加速度的に結びつきを強めてきたといえるでしょう。

極右勢力の台頭は、既存の国家の存続と伝統的な国民像への回帰を目指すものですが、分離独立運動は既存の国境線に変更を迫り、新たな国民像を求めるもので、一見したところ両者は正反対のものです。

しかし、両者はほとんど同じ構図で発達してきたといえます。つまり、近年の欧米諸国における分離独立運動の高まりは、やはり経済停滞を契機に中央政府への不信が強まったことが、一つの引き金になりました。スペインのカタルーニャのように総じて豊かな地域では、「自分たちの富が他の州や中央政府に奪われている」という論調が強くなり、スコットランドのように総じて貧しい地域では、「自分たちが豊かになれないのは中央政府のせいだ」という不満が大きくなりました。そのなかで、既存の国家に基づくいわば伝統的な国民像のもとで封印されてきた、それ以前の血統・文化の共通性に基づく「自分たち」イメージに回帰することで、分離独立運動は活発化したといえるでしょう。

つまり、危機感を背景に、血統・文化などの共通性で「自分たち」と「それ以外」を分け、「自分たち」の苦境の原因を「それ以外」に求め、そのうえで「自分たちの運命を選択する」欲求が決定的な役割を果たした点で、極右政党の台頭と分離独立運動の高まりは共通するのです。言い換えると、これらはいずれも、「ゆるぎない血統や文化」を意識的に選択しようとする動きといえます。

近代西欧文明の普及がもつ意味

ただし、ここで注意すべきは、いずれの国であれ「血統や文化」が「ゆるぎないもの」とは必ずしもいえない、ということです。以前にも述べたように、エリック・ホブズボームは『創られた伝統』(1983)において、一般的に「古来から続く」と考えられがちな「伝統」が、実は多くの場合、近代以降に「創造された」ものであると論じました。スコットランド独立のシンボルとなったタータンチェックのキルトは、かつてはイングランドからみた「野蛮」のシンボルでしかなかったのですが、これが機械化の進んだ19世紀に大量生産されるなか、「スコットランドの伝統」の地位に商業的に祭り上げられたのです。

また、「ヨーロッパ」の三大要素としてよくあげられるのは、ギリシャ・ローマの遺産、キリスト教、ゲルマンの慣習ですが、これらはいずれも基本的に外来のものです。ギリシャ・ローマ文明はヨーロッパの専有物ではなく、「地中海文明」とも呼ぶべきもので、沿岸の中東や北アフリカの文化と融合したものでした。キリスト教は、中東パレスチナが発祥です。ゲルマン人に至っては、民族大移動のなかで東方からヨーロッパにやってきた、当時の「野蛮な征服者」でした。

つまり、「血統や文化」は決してゆるぎないものではなく、そのように捉えることの方が歴史に反するとさえいえます。それを敢えて「古来変わらないもの」と捉える志向の広がりは、それだけ経済停滞や外部の脅威に対する危機感が大きいことを示すといえますが、それに加えて個人化が進んだことの裏返しという側面も、見逃せません。

フランスの社会学者ミシェル・マフェゾリによると、近代は17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトが、有名な「我思う、故に我あり」の命題とともに、自分が自身の支配者であるとする「個人」の概念を発見したことで始まったといいます。近代が17世紀に始まるか否かは議論の余地のあるところですが、いずれにせよ「個人が自分自身の運命を選択する自由」の観念は、近代西欧以外ではほとんど発達しませんでした。他の文明圏、あるいは近代以前の西欧で人間は、多かれ少なかれ、神、運命、伝統、慣習といった、自らではいかんともしがたいものに従って生きていたといえます。

この観点から、ナショナリズムとともに、近代西欧で発明された民主主義と市場経済のいずれもが、「個人が自分自身の運命を選択する自由」によって貫かれていることは、不思議ではありません。やや乱暴な言い方をすれば、民主主義は「自らの支配者を自ら選択する」システムであり、市場経済は「労働力としての自分自身の売却先と自らが入手する財やサービスを自ら選択する」システムです。その意味で、先述のフクヤマが述べたように、民主主義と市場経済が普遍化したというのであれば、グローバル化が進んだ現代は、近代西欧文明の影響が世界大化した時代といえます。

「選ぶ余地がないものを選ぶ」志向

現代において、「個人が自分自身の運命を選択する自由」は、特に西側先進国において、限りなく大きくなりました。居住する国や、国籍を問わず働く企業を選べる機会は、これまでになく多くなりました。かつて英国議会は、その力の大きさから、「男を女に、女を男にする以外は何でもできる」といわれましたが、性転換手術や同性婚が普及した現代では、本人がそれを選択しさえすれば、それすら可能です。

しかし、自らの運命を選択することをよしとすればするほど、個人は常に選択を迫られます。しかも、そこには暗黙のうちに、合理的な理由づけを求められることも、稀ではありません。日本でも20年前は、子供が通う公立中学も、電話回線の契約先も、選択の余地はほぼありませんでした。そちらの方がよかったかどうかはさておき、日常生活の隅々に至るまで個人が選択を迫られる状況が、ストレスの大きなものであることは確かです。社会経済状況が不安定化すれば、尚更です。

そんななか、逆に「絶対に確かなもの、安心できるもの」を求める個人が増えたとしても、不思議ではありません。大学生の大企業志向や女性の専業主婦志向を指して保守化ということがいわれますが、その方向性をグレードアップさせていけば、グローバル化の波や外敵に対する最終防衛ラインとしての国家への期待感や、「変わらない」とみられがちな血統や伝統への憧憬が大きくなりやすくなります

言い換えると、そこには「選択の余地がないほど確たるものの象徴として、血統や文化に基づくナショナルな結びつきを選択する」という逆説があります。このメンタリティは、分離独立運動や極右政党の活発化の背景に、ほぼ共通します。その意味で、近代化の極致としてのグローバル化は、ナショナリズムと民主主義の結びつきを強めてきたといえます。

そして、これは程度の差はあれ、西側先進国に限ったものではありません。クリミア半島の住民が住民投票という民主的なプロセスを強調したことは-繰り返しになりますが、国際法上は疑念の余地が大きいとはいえ-「自分たちの運命を自ら選択すること」を強調したものであり、その意味で反欧米的なロシア文明圏であっても、近代西欧文明の影響から自由でないといえるでしょう。

また、ナショナリズムとも民主主義とも無縁ですが、イスラーム過激派「イスラーム国」がイラクからシリアにかけての領域で、既存の国境線を否定し、「独立」を宣言したことも、やはり「前近代的な結びつきに基づいて自らの運命を選択する」という志向においては同じです。近代西欧文明の対極にあるといってよいイスラーム国の台頭もまた、その意味において近代性を受け入れているのです。

「選ぶ」ことがもたらす変動

こうして2014年の世界を振り返ったとき、そこで耳目を集めた多くの出来事は、多かれ少なかれナショナリズムと民主主義が結びついた、「自らの運命を選択」しようとする欲求の発露だったといえます。上記のように、ナショナリズムと民主主義の結びつきがグローバル化によって加速した側面に鑑みれば、そしてグローバル化が停滞する様相を見せない状況に鑑みれば、この動きは今後も大きくなりこそすれ、小さくなるとは考えられません。

人間が「自らの運命を選択する」という発想は、近代史を形作ってきたといっても過言ではありません。それは、運命や社会環境に拘束されず、自分が自分自身の主人であるという観念を大きくしてきました。

ただし、それは同時に、「誰もが当然と思う確かなこと」がなくなりつつある、不安定性な世界をももたらしました。そのなかで、「確かなもの」を求める欲求と、「自分自身で自分のことを決めたい」欲求が重なったとき、そこには既存の国境線の変更を含む、大規模な変動をさらに促すエネルギーすら発生します

「自らの運命を選択する」営為が世界中で広がった2014年を振り返ったとき、そこには、近代以降の歴史が大きな転換点を迎えている様相をうかがえるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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