Yahoo!ニュース

縁はつながり、そして続く。 寺嶋由芙、八神純子ら出演「おながわ秋刀魚収獲祭2014」レポート(前編)

宗像明将音楽評論家
蒲鉾本舗高政で1日店長を務める寺嶋由芙

震災以来初めて旧市街地で開催される祭り

2014年9月21日、宮城県女川町で「おながわ秋刀魚収獲祭2014」が開催された。2011年の東日本大震災による津波で、住民の10人に1人が亡くなり、街の83%が倒壊した女川町。初めて私が女川の地を踏んだ2012年以来、3回目の「おながわ秋刀魚収獲祭」であり、毎年3月に開催されてきた「女川町商店街復幸祭2013」「女川町復幸祭2014」も含めると、今回で5回目の女川訪問となった。これまでのレポートは以下の記事を参照してほしい。

2012年9月23日「おながわ秋刀魚収穫祭2012」

おながわ秋刀魚収穫祭@女川町総合運動公園第2多目的運動場

2013年3月24日「女川町復幸祭2013」

また、女川で会いましょう。 カーネーション、BiS出演「女川町商店街復幸祭2013」レポート(前編)

また、女川で会いましょう。 カーネーション、BiS出演「女川町商店街復幸祭2013」レポート(後編)

2013年9月22日「おながわ秋刀魚収穫祭2013」

「また、女川で会いましょう!」と彼女は言った BiS出演「おながわ秋刀魚収穫祭2013」レポート前編

「また、女川で会いましょう!」と彼女は言った BiS出演「おながわ秋刀魚収穫祭2013」レポート後編

2014年3月16日「女川町復幸祭2014」

いつかまた、女川で会いましょう。 BiS、大森靖子など出演「女川町復幸祭2014」レポート(前編)

いつかまた、女川で会いましょう。 BiS、大森靖子など出演「女川町復幸祭2014」レポート(後編)

半年ごとに開催されて、数万人を集める女川の祭り。しかし、今回は一点だけこれまでと大きく異なるところがあった。開催場所が、これまで祭りが開催されてきた高台の土地ではなく、「女川町黄金町周辺」や「女川町内特設会場(女川町地域医療センター南側造成地)」と記される、女川の旧市街地だという点だ。つまり、津波の被害で更地となってしまった、港と地続きの場所で開催するというのだ。これが想像以上に重い意味を持つものだということは、「おながわ秋刀魚収獲祭2014」の当日に知ることになる。

今回のゲストに迎えられたのは、「女川町復幸祭2014」にも出演した八神純子のほか、2013年にBiSを脱退してソロ・アイドルとして活動する寺嶋由芙、そしてサザンオールスターズのトリビュート・バンドであるいとしのエリーズだ。

私は毎回祭りの当日に女川に到着していたのだが、今回は「おながわ秋刀魚収獲祭2014」の前日に、女川のかまぼこ会社・蒲鉾本舗高政の女川本店「万石の里」で開催される「がんばっぺ祭り」で寺嶋由芙が1日店長を務めるという。蒲鉾本舗高政の高橋正樹さんは、「おながわ秋刀魚収獲祭2014」の実行委員会のメンバーでもあり、これまで女川のステージに中川敬(ソウル・フラワー・ユニオン)×リクオ、カーネーション、大森靖子、そしてレギュラー化していたBiS(2014年7月8日に解散)などを招いてきた人物だ。彼の蒲鉾本舗高政で寺嶋由芙が1日店長をするというので、5回目にして初めて祭りの前日から女川へ行くことにした。

寺嶋由芙の1日店長

2014年9月20日。仙台からJR仙石線に乗って石巻駅を目指すが、仙石線も完全な復旧には至っておらず、松島海岸駅で多くの観光客とともに一旦降車する必要がある。松島海岸駅から矢本駅までは、まだ大小2台の代行バスで行かなくてはならない。矢本駅からは再び仙石線に乗車。石巻駅からJR石巻線に乗れば、女川町内の浦宿駅まで行くことができる。

宮城県はもう肌寒くなったかと思いきや、石巻線の車両内は暑くて、合流した友人から車両内のスイッチを押すように言われた。よくわからないまま押したのはスイッチは、車両の扇風機を一斉に動かすものだった。

2012年の「おながわ秋刀魚収穫祭2012」のため女川へひとりで来たときは渡波駅までしか電車が通っていなかったが、現在は2013年3月16日に復旧した浦宿駅まで電車は運行している。ここから蒲鉾本舗高政の女川本店「万石の里」はすぐ近くで、さらに30分程度歩けば女川の旧市街地へも行ける距離だ。

蒲鉾本舗高政の女川本店「万石の里」での「がんばっぺ祭り」には、鯨の竜田揚げの販売車も止まっていたので食べてみた。関東では見たことがない類の販売車だ。

そして1日店長の寺嶋由芙が登場。店内に詰めかけた人々に挨拶をして、かまぼこの試食を勧めて店内を歩いた後は、駐車場の特設ステージへ。ソウル・フラワー・みちのく旅団(ソウル・フラワー・ユニオンのアコースティック編成)withリクオが、2012年に「万石の里」店内でライヴをしたのを知っていたので、今回も同じ場所かと思っていたら野外にステージが組まれていた。寺嶋由芙が1日店長として集まった人々に名刺を配り、特製のかまぼこセットを販売し、ジャンケン大会を開催。このジャンケン大会に勝ち残った数人は、「万石の里」店内の囲炉裏で寺嶋由芙にかまぼこを焼いてもらえるという趣向だった。

画像

(写真:ばくもん)

画像

(写真:ばくもん)

画像

(写真:ばくもん)

画像

(写真:ばくもん)

画像

そして野外ステージに戻ってミニ・ライヴ。寺嶋由芙本人が「マニアック」と表現していたセットリストは、ふぇのたすのヤマモトショウが作詞作曲した「ゆる恋」と「contrast」に、岡村靖幸のカヴァーの「だいすき」と、たしかにシングルのタイトル曲がないセットリストだった。

画像

ミニライヴ後の特典会(握手会やチェキ撮影など)が1時間経っても続いているので、どこからこんなにファンが集まっているのかと仙台在住の友人に聞いたところ、仙台を拠点にするアイドルのドロシーリトルハッピーのファンの顔も多いとのこと。寺嶋由芙がよく客いじりで言うところの「オタク」のフットワークは軽い。自動車があって当たり前の東北でならなおさらだ。

寺嶋由芙の1日店長は、「つまみ食いがバレて解雇」というアナウンスでオチがついて終了。時間はまだ18時前だった。

女川の夜

その日は5回目の女川にして、初めて女川に泊まることになっていた。民宿の夕食が18時だと聞いて、東京の感覚で「早い!」と感じてしまったが、女川の時間の流れの中では何の問題もなかった。

女川の夕暮れが迫る。民宿へ向かう私たち10人は、途中で電車の通らない線路を横切った。映画「スタンド・バイ・ミー」のようだとのんきなことを言っていたのだが、そこはJR石巻線の浦宿駅~女川駅の不通区間の線路である。女川駅は以前とは場所を変えて、かさ上げした土地に建設中で、2015年3月の開業が予定されている。この線路も、遠からず整備されるのだろう。

画像

女川復興へ希望の一歩 JR駅舎と温泉併設施設の安全祈願祭 - 河北新報オンラインニュース

民宿での夕食は、焼きさんまに加えて、さんまのなめろうも出されるなど、秋の女川らしいメニューだった。食後は「おながわ秋刀魚収獲祭2014」の前夜祭の打ち上げ花火へと皆で向かうことに。星がきれいだと言いながら、仲間たちと夜の女川を歩くというのも初めてのことだった。

画像

女川漁港のほうからの打ち上げ花火が遠くからでも見える。会場に着いてみると、そこは明日「おながわ秋刀魚収獲祭2014」が開催される旧市街地だった。地元のたくさんの人とともに、次々と打ち上げられる花火を見る。それは、津波に横倒しにされたままの震災遺構、江島共済会館越しに見る花火でもあった。江島共済会館は2014年内に撤去されることが決定しており、こうした光景も最後なのだ。

画像

「江島会館」年内に撤去 宮城・女川 - 河北新報オンラインニュース

いつ終わるのかわからないほど、花火は打ち上げられ続けては輝いて散っていく。その夜空を明るくするほどの輝きに「復興」という言葉を安易に連想していたとき、臨時災害放送局である女川さいがいエフエムのTwitterによって現実に引き戻された。

きれいだね。そっちでも、見えてますか。

出典:Twitter/onagawaFM

ここにいる誰もが知っている。今私たちが立っている旧市街地が、津波でもっとも多くの人が亡くなった場所であることを。ゴツゴツとした石の多いこの広大な更地は、普通の場所ではない。

画像

打ち上げ花火は20時に終わった。女川の廻船問屋である「青木や」の青木久幸さんが、パーティーを開いてくれるというので、坂を上って、きぼうのかね商店街へ向かう。瓦礫の中から見つかった「希望の鐘」をシンボルとしている商店街だ。

青木久幸さんのもとに集まった人々がいる一角以外は、いくつかの場所に明かりがついている程度で、真っ暗で誰もいない。時間を見るとまだ20時過ぎ。まるで東京とは時間の流れが違うかのようだ、とその場で初めて会った女川の人に話した。

青木久幸さんが出してくれる魚や鯨に舌鼓を打ち、壁に投射される映像を見ていると、栃木県塩谷町の「塩谷町ふるさと観光大使」である電撃ネットワークのギュウゾウさんも合流した。女川町と塩谷町は震災前から交流があり、2013年には災害時相互応援協定を締結している。

少しずつ肌寒くなり、22時過ぎに青木久幸さんをお礼を言って民宿に戻ることにした。そして民宿に戻ると、先に帰ったはずの女の子がひとり、道に迷って戻っていないという。その瞬間に脳裏をかすめたのは、2013年3月24日の「女川町復幸祭2013」の終了後、高台の会場から旧市街地の駐車場まで、ふたりの女の子が戻れなかったことだ。それぐらい夜の女川の闇は深い。

戻れなくなっていた女の子も幸い無事帰ってきて、さらにひとめぼれスタジアム宮城で開催されていた「GLAY EXPO 2014 TOHOKU」に行っていた4人も民宿に到着。ひとつの部屋に集まって飲んで、午前3時の女川の月を見ることになった。夜の女川の深い闇の中で驚くほど明るく輝いていた。

『縁はつながり、そして続く。 寺嶋由芙、八神純子ら出演「おながわ秋刀魚収獲祭2014」レポート(後編)』へ続く)

音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

宗像明将の最近の記事