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サンウルブズ堀江翔太キャプテン。歴史的初勝利支えた「ファシリテーション能力」とは。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
ノーサイド。間もなく、指揮官と熱い抱擁。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ニュージーランドなどの強豪国から18チームのプロチームが集まるリーグ戦のスーパーラグビーで、新たな歴史が刻まれた。2016年4月23日、東京・秩父宮ラグビー場での第9節。アルゼンチンのジャガーズを相手に36-28で勝った。

日本から初参戦のサンウルブズが、歴史的な初勝利を決めたのだ。その背景には、人に気づきを与えるリーダーのファシリテーション能力があった。

試練

シーズン序盤から、圧倒的に劣勢とされた。「1勝するのも難しい」。そんな声が、陣営内外から当たり前のように聞かれた。

他クラブが前年から準備に着手していたのに対し、新参者であるサンウルブズのチーム初顔合わせは開幕から約4週間前だったからだ。始動日の2月3日には、『Yahoo! トップ』に「ぐだぐたスタート」の見出しを躍らせる。練習時間の変更が全員に伝わらないことなど、一部選手にストレスを与える出来事もなくはないようだ。

それでもどうだ。

「皆が意見を言い合えるようにしたいっすよね」

堀江は飄々と、こう言い続けた。

「大が言っているから」

ファシリテーション能力とは、その場に集まった人々のアイデアを引き出すスキルだ。ひとつのグループが問題を解決するにあたり、お互いの理解や情報共有などを促す。

出会って間もない今度のサンウルブズは、日本、オーストラリア、アルゼンチン、アメリカなど、選手のルーツは多岐に渡る。ニュージーランド出身で今回初来日の「ハマー」ことマーク・ハメットヘッドコーチも、「選手のアイデアをどんどん聞いていきたい。でないと、想定された出来高に終わる」。手探りでの船出にあって、周りの力を求めている。

そこで持ち前の気質を活かすのが、日本代表として2度のワールドカップを戦った30歳の堀江だった。大らかな態度と繊細な神経で仲間を見つめる。控え組からも活発な声が出る練習についても、「話、してきましたからね」と自らの意識が背景にあると認めた。

チームには戦略面、守備面、グラウンド外の絆づくりなど、いくつものリーダーシップグループがある。各グループはコーチ陣の方針を受け、議論する。選手全員が集まるミーティングでも、ハメットヘッドコーチが「ここでは何を発言しても間違いにはならない」と発破をかける。個々の帰属意識を生む。

国内所属先も堀江と同じパナソニック(日程上、スーパーラグビーと日本でのプレーは兼務できる)というプロップの稲垣啓太は、こう解説する。

「一部の決まったリーダーが、皆の意見を言ってくれるように仕向ける。そこで出た意見をリーダー同士で集約し、落とし込んでいる。ハマーも問いかけから始めるタイプなので、自然とそうなっている部分もあるのかもしれません」

そんななかで活かされる堀江のファシリテーションスキルは、何も特別なメソッドではない。あくまで普段の目配り、気配り、心配りの発露である。

大小さまざまあるミーティングの場において、堀江が最初に意見を言うことは稀のようだ。芝の上で円陣を組んだ際の会話のはじまりは、「(気付いたことなどは)何かある?」。いつもこの調子なら、どんなに引っ込み思案な人でも何がしかの提言をしたくなるだろう。ましてサンウルブズは、プロラグビー選手が自由意志で集まってできた生命体である。だからこそ堀江は、指揮官のメッセージを最大化するよう努めるのだ。

「僕も同じことを思っていて。ラグビーの意見で、間違ってるものはない、と」

なかでも本人が意識的に気を付けたことを挙げるとしたら、「日本代表じゃなかった奴」の発言への対応か。

昨秋のワールドカップイングランド大会で3勝を挙げたジャパンは、直前の苛烈な長期合宿もあって特別な人間関係を醸成している。サンウルブズに招集された10名のジャパン組のなかには、堀江曰く「きつかった分、ついその人たち同士で盛り上がってしまうところ」はゼロではないという。

それでも、今回が初めての国際舞台となる日本人選手に疎外感を与えたくない。だから、もし当該の選手が何かを言えば、必ず「いいね、それ」と強く反応するようにした。

井上大介。まだ代表とスーパーラグビーのデビューが叶っていないスクラムハーフは、リーダーのさり気ない配慮に感銘を受けたのだという。

「僕が何かを言ったとする。そうしたら別の場所で『大がこんな話をしていた』と伝えたり。そうした細かいことで、『俺は発言した人の意見を拾っているよ』という思いが感じられる。付いていこう、と思える人です。怒ったり怒鳴ったり命令するのではなく、包み込む。皆のことをわかろうとする姿勢が見える。だから、リーダーだと思える」

堀江は何も、サンウルブズのキャプテンになったからそうしているのではない。もともと、そういう人なのだ。昨夏、チームは契約選手が集まらないため消滅の危機に瀕していた。渦中、堀江はサインをした。

「日本協会の準備が遅れていることを明るみにするのはよくない。もしこれでサンウルブズがなくなったら、スーパーラグビー側が日本の参加を認めてくれる可能性はなくなる。若い世代の選手が海外に触れづらくなる」

イングランド大会で活躍後は、サンウルブズのスタッフがなかなか決まらず戸惑いを覗かせもした。それでもフランスのトゥーロンなど、各国の名門からの誘いを断った。堀江の入団がサンウルブズ入りへの引き金となった、稲垣のような選手も少なくない。

最後は厳選

拓殖大学からやってきた韓国人の具智元は、「ラグビーに関して、色んな知識がある。スマートです」と感銘を受けた。そう。けん玉とギターが得意な堀江は、グラウンド内でも細部への目配りが利く。

実戦練習の折、1つの攻撃局面にどれだけの人数をかけるかなどを周りに指示を出しながら動いてゆく。多くの意見からなるチーム方針を自分なりに咀嚼し、運用できているか否かを点検しているのだ。まるでプレイングコーチだ。

「まずは皆の意見を聞いて、それを使えるのか、使えへんのかを考えていく」

選手としての持ち味も、随所で示す。ボールを持って相手とぶつかる瞬間、タックルを真正面から受けないように身をよじらせる。パスをもらった後に複数の守備を引き付けられるよう、グラウンド全体を見て立ち位置を変える…。そう言えば堀江は、力が抜きんでていた日本の学生時代から、かような工夫を重ねていた。

ただ周りの意見を集めるだけではない。集めた意見を繊細な自身のラグビー観とチーム方針をもとに峻別してゆく。そこに妙味があった。

サンウルブズの試合で観られる1つひとつのプレーは、思いのある足し算(全ての選手が意見発信)とシャープな引き算(出された意見をリーダーが厳選)がある。「ディフェンスリーダー」として堀江を支える稲垣は、「もし、(本筋と)違った意見が出てもいいんです。『あ、この選手はこういうことを考えているんだ』を知ることができるから」と補足する。堀江のファシリテーション能力は、間違いなく新チームの文化を象っている。

足を伸ばして

歴史的な午後。ジャガーズを向こうにスクラムで応戦した。専門コーチの不在で四苦八苦していた領域で、まとまりを示した。センターのデレク・カーペンターのトライなどで23―25と点差を詰めた直後の後半19分頃には、相手ボールの1本でボールを奪った。いや、低い姿勢で小さく固まっていたら、ボールが転がって来た。

1点リードで迎えた試合終盤。堀江は足をつった。右プロップの浅原拓真にふくらはぎを伸ばしてもらい、そのままピッチに残る。ノーサイド直前のスクラムで、立川のだめ押しトライを演出した。

17日までの長期遠征は4戦全敗に終わっていた。特に最後のチーターズ戦では、17-92と大敗した。善戦に満足するファンが減りつつあることは、誰よりもリーダー自身がわかっていただろう。それでも試合前日まで、「何かが伝わる試合をしたい」と声を絞っていた。歓喜に浸るも、取材エリアには出てこられなかった。頭がふらついていたためだ。ハメットヘッドコーチは、堀江ら選手たちの様子を思ってこう話すのだった。

「選手は本当にハードワークを重ねています。フィールド内外で、です。選手同士で知り合うための努力も重ねました。苦しい時も、逆境にあっても、笑顔で練習に来てくれました。選手の努力の甲斐あっての結果だと思います。誇りに思いますし、思いがけない涙も出ました」

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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