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ワールドカップ直前に敗戦。日本代表対イタリア代表戦考察。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ラン、ロングキックの光ったフルバックの松島幸太朗(右/写真提供・JRFU)

 リアルタイムで視聴し、らしさを感じ取った。

 日本時間8月27日午前のこと。ラグビー日本代表の堀江翔太が、フラッシュインタビューに応じた。敵地でイタリア代表に21―42と敗れた直後のことだ。

 インタビューアーにスクラム、ラインアウトについて聞かれ、「どうでした?」と堀江のほうから聞き返している。

 つくづく思った。物事の本質に触れるには、その背景を押さえなくてはならない。

 SNS上では、この質問返しをネガティブに捉える向きがある。しかし堀江がこの手のやりとりを好むのは、いまに始まったことではない。

 国内所属先の埼玉パナソニックワイルドナイツでの試合後も、似たように応じることがあった。その日の働きのよしあしにかかわらず、である。

 その折、決まってこのように付け加える。

「評価は人が決めることなので」

 件のインタビュー。

 スクラムについて「どうでした?」と投げかけた後のやりとりは以下の通り。

「スクラム。イタリア、強力ななかで、安定したようには見えました」

「はい。それやと思います」

 確かにこの日、スクラムの塊を崩して反則を取られたのは後半22分頃の1回のみ。その折、すでに堀江は退いている。

 堀江がいた時間帯では、前半25分に先手を取ろうとするあまりのアーリーエンゲージがあった。相手にフリーキックを与えた。ただ、その後は微修正がなされていたような。

 日本代表では、長谷川慎アシスタントコーチがスクラムを教える。

 一枚岩の塊をいち早く作り、組む前の駆け引きの段階から圧をかける。

 身体の大きな相手を「窮屈にさせる」ことで、安定感をもたらしたり、組み合う流れによって相手の反則を誘ったりする。

 イタリア代表戦では、その形が奏功した。堀江が「それやと思います」というのは必然だった。

 ラインアウトについての「どうでした?」には、アナウンサーが「少しミスがあったかなと」と応じた。きっと、後半7分に敵陣ゴール前右の1本を相手に競られたことなども踏まえていよう。

 堀江は「ありました? まぁ、身長の割には安定したかなと思いますけどね」と切り出し、こう続けた。

「相手のディフェンスがいい部分もあったので、うまいこと自分たちのラインアウトをし続ければ…。プレッシャーもありましたし、もう少しサイン選ぶ部分を話し合えればいいかなと思います」

 この返答の過去の取材成果や記録をもとに翻訳すれば、こうなるのではないか。

<両軍の登録したフォワード第2、3列の平均身長では、イタリア代表が約3センチも上回っていた。日本代表は身長201センチのワーナー・ディアンズを怪我で欠いていたなか、首尾よく確保できたほうだと感じる>

<それでも相手の防御がうまく、捕球役に圧がかかっていた。その防御をかわすようなサイン選択ができたらもっとよかったのではないか。その件は追って話し合い、改善したい>

 そう。現場感覚に伴う反省点を、聞き手に伝えているではないか。

 少なくとも、SNSで見られる「苛ついてるのをぶつける(筆者注・原文ママ)」「ミスをミスと認めない」といった見解は事実誤認だとわかる。

 ちなみに、ラインアウトの失敗は投入役ひとりの責任とはなりにくいこと、ラインアウトのサインは主要ジャンパーが決めることが多いことは、フラッシュインタビューで語られるまでもない現代ラグビー界の常識とされる。

「評価は人が決めることなので」

 これと似た見解を述べる代表選手には、インサイドセンターの中村亮土もいる。昨季のリーグワンで新人賞を獲った長田智希と定位置を争うなか、自分たちなりの評価軸を持つ大切さを口にしていた。

「評価なんて他人がしてくることだし、すぐに変わるので、あまり気にしていないんですよ。自分のなかでのやれる、やれない、できた、できないを振り返っていくだけ」

 他者の評価にさらされる現実を理解しながら、他者の評価に左右されずに自分たちのすべきことの質を高めようとする。日本代表の現在地もそれに相当していよう。

 かような事実を踏まえて今度の80分を振り返ると、今後の見どころが最低でも3点、浮かび上がる。攻めで2点、守りで1点だ。

 攻めに関する1点目は、「制限の有無」だ。

 かねて日本代表では、「スモウ(中央の突進役によるユニット。おもにフォワード第1、2列目が担う)」「ニンジャ(司令塔団を中心としたプレーメーカー)」「サムライ(タッチライン際でスペースを切り裂くウイングやフォワード第3列)」と名付けられたグループが複層的にシンクロ。スペースへパス、攻撃的なキックを果敢に配し、スピード感ある攻めを目指していた。

 ワールドカップを間近に控え、その動きに「制限」が設けられているような。

 そう思わせたのは、前半1、13、25分頃、さらには後半開始早々の攻撃中だ。

 いずれのシーンでも、グラウンド中盤(もしくはそれよりもやや後方)で球を保持するなか、イタリア代表の防御が一枚岩でせり上がっていた。

 その背後には大きなスペースが空いていたのだが、昨年まで多用していた短いキックを味方に追わせるプレーを一向に選択しなかった。あえて防御の分厚いところで突進、パスを選んでいたような。

 25分の場面こそ突進したリーチ マイケルがゲインできたことで大きなチャンスを作ったが、それ以外のシーンでは手詰まりの感を覗かせた。

 そういえば1勝4敗と負け越した国内戦でも、防御の背後を突くためのキックはほとんど見られなかった。

 果たしてそれは、本番で幅広い攻め手を披露するための布石なのか、もしくはその時々の選手の判断エラーに過ぎないのか…。国内合宿中、攻めを担当するトニー・ブラウンアシスタントコーチはこう示唆していた。

「ワールドカップで戦う相手に対し、どう戦いたいか、頭のなかで描いています。何がうまくいくか、もしかしたらこれは難しい? …と考えています」

 2点目は、NHKの解説で元日本代表の五郎丸歩氏が残した「アタック(攻撃)の意図が感じ取れない」という談話と関連しそう。

 この日は時間帯によって「スモウ」に該当する選手が防御ラインの前で球をもらい、簡潔に突進するシーンが目立った。

 体格差に劣る側がこの動きを選ぶと、ゲインライン上で足止めを食らい、防御の壁を崩しにくい。この午後の日本代表にも、そう見られるシーンがあったわけだ。スペースを作る糸口が見えづらかったため、元日本代表戦士の解説者に「意図が感じ取れない」と感じさせたのだろう。

 かたやこの「スモウ」のエリアで突進役が前に出られたり、その周りで別な選手がピックアンドゴー(球を拾い上げて直進するプレー)をしたり、「スモウ」に入る選手同士のパスワークで防御を崩したりすれば、大外に数的優位を作れた。

 果たして本番まで、この領域のコンビネーション、もしくは選手選考にどんな変化があるか。きっとそれ次第で、「サムライ」の持つ刀の切れ味が変わる。あくまで、自分たちのスタイルを見つめ直す流れで改善がなされたい。

 スタイルを信じてやり切ろうとするのが日本代表の真骨頂。守っては、鋭い出足と「ダブルコリジョン(2人がかりの衝突)」を信条とする。

 この防御における見どころは、「人数の確保と深めのパスへの対応力」だ。

 前半6、21分の被トライ失点シーンには共通点がある。敵陣の防御ラインを、スイベルパスと呼ばれる深めのパスで破られたことだ。攻防のライン上で数的不利が作られるなか、後方から勢いよく駆け上がる選手にスイベルパスを通し、そのまま網を攻略された。

 敵陣では両ウイングが相手のキックも警戒するため、防御ラインよりも後方に立つことが多い。そのため相手の攻撃ラインに数的優位を与えがち。日本代表が中盤から球を持とうとするのにも、その構造を利する側面がある。

 前半の被トライシーンと似た形で防御を崩されたシーンは他に、後半4分にもあった。

 さらに続く16分には、自陣で同種の状況を強いられこの日3本目のトライを与えた。自陣の深い位置からスクラムハーフの流大が蹴ったハイパントを再獲得し損ね、テンポよく球を繋がれるなかで防御を乱した向きもあった。

 鋭く前に出る防御システムは、相手の攻める時間を奪うのが目的とされる。接点で球出しを鈍らせ、防御ラインの人員を確保した際は概ね狙い通りに守れていた。今度の被トライシーンのような緊急時にどう守るかも、本番までに共有されたいところか。

 私事で恐縮だが、筆者はワールドカップ開幕直前に渡仏予定だ。現地で最初に日本代表を取材するその日までに、チームのひとりひとりが現状の収穫と課題をどう捉え、どう改善しているのかを知るのが待ち遠しい。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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