サントリーがワラターズに勝たなきゃいけないと話すわけ。【ラグビー雑記帳】
サントリーの沢木敬介監督は、変わらない。
試合直後のグラウンド上で、日本代表時代の同僚でもある大畑大介さんからインタビューを受けてもそうだった。ファンへ向けて一言、と聞かれ、観戦への謝辞を述べるとこう続ける。
「勝てる試合で、すみません」
前年度の日本ラグビー界のタイトルを完全制覇したサントリーは6月11日、東京・秩父宮ラグビー場でワラターズと対戦。国際リーグのスーパーラグビーで2014年の覇者となったオーストラリアの雄を相手に、19-21と応戦していた。
もっとも春先からこのゲームをターゲットとしていたとあって、チームは惜敗にただ悔やんだ。試合後の会見でも、沢木監督はシビアに述べた。
「チャンスはいっぱいあったと思うんですけど、それを自分たちのミスでつぶしてしまって。さすがスーパーラグビーのプレッシャー。それを経験することができたのは、若手にとってはいいチャレンジになったと思います。ただ、勝ちに来ていたので悔しいですね。はい」
突き詰めたがゆえの悔しさ
裏を返せば、善戦を「悔しい」と言い切るだけの準備をしてきた。
チーム始動期の練習と並行し、公式戦の映像をもとに相手の戦術やプレースタイルを分析する。6月に活動するオーストラリア代表のメンバーが発表されるや、ポジションごとに当日の出場が想定されるメンバーの特徴をあぶり出したようだ。
一方でワラターズは前述の代表に主力を供出し、今週初頭に来日後は各種イベントに引っ張りだこ。昨年サンウルブズ(スーパーラグビーの日本チーム)との公式戦で来日した時以上に、実力が制限されそうだった。
試合が始まればサントリーは、陣地を問わずボールを保持してゆく。
体格差で下回るなか、沢木監督は「普通に戦っていても絶対に勝てない。速いテンポでゲームを進める、ポゼッションをコントロールする、空いたスペースにしっかりボールを運ぶ」。攻め込むさなかの密集戦ではしばし球出しを妨害されたが、周囲の陣形を崩さず連続攻撃の質を保った。スクラムハーフの日和佐篤ゲームキャプテンは、球をさばきながら味方を動かし「遅いテンポを速くする、ということをしました」と述懐する。
その先で生まれたのが、相手の目線をかく乱させる動きだった。フォワード陣が接点近辺の空洞をえぐる動き、スタンドオフの田村煕がパスを出した相手の外側に回るループプレーなどがそうだ。
守っては、タックルした後の素早い起き上がりを徹底。黄色い壁を前に、ワラターズは何度も落球した。
そして、ベンチワークも細やかだった。沢木監督は、入れ替え自由というルールをフル活用して頻繁にメンバーを交代。全て日本人という25人のスコッドをフル活用した。
例えば、2点差を追う後半25分台。自陣ゴール前左で相手ラインアウトが始まると、その後のモール対策のためかそれまで動かしていなかったロックのポジションにてこを入れる。
身長195センチ、体重95キロで空中戦の得意な寺田大樹から、身長190センチ、体重125キロの仲村慎祐にスイッチする。難を逃れて自軍ラインアウトを獲得すると、再度、仲村から寺田に交代させた。
試合前からノーサイドの瞬間まで物事を突き詰めたからこそ、やはり、「悔しい」と言い切れるのだ。
この日は一時19-7とリードも、終盤にミスボールをさらわれるなどして終盤は19-21と勝ち越された。
ノーサイド直前、敵陣中盤右ラインアウトから敵陣ゴール前まで侵入も、終始当たり勝っていたセンターの中村亮土が最後にノックオンを犯す。球を持つ手に、相手の腕が絡んでいた。
勝つことの意味
昨季全試合に先発した日本代表経験者の小野晃征は、肩の故障のため観戦。仲間のパフォーマンスに感嘆しながら、勝つことの大切さをこんな風に明かしていた。
「サントリーは若い日本人選手が多いなか、すごく自信をつけたと思う。ただ、インターナショナルラグビーは結果がすべて。1点差でも勝たないと、『悔しい。勝てたなぁ』という気持ちになるだけで成長しない。勝って、チームと個人のレベルが上がる」
列強国のクラブと伍したことで「自信」がついたのも真実だが、「勝たないと成長しない」という皮膚感覚もまた真実、ということか。小野は続ける。
「『勝つために』というプレッシャーのなかで初めて自分のスキル、パフォーマンス、メンタルが現れると思うんです。どれだけプレッシャーに負けない選択ができるか。そこで負けると、自信をなくしちゃうかもしれない。ただそこで勝つと、次に同じような環境になった時にもう一度いい判断ができるようになる」
ラグビー王国のニュージーランドで少年期を過ごした名手は、苦しんだ末の成功体験が心の余裕をもたらすという観点から勝利の必要性を伝えたのだった。善戦を白星に昇華できなかった沢木監督の「勝てる試合で、すみません」という発言も、この思いと地続きになっているようだった。
経験値の醸成、課題の把握、新たな戦術のテストなど、ゲームには多くの意義が見出される。高校の地区大会などで格上とぶつかったチームは、「やって来たことをすべて出す」という題目に魂を込めることもあろう。
2015年にワールドカップイングランド大会を戦った日本代表も、本番前のテストマッチは「ワールドカップのための準備」とし、結果はやや度外視した。ただ、かような意識設定は明確なビジョンのもとでのみ機能する。
ゲームという機会を成長に活かす最善手のひとつは、勝利に直結する準備とそれを経て得られる成果かもしれない。「秩父宮みなとラグビーまつり2017」の一環としておこなわれた今度の80分は、それを証明したようだった。