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トップリーグ、約1か月開幕延期の舞台裏。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
昨年の開幕時。ボール保持者が坂手(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

■慎重に、慎重に

 できるのか。できないのか。

 公益財団法人日本ラグビーフットボール協会(日本協会)の岩渕健輔専務理事は、スタートを3日後に控えたタイミングでなお慎重だった。

「いまのところ前向きな形で『できる』という報告を受けていますし、チームさんともそのようなやりとりをしています。ただそれが正式なゴーサインかというと…ギリギリまで見定めたうえで、皆さまにご報告したいと思います。(それぞれの試合の)48時間前の選手発表を(開催可否の)目途にしたい。その後にも色々なことが起こる可能性がございますが、通常通りに48時間前にメンバーを発表し、進めていくと」

 2月20日に開幕する、トップリーグのことだ。日本ラグビー界最高峰の戦いは、ここまで新型コロナウイルスに翻弄されてきた。まずはワールドカップ日本大会後初のシーズンが、2020年1月から5月までの予定も2月下旬限りで不成立となる。

 鬱屈した状態を抜け出すための2021年の戦いも、予定されていた1月16日からの開戦が叶わなくなった。

 14日までに計4チームで18名の選手、スタッフに陽性反応が出たためだ。

 保菌の疑いがある濃厚接触者の判定は各地域の保健所が定める。一部のチームではそのジャッジに時間がかかったり、想定以上の濃厚接触者が発生したりしていた。

 岩渕は、開幕の後ろ倒しを決めた。

「現状のフォーマットではリーグ成立の75パーセント(の試合開催)に満たなくなる可能性が高い。早いタイミングで決断し、フォーマットを変更したうえで、選手、関係者の安心、安全を担保したリーグ運営をすると決めます」

 渦中、他の要職者は「クリスマス、年末年始といったところで、わからないですけど、気が緩んだかもしれません」と分析。これにはクラスターを発生させてしまった在京クラブのスタッフも、「気が緩んだからうつるのではなく、行動でうつるのではないか」と驚くほかなかった。

 複数の関係者によると、陽性反応者にはカフェを含めたプライベートでの飲食、もしくは社業で他の陽性反応者とかかわっていたなどの行動履歴があった。

 あるクラブの1人は、保健所の職員にかように念を押された。

「誰から誰に感染したのか。それは目星こそつけられるかもしれませんが、断定はできません」

 何が起こるかはわからない。

 かつて男子15人制日本代表のゼネラルマネージャーとしてワールドカップイングランド大会での歴史的3勝を支えた岩渕は、だから断言を避けた。

■問題が出たら私が

 手は打った。

 各チームと共有していたウイルス対策のガイドラインの中身をより厳格化し、リーグ主導のPCR検査は2週間おきから1週間おきに間隔を狭めた。検査結果は2月上旬以降、メディアにも公開し、開幕前日の19日は「0」を記録する。

 加盟するチームが各企業の傘下にあるだけに、リーグ側が感染症対策を怠った者へ罰則を与えるような措置は取りづらい。それでも日本協会は今度の件を受け、ウイルス対抗策をリーグ主導で進めるよう舵を切った。

 岩渕は、かねてよりの運営責任者の職域を犯さぬ範囲で添え木を足してきたと言える。2022年からの新リーグ移行に関する議論へも、各クラブの潜在的なニーズに沿う形で携わっている。

 本来の「男子7人制日本代表ヘッドコーチ兼専務理事」という職域を超えた働きぶりに関し、当の本人はこう説いていた。

「現状、私は専務理事というポジションをやらせてもらっています。組織で対処すべき問題が出た時には、私が先頭に立って動かなければならない。それが組織として本来あるべき姿なのかという議論はもちろんあるとは思いますが、少なくとも、私ができることは、速やかにやらなくてはいけない。ラグビー界にとって、いまは大切な時期。まずはトップリーグを成立させなければいけないです」

■ワールドカップ戦士の決意

 クラスターが発生した各チームも、以後の活動継続へ策を練り直す。

 陽性者の出現を限りなくゼロに近づけること以上に、保健所からの濃厚接触者認定を最小化することに注力。複数名が足止めされれば、また1月のあの時のようにグラウンドを閉鎖しなくてはならないからだ。

1月14日の段階で陽性者5名と発表されたサントリーは、ポジションが同じ選手同士での外食を取り締まり、選手のクラブハウスへの来館時間もロッカーやシャワーが密にならないよう管理する。同時期に10名の陽性者が出て活動を止めた神戸製鋼も、グラウンド練習時以外のマスク着用をより徹底する。

 新リーグ以降前最後のシーズンへ、ワールドカップ日本大会で8強入りした日本代表の面々も決意を新たにする。

「(活動停止や開幕延期の決定は)シーズン直前のことだったので、残念な気持ちになりました。ただ、開幕が1か月遅れたことでよりしっかりと準備できる。成長した状態でシーズンに臨もうと気持ちを切り替えられました。再集合できてからは、エキサイティングな気持ちで取り組めています」

 こう語るのは、神戸製鋼所属のラファエレ ティモシーだ。ここまで感染者が発覚していないパナソニックの坂手淳史も、声を弾ませる。

「開幕が1か月延びてからも目標をぶらさず、いいメンタルで臨めています。強度がただ高いだけではなくしっかりとコミュニケーションが取れた状態というのを、毎練習、できている」

 開幕前から歴史に名が残ったと言える2021年のトップリーグ。以後の話題はオン・ザ・フィールドに限定されたい。

 19日14時、開幕節全8試合のメンバーが発表された。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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