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苦悩のシーズンを終えたサムスン・落合英二コーチに差し込んだ一筋の光明

室井昌也韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表
沖縄キャンプでのペク・チョンヒョンと落合英二コーチ(写真:ストライク・ゾーン)

「こんなチームじゃなかったんですけどね。すみません。愚痴ばかりになって」

サムスンライオンズの落合英二投手コーチは今季を振り返ってそう話した。

「王者サムスン」は今は昔

サムスンと言えば韓国球界を代表する常勝チームだった。2010年から6年続けて韓国シリーズに出場。2011年から4年間は公式戦1位と韓国シリーズを制覇する「統合優勝」を果たした。

落合コーチはその絶対王者の中で2010年から3年間投手陣を束ねた後、一旦現場を離れ、2015年から2017年まで千葉ロッテで投手コーチを務めた。

そして昨季、落合コーチはラブコールに応える形で6年ぶりにサムスンに復帰。落合コーチがサムスンを離れている間に、手狭で老朽化がひどかった以前の本拠地は快適な新球場に移り、ユニフォームは軽量化され洗練されたデザインへと進化した。だがチームはそれらとは逆行するように低迷が続いている。

サムスンは今季10球団中8位。この4年間の順位は9、9、6、8位で推移している。

「前と比べちゃいけないんですが、時間がかかると思います」

落合コーチはそうこぼした。

伸び悩む投手が見せた変化

落合コーチ復帰2年目の今季を首位と28ゲーム差、借金23でシーズンを終えたサムスン。そんなサムスンにも一筋の光明が差し込んだ。プロ13年目の左腕投手、ペク・チョンヒョンの自立だ。落合コーチはこう話す。

「本人の“変わろう”という意志が見えて、今年初めて規定投球回に届きました」

ペク・チョンヒョンはチームトップタイの8勝を挙げ、チームで最も多い157回を投げた。以前は「左腕の振りが大きすぎて、ボールが抜けていた」(落合コーチ)というペク・チョンヒョンだったが、ある日を境にフォーム修正に着手したことが自立へのきっかけとなった。

5月末のプサン遠征。ペク・チョンヒョンは宿泊先のホテルで落合コーチの部屋を訪ねた。ペク・チョンヒョンはその時のことをこう振り返った。

「投球フォームを小さくしたいと思ったけど、一人で考えても答えが出なくて落合コーチに助言を求めました」

選手がコーチにアドバイスを求める。一見、当たり前のことのように思えるが、ペク・チョンヒョンにはそれが当たり前ではなかった。

「僕(落合コーチ)が前にサムスンにいた時からペク・チョンヒョンは寡黙で意思表示をしない選手でした。それが本人から話があるといってきました」

チーム再建に必要な選手の「気づき」

ペク・チョンヒョンはそれまでの遠回りするテイクバックから、手の甲を引き上げるように始動するコンパクトな腕の振りになった。それによってコントロールは安定。6月6日のNC戦では9回4安打無失点で自身初の完封勝利を達成した。

13年目で初めて規定投球回に到達し、8勝を挙げたペク・チョンヒョン(写真:サムスンライオンズ)
13年目で初めて規定投球回に到達し、8勝を挙げたペク・チョンヒョン(写真:サムスンライオンズ)

落合コーチは「技術的な事を言ってそれが浸透して結果が出ました。それ以来、自分から率先して必要な練習をするようなりました」とペク・チョンヒョンの変化を感じた。

傍から見てもペク・チョンヒョンはそれまでのうつむきがちな姿とは違い、自信のある表情を見せている。

落合コーチは今のペク・チョンヒョンをこう評する。

「ボソボソ喋るのは前と変わらないですけど、プロ意識は持つようになったと思います」

優勝を重ねた7、8年前には得られなかったペク・チョンヒョンの成長。それは落合コーチにとってのわずかながらの喜びとなった。

「人が育つのは時間がかかりますが、気づくのが早いと成長します」と落合コーチは話す。

ペク・チョンヒョンに次いで待たれる「気づく」選手の出現。それがなければサムスンが今の位置から抜け出すのは容易ではないだろう。

韓国プロ野球の伝え手/ストライク・ゾーン代表

2002年から韓国プロ野球の取材を行う「韓国プロ野球の伝え手」。編著書『韓国プロ野球観戦ガイド&選手名鑑』(韓国野球委員会、韓国プロ野球選手協会承認)を04年から毎年発行し、取材成果や韓国球界とのつながりは日本の各球団や放送局でも反映されている。その活動範囲は番組出演、コーディネートと多岐に渡る。スポニチアネックスで連載、韓国では06年からスポーツ朝鮮で韓国語コラムを連載。ラジオ「室井昌也 ボクとあなたの好奇心」(FMコザ)出演中。新刊「沖縄のスーパー お買い物ガイドブック」。72年東京生まれ、日本大学芸術学部演劇学科中退。ストライク・ゾーン代表。KBOリーグ取材記者(スポーツ朝鮮所属)。

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