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「スローフォワード判定」に泣く…。名門・東芝、4連敗からの再起へ。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
新旧日本代表を勢揃いさせるなど戦力は十分。(写真:アフロスポーツ)

 試合後の記者会見は、負けたチームからおこなう。本来はキャプテンとともに出席する取り決めだが、東芝の瀬川智広監督は1人でやってきた。

 4連敗した悔しさと同時に、ひとつの判定への疑問符を顔に浮かべていた。

「本当は、サイティング(判定にまつわる諸事)の確認をした後に記者会見をさせていただきたいと協会の方へ投げかけさせていただいたのですが…」

「後に文書で提出を」

 2017年9月22日、豪雨に見舞われた東京・秩父宮ラグビー場。国内最高峰トップリーグの第5節に挑み、それまで4連勝中だった神戸製鋼に屈した直後のことだ。

 瀬川監督が驚いたのは後半17分、神戸製鋼がフランカーの前川鐘平キャプテンのトライで22―22と同点に追いついた場面だ。前川に渡ったロックの安井龍太のパスが前方にそれていたように映り、担当レフリーはプレー映像の再確認をおこなうテレビジョン・マッチ・オフィシャルを実施。オーロラビジョンに出されたリプレイを通しても、楕円球がやや前方に流れているようでもあった。

 ラグビーでは、前方へのパスは「スローフォワード」という反則になる。ところが件のシーンはトライと判定され、以後、神戸製鋼はシーソーゲームの末に32―25で白星を挙げた。

 瀬川監督は2010年度まで4シーズン東芝を率いた時は2度のトップリーグ制覇を経験。2016年のオリンピックリオデジャネイロ大会で男子7人制日本代表を率い、優勝候補のニュージーランド代表を破るなどして4位入賞を果たしている。勝負を生きる人だ。

 大雨に見舞われた今度の神戸製鋼戦でも、レフリーへのリスペクトを抱きつつ勝利の執念を覗かせるのは自然なことだった。会見談話には口惜しさがにじむ。

「これは時間の勝負だと思っていた。我々が撮った映像を観たらスローフォワードに映りましたが、レフリーサイドがどのような映像を観て判断をしたかの確認をしたうえでお話をさせていただきたいと、記者さんがお待ちになるのは承知の上で申し上げていました。試合中も、(トランシーバーの使用などで)マネージャーを通して『いまのプレーは明らかにトライになるシチュエーションではない』と伝え、また試合が成立してしまっては何を言っても紙ベースの話になるので、試合を止められないのかと聞いていました」

 出された答えは、「後に文書で提出を」だったという。

 神戸製鋼陣営では、パスを出した安井は「正直、スローフォワードか…とも思いましたが、映像を何度も再生して確認されていたので大丈夫だと、自分のなかで納得しています」と頷き、パスを受け取った前川は「トライどうこうというより、残り約20分、もう一度ギアを上げようという話をしていました」と表情を変えぬのみ。東芝陣営は、会見後に何とか担当レフリーへのコンタクトが取れたという。

エラーの背景

 ワールドカップの自国開催を2年後に控え、日本ラグビー界はレフリーの技術向上や外部チェックの必要性を問われている。

 日本のサンウルブズも参加する国際リーグのスーパーラグビーでも、日本人が主要なゲームの笛を吹くことは難しそう。一部の日本代表選手は、国際基準と国内基準とのギャップへの違和感を表明している。このほど瀬川監督が抗議の意を示した背景にも、第4節における判定に文書で質問したにも関わらず、返答がないままだったことがあったようだ。

 もっとも長らく優勝を至上命題としてきた東芝は、この午後の黒星をただ他者のせいにはしない。選手は同点にされた際の判定にも首を傾げていたが、根本的な敗因は別のところに求めていた。

 あの判定の後に敵陣22メートル線付近左でのスクラムを押し込み3点リードも、続く27分、飛び出す防御の裏へキックを通されたのをきっかけに反則を犯し、それまで不安定だった神戸製鋼のラインアウトから安定した補球とモールの形成を許す。29―25と勝ち越された。

 遡って12分には、自陣22メートルエリアで東芝のナンバーエイトであるリーチ マイケルが密集戦でターンオーバーを決めるも、その球を受け蹴り出そうとしたスタンドオフのコンラッド・バンワイクが神戸製鋼のロック、安井のチャージを食らう。球はゴール前に転々とし、最後は相手プロップである平島久照のトライを許した。

 今年6月、約4年ぶりに日本代表のテストマッチに出場した右プロップの浅原拓真は、加入して8年目になる東芝の現状をこう捉えていた。

「結局は日々の練習の仕方、取り組み方、ちょっとした考え方の差が、試合のプレーに出る…。それは、僕も足りないと思います。皆、一生懸命はやっています。意識はしています。ただ、その意識の仕方は…」

取り巻く環境は変わらない

 トップリーグで過去5回優勝も前年度9位に終わった東芝は今季、立って球を繋ぐスタンディングラグビーという部是を再確認。ランナーが果敢に攻防戦を割り、その周辺に次々とサポートが湧くスタイルを目指す。守ってはラッシュ系と分類される、防御網を一気にせり上げる方式を採用。何より競技活動の根幹をなすフィジカリティを再度、鍛え上げた。春から夏までの練習試合を5勝1敗とするなど、期待感を抱かせてきた。

 ところがトップリーグが開幕すると、そのパフォーマンスを白星に繋げられずにいる。タックラーの起立までの機敏さなどが日増しに向上する楕円球界の潮流を踏まえてか、浅原は「ラグビーも、人も、変わってきている」。いまから伝統のスタンディングラグビーを全うするには、往時以上の集中力と精度が必要だと匂わせる。

「とにかく、練習で100パーセントを出す。それは無茶苦茶走るということではなくて、ぐっと集中する…。…自分がいま言っていることも正解かどうかはわかりませんが、絶対、もっと良くなります」

 まさに、手ごたえを掴んでいるだけに口惜しいといった格好か。親会社は業績不振に苦しむが、前キャプテンでセンターの森田佳寿は「自分たちを取り巻く環境は大きく変わらないです」と強調する。

「会社にもものすごくサポートしていただいている。去年、一昨年から言い尽くされているかと思いますが、この状況だからこそ勝つ意義があると思います」

 瀬川監督も、最後は前を向く。

「最後は神戸製鋼さんのブレイクダウン(接点)を前に好きにさせてもらえなかったところもある。そこはしっかり反省して、まずは1勝を目指してチャレンジしたいと思います」

 細部を見直し、次週から再び成功体験を積み重ね、最終順位で測れぬ強さを示したい。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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