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瀬川智広ヘッドコーチの言葉と相撲の喩えで、7人制日本代表リオ五輪4位を観る。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
戦況を見つめる瀬川ヘッドコーチ(写真左)。(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

リオデジャネイロ五輪で初の正式種目となった7人制ラグビー男子の部は、全日程が終了した。日本代表は当地のデオドロスタジアムで準決勝と3位決定戦に出場。あと1勝でメダルへ手のかかった最終局面で2連敗を喫し、4位で戦い終えた。

瀬川智広。2012年に着任した日本代表のヘッドコーチは、昨季、年間世界一を競うサーキットであるセブンズワールドシリーズに常時出場できるコアチームから降格の憂き目に合っている(来季から再昇格)。

それでも今度の大舞台では、予選プールでメダル候補のニュージーランド代表を14―12で撃破下すなどサプライズを起こした。時事通信を通して、大会をこう総括している。

「自分の土俵に持ち込めなかった時には、差が出る」

この言葉からは、ふたつの意味が読み取れるだろう。

ひとつは、「自分の土俵に持ち込め」さえすれば格上との一発勝負も制しうるという意味。

そしてもうひとつは、根本的な「差」があるゆえに「自分の土俵に持ち込めなかった」場合の苦戦は必至であるという意味だ。

このふたつの意味をさらに深掘りし、この国の7人制ラグビーを進むべき道を探る。

珍決まり手

セブンズこと7人制ラグビーには、打ち合わせの一切ない大相撲の取り組みのような趣がある。

80分の長期戦である15人制の試合に比べ、7人制のそれは14~20分の短期戦。チャレンジャーの側にとっては、格上にペースを掴ませぬまま逃げ切りやすいフォーマットと言える。だから、ラグビー界ではかねて「セブンズは番狂わせが起きやすい」という言説がある。

今回の日本代表は、相撲でいう珍決まり手を繰り出す展開でニュージーランド代表戦をはじめとする白星をもぎ取った。

攻めては、指揮官が「鬼ごっこ」の要素を強めたというボール回しを徹底した。

ランナーが鋭角に仕掛け、守備網にひずみを作る。タックルで倒される前、できればタックルそのものをされる前に、隣近所の味方にボールを手渡し。残されたメンバーがひずみをえぐり、もし追っ手に捕まれば一端、立ち止まり、ひずみを作るところからやり直す…。「まずはボールキープ」を合言葉に、少ない得点のチャンスを丁寧に扱っていた。

守っては、体格差に勝る突破役を2人がかりで挟み撃ち。低さと鋭さで相手を倒したタックラーはすぐに起き上がって次の守備列へ入り、もう片方のディフェンダーは相手の持つ球や接点であがく。運動量と粘りを全面に押し出すスタイルで反則を誘い、「鬼ごっこ」の機会を作りにかかった。

現地記者を通じて伝播される選手の談話からは、概ね「自分たちのやってきたことができれば勝てる」という実感だった。

民間企業から得た気象情報や選手の走行距離測定をもとに本番までのロードマップを策定。それぞれの試合序盤に自分たちの色を示し、過去の大会で勝てなかった相手からも果実をもぎ取ったのだ。

「自分の土俵に持ち込めなかった」とは

自分たちの世界観を示せないゲームでは、ことごとく散った。大会最終日の2戦にはそれが如実に表れた。ややタックルの姿勢が上ずった感のあるフィジー代表との準決勝では、倒されにくく掴まれにくいフィジー代表に5―20で屈した。

3位決定戦では、もうひとつの準決勝でイギリス代表を相手に攻めあぐねた南アフリカ代表が蘇生する。日本代表には非日常空間での快進撃による疲れがあったか、攻めてもミスを重ねた。南アフリカ代表はミスボールやターンオーバーをきっかけに、大量得点を決めていた。

14―35のスコアで迎えた試合終盤、攻守の軸であるロマノ レメキ ラヴァが自陣から攻め上がる過程で落球。一転、反撃に出た南アフリカ代表がトライを奪った。さらにもう2度、だめを押されて、14―54でノーサイド。

「自分の土俵に持ち込めなかった時には、差が出る」

瀬川ヘッドコーチの言葉の真意は、より深みを帯びることとなった。

機運を活かし、横綱への道へ

日本人のメダル獲得可否が注目されるこの国のオリンピック報道にあって、初戦にジャイアントキリングを起こした男子7人制代表は別格の扱いを受けた。予選プールから「Yahoo! トップ」に名前が躍り、大会最終日は急きょ生中継された。

今回はメダルこそ奪えなかった日本代表だが、国内全体における競技の認知度と強化への機運を高めたのは確かだった。

もっとも、大切なのはこれからである。

ここまで瀬川ヘッドコーチは、選手の招集に難儀。7人制のワールドシリーズの大会と15人制の国内最高峰トップリーグのシーズンがやや重なるなどの理由からだ。親会社の予算を利して活動するトップリーグのクラブとの折衝は容易ではなく、他国でみられる協会専属契約の7人制のスペシャリストはいない。こうした事情はコアチームからの降格とも無縁ではなかろう。

現場からは、限られた戦法で4位になってもこの先は安泰ではないとの声も漏れている。指揮官の言う通り「自分の土俵に持ち込めなかった時には、差が出る」のも確かだった。フィジー代表や南アフリカ代表のような横綱相撲に対抗するには、選手確保の仕組みづくりなど、現場の外の力の底上げも急務となり得る。

選手やコーチを力士とするなら、運営サイドは親方である。名親方なしに名横綱となった力士は、歴史上、ほとんどいないはずだ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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