10年前、尊敬するイチローに立ち向かった韓国の51番 マウンドを離れ第2の人生へ

東京ドームでの第2回WBC日本戦でガッツポーズのポン・ジュングン(写真:ロイター/アフロ)

ちょうど10年前の2009年3月。その時の東京ドームでもたくさんのフラッシュと大きな声援が51番に向けられていた。

「イチロー!」

第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。連覇を目指したイチロー擁する日本代表の前に立ちはだかったのは韓国だった。第1、2ラウンドで4試合、そして決勝戦の計5度の対戦を行った日本と韓国。うち3試合に先発登板し、日本から2勝を挙げた韓国のサウスポーもまた、背番号51を背負っていた。元メジャーリーガーのポン・ジュングンだ。

WBC韓国代表で51番を背負ったポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)
WBC韓国代表で51番を背負ったポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)

術後にリハビリするも復帰叶わず、現役を引退

メジャーリーグから07年に韓国球界入りしLGツインズで12年間プレー。先発として3度の2けた勝利、12年にクローザーに転向すると通算109セーブを記録したポン・ジュングンは昨秋、38歳で現役を引退した。

昨年9月28日、LG対KIAタイガースの試合前に行われた引退セレモニー。始球式のマウンドに上がったポン・ジュングンは、一塁側に向けた胸の前でグラブを構え、体を前かがみにした独特のセットポジションからキャッチャーにボールを投じた。その軌道は全盛期とは異なる、緩やかな山なりの投球だった。

昨年9月、引退試合始球式でのポン・ジュングン(写真:LGツインズ)
昨年9月、引退試合始球式でのポン・ジュングン(写真:LGツインズ)

ポン・ジュングンが引退を決意した理由。それは17年6月の左肩手術後、以前のような投球ができなくなったからだ。ポン・ジュングンの公式戦最後の登板は16年10月。17、18年と2シーズンマウンドに立つことなくユニフォームを脱いだ。

イチローは高校時代からの憧れの存在

韓国を代表する左腕として活躍したポン・ジュングンだが高校時代は外野手。その当時、憧れていた選手がイチローだった。

「同じ左打ちの外野手としてイチロー選手に興味を持ち始めて、高校時代に背番号51をつけた。イチロー選手のことは国を越えて魅力を感じるし、ずっと尊敬しています」

ポン・ジュングンは信一高在学中の97年、ブレーブスと120万ドルで契約を結び渡米。投手として02年から3シーズン、メジャーリーグ(ブレーブス、レッズ)でプレーした。その間、2人が対戦することはなかったが、03年6月、シアトルでのマリナーズ戦でポン・ジュングンはイチローに挨拶に行き、こう伝えた。

「僕はイチロー選手に憧れて51番をつけています」

それを聞いたイチローはポン・ジュングンにサインボールを2個プレゼントしたという。

ポン・ジュングンはその後も一時期を除いて、引退するまで51番を背負い続けた。

51番をつけ続けたポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)
51番をつけ続けたポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)

準備を重ねて挑んだイチローとの対戦

ポン・ジュングンはWBCでのイチローとの対戦をこう振り返った。

「尊敬している相手なのに抑えなければいけないというのは、不思議な感覚だった」

09年3月9日、東京ドームでの1次ラウンド決勝戦。先発マウンドに上がったポン・ジュングンにはその2日前の出来事が頭にあった。

「先発のキム・グァンヒョン投手が日本の選手に打たれてコールド負け(2-14)した。その流れを変えるには1番打者のイチロー選手を抑えるしかない」

憧れのイチローを抑えるため、繰り返し頭の中でイチローの打席での仕草を思い浮かべ、イメージトレーニングを重ねたというポン・ジュングン。結果、ポン・ジュングンはイチローをセカンドゴロ、ファーストゴロ、ピッチャーゴロと3打数無安打に抑え、韓国は1-0で日本に勝利し予選を1位で通過した。

「イチロー選手はバットにボールを当てる技術と選球眼が素晴らしかった。だから目が慣れないように色々な球種を投げて、カーブも大きなカーブと小さなカーブを使い分けた」

WBCでのポン・ジュングンは得意球のチェンジアップに加え、打者によってはストレートを連投するなど、シーズン中とは違った配球でイチローをはじめ日本の打者たちを抑えていった。

解説者として新たな人生をスタート

第2回WBCから10年。ポン・ジュングンが憧れ続けたイチローは45歳になった今でも51番を背負いグラウンドで輝いている。

ポン・ジュングンの引退試合の日、彼に「WBCでの投球を日本のたくさんの人が覚えている」と伝えると、体いっぱいに喜びを表して力強くこう話した。

「野球は国境を超えるスポーツだからね」

高校生の時に海を渡ってメジャーリーガーになり、国際大会で憧れの日本人選手と対戦。実力を発揮して韓国をWBC準優勝へと導いたポン・ジュングン。彼が発するその言葉は紛れもない真実だ。

引退セレモニー当日の試合後、ナインに胴上げされるポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)
引退セレモニー当日の試合後、ナインに胴上げされるポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)

ポン・ジュングンは今年から韓国の地上波局傘下のスポーツ専門チャンネル・KBS Nスポーツで野球解説者として第2の人生を歩み始めた。

マウンド上での気迫あふれる姿とは対照的な穏やかで温かみのある語り口、そして世界での数々の経験に裏打ちされた言葉は、きっと人々の心に響くことだろう。

今月初めに沖縄での古巣のキャンプ地を訪ね、ケイシー・ケリーに取材するポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)
今月初めに沖縄での古巣のキャンプ地を訪ね、ケイシー・ケリーに取材するポン・ジュングン(写真:ストライク・ゾーン)