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日本代表・長谷川慎コーチ語る 進化するスクラムの「シナリオ」【ラグビー旬な一問一答】

向風見也ラグビーライター
写真は6月12日国内強化試合前(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

※7月1日 グレッグ・フィーク氏の経歴に誤りがありました。お詫びして改正いたします。

 ラグビー日本代表でスクラムを教える長谷川慎コーチが、日本時間6月30日夜、オンライン会見に応じた。

 2016年秋の就任以来、8人が一体となるち密なスクラムのシステムを構築。2019年のワールドカップ日本大会では、欧州トップクラスの強さを誇るアイルランド代表を押し返すなど、史上初8強入りを果たした。

 現在は約1年8か月ぶりの代表活動中だ。5月下旬から国内合宿をはじめ、6月中旬に欧州入りし、26日にはブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズと対戦。10―28と競った一戦では、概ねチームで目指す形を遂行した様子。しかし、いくつかの「伸びしろ」も見出したようだ。

 会見中は、生来の探求心も垣間見えた。

 以下、共同会見時の一問一答の一部(編集箇所あり)。

――ブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ戦について。

「大まかなところで言うと、2019年のスクラムを組むのに(就任時から大会前まで)すごく時間がかかったのですが、(今回は)経験者もいて、森川(由起乙)、垣永(真之介)など、新しく入った選手も皆、意欲的に取り組んできてくれたので、ある程度の感触を持って試合に臨めたと思っています。

 試合に関して言うと、ペナルティを取られたから強かった、弱かったというのではなく、練習してきたことを試合で出せたかということに関しては、ある程度はできたかなと。ただ、ペナルティを取られないためにはどうしたらいいかとか、レフリーにどう対応するかとか、相手は誰かとか、グラウンドはどこかとか、そういうところに目を向けて練習していくことが、今後の伸びしろかなと。

 試合の3日前ですかね。『世界のスクラムのルールはこういうところに決まるのか』というミーティングに参加したのですが、そこで出ていた話は頭に入っていて、警戒はしていた。ただ、たまたまレフリーの見えないところでいろんなことが起こっていて、それが1個、ペナルティになった。もう1個は、(足元が)滑ったのかなと」

 長谷川コーチの言葉通り、この日は1本目のスクラムで向こうのアーリーエンゲージを誘うなど、総じて持ち前のシステムを遂行。一方でこの日は2つ、コラプシング(故意に崩したと見られる反則)が取られており、確かに前半25分頃の1本目は「滑った」ように映ったような。

「たまたまレフリーの見えないところで…」と指摘されるのは、前半30分以降にあった1本か。別の質疑のさなか、こう話していた。

「1回、稲垣が落とされたように見えるスクラムがあったんですけど、あれ、向こうのタイグ・ファーロングが右手で下に落としているんですよね(実際には稲垣がスクラムを落としたわけではないが、日本代表のコラプシングを取られた)。

 それをやられないためにはどうしたらいいか。あれは(レフリーの)ミスじゃないんです。(レフリーの見ている箇所が異なったため)見えなかったんだと思うんです。それを——(離れた位置からスクラムを見ている)スクラムハーフを交えて——どう見せるか…というところまでできたらいいなと思います。あそこに関して言うと、ペナルティを取られなくするために2~3、やり方がある。そういうところを共有して、次の試合でペナルティにならない、ペナルティに見せないようにするにはどうしたらいいか、というレビューはしました」

 さらに興味深いのは、「ミーティング」である。国際舞台でのスクラムについて識者が語り合う会合のようだ。「言ってよかったのかな、と思っているんですけど、いま」と自らの発言を振り返りながら、こう語る。

「なぜかわからないですけど、グレッグ・フィーク(元ニュージーランド代表プロップで、現同代表スクラムコーチ。アイルランド代表、日本のNECなどでスクラムを指導)であったり、レフリーのクレイグ・ジュベールさん、ベン・オキーフさんとかがやっているミーティングに参加させてもらった。状況を確認させてもらいながら、対策を立てて、それで試合に臨んだら、その通りの笛だったというのが感想です。

 ディスカッションですよね。シックス・ネーションズ(欧州6か国対抗)で起きた事例、レフリーの判断に関して、『これは正しいのか』『今後はこういうところで笛を吹いた方がいい』というようなことを聞く会でした」

 以後、日本代表のスクラムについて話を深める。

――日本代表は今回、あまり低さにこだわっていないような。

「ステップアップのところであまり低くし過ぎると、上から潰されることが多いんです。そうなると、どうしてもレフリーの見え方として『低く組むのが崩れている原因』と取られるのが嫌なんです。だから低く組み過ぎない。ただ、相手よりは低く組みたい。そういう考えだと思います」

——2019年時と比べ、改良させている点は。

「2年ぶりの集合だったので、まずは19年の時のベースに戻すのが大事なこと。あとは、2年かけて何をするか。いままでは自分たちのスクラムに相手に合わせさせるようにしていました。ただこれからは『誰と組むか(対戦相手の特徴)、どこで組むか(グラウンド)、誰がさばくか(レフリングの傾向)』にも対応できるように。相手に対応できるし、見せ方もわかっているしという、ハイブリッドな、スマートなスクラムを組みたいです」

――ある選手が国内合宿中、「欧州勢は頭と肩を使ってギャップ(相手との間合い)を作りに行く。その対策が重要」と話していた。

「要は、クラウチ、バインドの段階で(両軍のスクラムの間に)スペースがないと、プレエンゲージということで組み直しやフリーキックを取られる。その時、どういう風にギャップを作るか。

 トップリーグでは重心を後ろにとってとにかく当たらないようにするんですが、シックス・ネーションズを観ていると、(互いに)重心をかけながらギャップを取るのが特徴的と見ていました。

 重心を下げないでどうギャップを取るか。そこを別府合宿でフォーカスを当てていたので、選手はそれを言ったのだと思います。ただ、それは世界的に見て普通のことなので。日本がそこにナーバスになっているということではなく、世界ではそれをしないと勝てない…。そういう意味で、言ったのだと思います。特に強調したので、(その選手は)話したんじゃないですかね」

――新しい選手の習熟度は。

「自分ひとりだったら多分、いろんなところで時間がない、手が回らない…ということがあると思いますが、いまはプロップにもフッカーにもロックにも経験者がいる。それがいい財産になっています。その(経験のある)選手が、『こういうところに気を付けた方がいい』と練習中にもアドバイスをしている。

(新しい)選手に関しても、森川なんて、凄くよくなっていて僕もびっくりしている。試合に出たい、日本代表でキャップを取りたいという選手が意欲を持って一生懸命やっていると思います。

 ただ今後に関して言うと、(合宿に)来てからスタートとなると時間が足りなくなる。いままで日本代表でできてきたこと、経験したことをもっともっと(広くシェアしたい)。日本(代表)の組み方ができる選手をもっと増やしていきたいというのが正直な感想。いちからスタートする時間はないので。何かしらの手は必要だと思っています。また、大学、トップリーグと色んな選手をもっともっと見ていき、『いま強い、弱い』ではなくて『自分たちの組み方にはまるかはまらないか』みたいな目でも見ていかなくてはいけないです」

——ライオンズ戦からアイルランド代表戦への改善点。

「アイルランド代表というチームを単純に考えると、自分たちの仇なわけじゃないですか。ホームでそんなに簡単に勝てる相手ではないと思っています。またこの前の試合のレビューが次の試合のレビューになるとも思っていない。ひとつの強豪国にチャレンジャーとして勝てるように、細かーいところまで落とし込んで準備して、勝っていきたいと思っています。

 組み方、チーム全体が何をターゲットにしているかは、選手——メンバーではなくメンバー外も——共有できている。相手側の対策としてメンバー外の選手がそういう組み方をしてくれて、対策している。それをいかに本番でできるか、ですね」

——点差、エリアなどを意識した組み方も意識していると聞きます。

「今回からゲームシナリオをターゲットに。(B&I・ライオンズ戦では)できたところも、できなかったところもある。ターゲットにしているところはある程度できるんですが、ちょっと意識が低かったなというところは、見逃されず、突いてこられたというところです。あとは後半きつくなった時にどれだけ頑張れるかは、伸びしろになると思います」

 明確な指針を打ち出し、繊細なマイナーチェンジを施す。相手との体重差、サイズの差を無効化する「慎さんのスクラム」は、動いていないように映る塊でも各々の献身ぶりをにじませている。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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