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ムーンライダーズ45周年、岡田徹復活の夜――映像作品『THE SUPER MOON』レヴュー

宗像明将音楽評論家
ムーンライダーズ(提供:jism)

日本現存最古のロックバンドであるムーンライダーズが、2021年6月12日にEX THEATER ROPPONGIで開催した結成45周年記念ライヴ「moonriders 45th anniversary "THE SUPER MOON"」。その模様が、『moonriders 45th anniversary "THE SUPER MOON" LIVE』として、2023年7月26日にDVDとBlu-rayで映像化される。

この日は、ライヴ前日まで入院していたキーボードの岡田徹が、車椅子姿で復活したライヴだった。入院中は、コロナ禍により面会できない日々が続き、スタッフも岡田徹がどういう状況なのか把握できないまま当日を迎えたという。そのため、ライヴを生配信することは見送られ、後日アーカイヴ配信のみが行われた。

岡田徹は2023年2月14日にこの世を去った。突然のことだった。彼は、2023年1月22日のムーンライダーズのライヴでも演奏しており、最後までステージにこだわり続けたミュージシャンだった。そんな岡田徹の2021年の姿が、ノーカット映像で再び世に出る。この日のライヴを会場で見ていた私にとっても、岡田徹が復活した瞬間は忘れがたい光景だ。

『moonriders 45th anniversary
『moonriders 45th anniversary "THE SUPER MOON" LIVE』DVDメニュー画面より。中央が岡田徹(提供:jism)

開演を告げる鐘の音色が響くと、赤い幕の裏にいるのは鈴木慶一、武川雅寛、鈴木博文、白井良明、夏秋文尚。つまり、岡田徹以外のムーンライダーズのメンバーだ。一般的にライヴでは開演前に注意事項を告げる「影アナ」が行われるが、それをムーンライダーズは楽曲に仕立て、アコースティック楽器で演奏しはじめた。そんなユーモアが実にムーンライダーズらしい。歌い終わった後に「開演してるんじゃないか?」「お客さんいますか?」「じゃあ、やるか」など会話をしてから、ようやく幕が開いて、「無職の男のホットドッグ」へ。鈴木慶一、武川雅寛、鈴木博文、白井良明による演奏で、ヴァイオリンの武川雅寛以外は全員アコースティック・ギターという珍しい編成だ。

夏秋文尚がステージに戻ってきて、「蒸気でできたプレイグランド劇場で」「9月の海はクラゲの海」と続く。「9月の海はクラゲの海」(作詞:サエキけんぞう、作曲:岡田徹)では、「未来の海はマスクの海」「ボクラの海はマスクの海」と歌詞を変えていたのも彼ららしい。当時はまだマスク着用必須、声を出すのも禁止だったのだ。「9月の海はクラゲの海」では、アコースティック・ギターの多い編成ながら豊かな音色を生みだし、夏秋文尚の頭も使ったタンバリン・ソロも。ここでは湯浅佳代子がトロンボーンで参加し、以降、随時ゲスト・ミュージシャンがステージに参加していく構成になる。

「B TO F」「D/P」と、1984年の『AMATEUR ACADEMY』収録曲が続き、「B TO F」にはキーボードの佐藤優介とサックスの東涼太が参加。さらに「Masque-Rider」「弱気な不良 Part-2」と、2011年の『Ciao!』収録曲が続き、「Masque-Rider」ではオータコージのドラムも加わった。彼の演奏は、動きこそダイナミックだが音は繊細で、白井良明のアコースティック・ギターと静かにせめぎあう。「弱気な不良 Part-2」には湯浅佳代子、東涼太、佐藤優介が加わった。「夢が見れる機械が欲しい」は、佐藤優介のキーボードで幕を開け、澤部渡もコーラスで参加。武川雅寛と澤部渡によって歌われ、そこに鈴木慶一のヴォーカルも加わっていくという構成。基本的にアコースティックながら、演奏はドラマティックだ。

そして、ベースの岩崎なおみを含むゲスト・ミュージシャンが全員参加して、総勢11人による「夏の日のオーガズム」へ。「春のナヌーク」は、鈴木博文と岩崎なおみのベース・セッションから始まり、ソリッドな演奏が展開された。

武川雅寛の「若いもんに囲まれてジジイミュージシャン冥利に尽きますね」というMCから、「スパークリングジェントルメン」へ。鈴木慶一が指揮者のように両手を振って演奏が始まったのは「酔いどれダンスミュージック」だ。ここでは佐藤優介が弾くセカンドラインが重要なキーになっており、ニューオリンズからカリブ海へと抜けていくかのようなサウンドは、この日の白眉だった。

鈴木慶一から澤部渡へとヴォーカルが移っていく「Sweet Bitter Candy」では、間奏で東涼太のサックスが響くのも新鮮。「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」のメイン・ヴォーカルも鈴木慶一と澤部渡で担当。東涼太と湯浅佳代子が演奏していると、武川雅寛がヴァイオリンを弾きながら彼らのそばまで行って、その様子を見るという一幕も。メロウな「現代の晩年」に続き、「HAPPY/BLUE '95」では一転して溌溂とした演奏を聴かせ、ミルトン・ナシメントのカヴァー「トラベシア」ではブラジルへ。「トラベシア」では、鈴木慶一は澄んだ高音を聴かせ、鈴木博文はアコースティック・ギターを膝にのせて弦をパーカッションのように叩くプレイを展開。その終盤で、鈴木慶一がメンバー紹介をしていき、ステージ上の幕は閉じた。

『moonriders 45th anniversary
『moonriders 45th anniversary "THE SUPER MOON" LIVE』Blu-Rayメニュー画面より(提供:jism)

アンコールは、再び鈴木慶一、武川雅寛、鈴木博文、白井良明、夏秋文尚だけに。そこで披露されたのは、鈴木博文作詞、岡田徹作曲による新曲「岸辺のダンス」だった。2014年の『かしぶち哲郎 トリビュート・アルバム~ハバロフスクを訪ねて』に収録されていた、かしぶち哲郎の未発表曲「Lily」以来、約7年ぶりとなる新曲だ。「岸辺のダンス」は、ムーンライダーズの2022年の『It's the moooonriders』に収録されることになる。

そして、同じく鈴木博文作詞、岡田徹作曲による「さよならは夜明けの夢に」が演奏されはじめたが、そのときステージ上の両脇にまだ少しだけ残っていた幕が完全に開くと、そこに岡田徹の姿とキーボードがあった。ファンの熱い拍手が会場に響く。そして「さよならは夜明けの夢に」は、鈴木慶一、岡田徹、武川雅寛、鈴木博文、白井良明、夏秋文尚の全員で歌われ、岡田徹は時折、涙を拭った。鈴木慶一が「岡田徹、ウェルカムバック!」と言うと、ファンのさらに大きな拍手を浴び、岡田徹は再び涙を拭う。武川雅寛が労わるように岡田徹の背をさする。そして岡田徹は語りだした。

「みなさんこんばんは、岡田です。昨日、みなさまにご心配かけましたが、無事退院しました。ありがとうございます。一昨日、2回目のワクチン接種が終わり、一応安心な感じではおります。ちょうどさっき紹介されてた新曲のデモテープを集めてるときに、マンションの庭先で転びまして、圧迫骨折ということで、半年間入院してリハビリに励んできましたが、この良き日をみなさまと迎えられて、そしてこのスーパームーンライダーズの素敵なメンバーと迎えられて、我が人生、最良の日です。どうもありがとう。さきほど慶一くんも言ってたけど、50周年に向けて頑張りたいと思います。ありがとう。我が人生、最良の日です、今日は」

鈴木慶一が「最後にもう1曲やろう」と言うと、武川雅寛が「まだやるのかよ」と返した。鈴木慶一の「この時間じゃ外では飲めないね」、武川雅寛の「じゃあ、うち帰って、バラバラに飲めばいいんだね」という会話は、飲食店の営業が短縮していた時期ならではだ。鈴木慶一の「まずはビールだ!」という声から、キリンのラガービールのCMソングだった「冷えたビールがないなんて」へ。ムーンライダーズ流のサーフ・ミュージックとともに、「moonriders 45th anniversary "THE SUPER MOON"」は終演。メンバーが手を振り、幕が閉じるなか、規制退場のアナウンスが響いた。

今、この日の映像を見直すと、自分が書いてきた名曲群が演奏されるなか、それを楽屋で聴いていた岡田徹の胸中にはどんなことが去来していたのだろうかと想像せずにはいられない。

ムーンライダーズは、2013年にかしぶち哲郎を失ったのに続いて、2023年に岡田徹を失った。2026年の50周年まで、あと3年。その姿を追い続けたい。

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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