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最後の伏見工業高校、花園で帝京大学イズム発揮【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
帝京大学2年の尾崎晟也(写真右)も伏見工業高校OB。弟は現役フルバックの泰雅(写真:アフロスポーツ)

落ち着いていただろう。お互いが何をすべきかを確認しながら、プレーしていただろう。その手の仮説をぶつけられ、松林拓監督は首を縦に振り続けた。

「冷静に判断していたと思います」

2015年12月30日、大阪は花園ラグビー場。1984年に放送された人気ドラマ『スクール☆ウォーズ』のモデルとなった京都の伏見工業高校は、現校名では最後となる全国高校ラグビー大会の2回戦に挑んだ。青森北高校の徹底した密集戦に手こずりながら、大学選手権6連覇中の帝京大学から学んだ対話力も活かして難局を打破。36-21のスコアで3回戦へ進んだ。

来春から名称が変わる伝統校とあって注目される赤きジャージィは、前半3分、先制点を許す。青森北高校が束で密集戦を連取し、敵陣22メートルエリア中央でモールを形成。そのまま押し切った。0-7。

黒のジャージィの青森北高校は「味方をしっかりパックする。(接点に)ただ入るだけではなく、必ず1人の相手をプレーさせないようにする」とフランカー山形光世。ボール保持者の脇にはサポート役が影のようについて回り、相手のタックラーや援護射撃に出る防御を引きはがす…。細やかな下働きを徹底した。伏見工業高校はタックルした選手が倒れたままプレーしていると見なされてか、しばしノット・ロールアウェーの反則を取られた。

先発15名のうち高校入学前のラグビー経験者がわずか2名という東北の公立高校は、試合形式の練習を通してコンタクトへの耐性と密集近辺での技術を身に付けていた。北国の青年は、守っても鋭い出足のタックルでミスを誘った。山崎久造監督の手ごたえは、最後の最後まで変わらなかった。

「フォワードは自分たちのやってきたことを、やれた」

しかし、メンバーのすべてが中学以前から楕円球に触れている伏見工業高校は、松林監督いわく「どこか、余裕を持っていましたね」。プレーの合間に絶えず味方とコミュニケーションを図るスタンドオフの奥村翔は、パスやキックで空洞をえぐった。スピードのある木村朋也は、用意された戦術に沿って何度もボール保持者となった。

12分、敵陣10メートル線付近左のラインアウトを得た「フシコー」は、前に出る相手守備をひきつけながら、深い位置へのパスをつなぐ。受け手は余裕をもって右へ、右へとパスをつなぎ、ウイングの河新太郎が大外へ弧を描くよう駆ける。今度は逆サイドへパスをつなぎ、最後は木村がトライを奪った。5-7。

18分、敵陣ゴール前で相手ボールのラインアウトを奪うと、やはり前がかりな相手をいなすよう深い位置でパスを回す。奥村を軸とした左から右への展開にあって、左ウイングの木村が右中間のコースを走った。12-7。

続く22分にモールからのトライなどで逆転されても、伏見工業高校は動じなかった。25分、中盤での自軍ラックに青森北高校が圧力をかけると見るや、周りの伏見工業高校フォワード人が束になって応戦。ボールを確保し、相手の背後へ悠々とキックを放った。27分にはキックパスから勝ち越し点を演出した。19-14。

その場、その場に適したプレーが何かをチーム全体で共有し、スムーズに遂行する。言葉の本当の意味でのチームワークを示したことが、指揮官の「冷静に…」との言葉を引き出したのだ。

3年ぶりの全国大会での落ち着きぶりには、伏線があった。9月に4日間ほどおこなわれた、帝京大学ラグビー部への練習参加である。伏見工業高校の高崎利明GMのオファーを先方の岩出雅之監督が受け入れ、大学選手権6連覇中のクラブへの出げいこが実現したのだ。

東京都日野市を本拠地とする帝京大学は、練習中のインプットとアウトプットを揺るがぬ文化としている。セッションの合間に複数人のグループを作り、下級生が練習について発言。その内容を受け、上級生がコメントする。伏見工業高校のメンバーもその輪に加わり、競技理解の重要性を学んだのだ。

ちなみに当時は、ワールドカップイングランド大会の開幕時期だった。くしくもその約1か月前、伏見工業高校OBで日本代表の田中史朗は「コミュニケーションを取って、チームとしてまとまれるトレーニングをしたい」と言い続けていたものだ…。松林監督は言った。

「理解する、考えるという部分をしっかりと落とし込めた。それまでは意図のないプレーが多かったのですが、いまはコミュニケーションをしっかりと取れるようになった。アウトプットができるようになった」

離されても、離されても自分たちのあり方を崩さぬ青森北高校は、終盤、敵陣ゴール前での密集で「倒れ込んでの妨害」にあたるオーバー・ザ・トップの反則を犯した。立て続けに。山形主将の述懐。

「伏見さんが低くオーバー(密集への援護)に入ることに対応しようとした時、こちらの頭が落ちて…。不注意というか、疲れのなかで、集中力が切れたかなと。(相手のバックス陣は)どちらに攻めるかがわからないようなうまさがあったと思います」

これで伏見工業高校は、2015年元日の3回戦へ進む。次なる相手の東海大仰星高校は強敵だ。前年度まで長くレギュラーだったメンバーがごっそりと卒業したなか、春の選抜大会や夏の7人制大会でタイトルを連取。借り物でない独自のラグビー理論を学生同士で紡ぐ、インテリジェンスクラブの雄だ。

王者のエッセンスを注入した名物集団が、身体をぶつける知恵比べに挑む。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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