韓国の野球ファンの間には、長年伝わるこんな言葉がある。

「投手はソン・ドンヨル、打者はイ・スンヨプ、野球はイ・ジョンボム」

ポジションを問わず、すべてのプロ野球選手の中で最もファンを魅了し続けてきた韓国球界のスーパースター、それがイ・ジョンボムだ。

現役当時のイ・ジョンボム(写真:ストライク・ゾーン)
現役当時のイ・ジョンボム(写真:ストライク・ゾーン)

そのイ・ジョンボムは現在韓国を離れ、かつて現役生活を3年半過ごした中日でユニフォームを着ている。肩書は「研修コーチ」。滞在費などを自己負担する形で中日のファームに合流している。

これまでに日本でコーチ研修を行った韓国の元選手は数多くいる。その大半は引退直後、指導者生活の第一歩として来日した。しかしイ・ジョンボムが現役を退いたのは今から8年前。引退後は韓国の2球団でコーチを歴任している。

今月15日で50歳を迎える韓国の英雄はなぜ、自費で日本にやってきてコーチ修行を行っているのか。

「野球の天才」が日本の2軍で得たいこと

「日本の練習方法、2軍選手の教え方、全体練習後の個人練習の仕方など、多くのことを見て、感じたいと思って来ました」

プロ入り直後から活躍し「野球の天才」と呼ばれてきたイ・ジョンボム。彼は指導者として自分の思い通りにプレーできない選手の気持ちを知りたいと話す。そして日本に来たもうひとつの理由が投手のレベルの高さを探ることだった。

「日本の投手はコントロールが良いです。投手の練習を観察していると、集中力を切らさずにトレーニングを重ねることで一定のバランスを保てるようになり、フォームが安定していくのがわかりました」

イ・ジョンボムは中日の若手投手たちが、バランスを維持するための練習に取り組む姿を見て、日本の投手の制球力の高さを韓国にいるコーチたちに論理的に説明できる程度、理解できるようになったと話した。

息子世代の選手に向けるまなざし

イ・ジョンボムは今、石垣雅海(21)、石川昂弥(19)、岡林勇希(18)の3人の打者の成長を見守っている。

その3人の中で特に期待を寄せているのが石垣雅海だ。石垣の特徴について中日OBで選手との親交が深く、DAZNの中継解説を務めている湊川誠隆氏(セレクトショップ「NEXT THING」代表)はこう説明する。

「プロ入りした時から期待されている右の大砲です。2年前のフレッシュオールスターではバックスクリーンにホームランを打って、MVPを獲っています。体が強いので練習についていける体力があって、取り組む姿勢も真面目です」

石垣の印象をイ・ジョンボムは、「ストレートを打つ能力は高い。1軍投手の鋭く落ちる決め球への対応が課題ですが、誠実に努力して波留(敏夫)コーチの助けを借りながら、日々レベルアップしています。1軍に定着できるようにインパクトを与えるような活躍をして欲しいです」と話す。

石垣は1998年9月21日生まれ。その約1ヶ月前の8月20日に生まれたのがイ・ジョンボムの長男、高卒4年目ながら韓国を代表する巧打者として活躍しているイ・ジョンフ(キウム)だ。イ・ジョンボムは今、息子と同い年の石垣の飛躍に力を注いでいる。

「石垣選手は打てなかった時に、その理由を私に尋ねにくる。それに応えられるように私が日本にいる間は、石垣選手に関心を持ち続けてアドバイスしていきます」

常識を覆す、息子の活躍

「二世選手は大成しない」

そんな日本の常識をイ・ジョンボム父子は大きく覆している。イ・ジョンボムに今季も活躍中の息子の話題を向けると「ハハハ」と笑い、語り口は一層穏やかになった。

イ・ジョンフはプロ3年目の昨季、史上最速で通算500安打を突破。今季もここまでリーグ3位の高打率、3割6分3厘をマークし、チーム事情からこの一週間は4番に座り、打点もリーグ3位タイの63を叩き出している。

イ・ジョンボムの長男イ・ジョンフ(写真:キウムヒーローズ)
イ・ジョンボムの長男イ・ジョンフ(写真:キウムヒーローズ)

イ・ジョンフは父の中日1年目に名古屋で生まれた。縁のある日本のプロ野球をよくチェックしていると話し、「東京オリンピックでは菅野智之(巨人)、千賀滉大(ソフトバンク)と対戦したい」と語ったこともあった。

(関連記事:「韓国のイチロー」の長男、東京五輪での千賀(ソフトバンク)と菅野(巨人)との対戦を望む

父・ジョンボムに、息子が将来日本でプレーすると仮定して、成功するために必要なことを尋ねた。

「日本のピッチャーは韓国に比べて、フォークをはじめとした縦の変化球が速く、鋭く落ちるので、それに対応する必要があるでしょう。本人も昨年のプレミア12で対戦してみて、感じたことが多かったそうです」

父に続いて、息子も日本進出。そんなことを期待せずにはいられない。

アジアプロ野球チャンピオンシップ2017、強化試合でのイ・ジョンボム(右)とイ・ジョンフ(左。写真:ストライク・ゾーン)
アジアプロ野球チャンピオンシップ2017、強化試合でのイ・ジョンボム(右)とイ・ジョンフ(左。写真:ストライク・ゾーン)

スーパースターが次に目指すもの

イ・ジョンボムは現在、若手選手とともに合宿所で暮らしている。名古屋には現役当時から親交がある知人もいるが、新型コロナウイルス感染予防のため、外出を控えていることから会うことはできない。すべてが快適とは言えない環境に身を置くイ・ジョンボムが目指しているものは何か。

「KBOリーグのチームで監督になりたいと思っています。その機会が訪れる時まで、選手としての経験よりも、指導者として重ねた経験談を選手に伝えられるように勉強しています」

韓国のスーパースターの看板を一旦下ろし、研修コーチとして息子と同世代の日本の若者と汗を流すイ・ジョンボム。それは次の頂きを目指すための準備だった。

イ・ジョンボム(李鍾範)…1970年8月15日生まれ。93年にヘテタイガース(現KIA)に入団。スピード感のあるプレースタイルから「風の子」と呼ばれ、94年に首位打者、盗塁王、MVPを獲得。3度の優勝に貢献し、93、97年の韓国シリーズMVP。98年に中日に移籍し、遊撃手、外野手を務めた。2001年シーズン途中にKBOリーグに復帰し、12年の開幕直前に現役引退を表明した。

KBO通算成績は1706試合、打率2割9分7厘、194本塁打、730打点。510盗塁は歴代2位で盗塁王を4度獲得。NPBでは311試合、打率2割6分1厘、27本塁打、99打点、53盗塁。中日在籍時の登録名は「リー・ジョンボム」。