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ワールドカップ・アメリカ戦の鍵握る? 日本代表、スクラムの絆(2)【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
(写真:アフロ)

1の続き)

ラグビー日本代表のスクラムの礎は、かつてフランス代表のスクラム職人だったマルク・ダルマゾコーチが築いた。

湯原祐希。ダルマゾの現役時代と同じく最前列中央のフッカーを務める職人肌は、伯楽の細やかさを表現する。「こう」のたびに、センチ単位で上体を動かしながら。

「例えば、こう、じゃなくて、こう、とか」

もっとも、9月からのワールドカップイングランド大会にあっては、選手の知恵の出し合いが目立っている。それぞれが各対戦相手の組み方やレフリングの傾向を分析し、試合中に乱れがあっても細やかな対話で軌道修正を図る。

9月23日のスコットランド代表戦でも然りだった。場所はグロスターのキングスホルムスタジアム。相手の力感から逃れるべく揺さぶりをかけようとしていたジャパンのスクラムが、序盤、どうも、かみ合わない。前半19分には、コラプシングの反則を犯す。右プロップで先発の山下裕史が、故意に塊を崩したと見なされた。

スタンドにいた湯原の見立てはこうだ。

「崩れた時に、プレッシャーを受けているように見えるジャパン側に反則が取られた。向こうも、上手いですよ。ガン、ガンと押し込んだ後に、ひじを下げずに(合法と見られる姿勢のままで)ゴン、とジャパンを落としてきたんですから」

一般論として、レフリーの多くはスリムでフロントロー経験者が少なく、コラプシングの判定は見た目に頼るほかない。もし、スコットランド代表が湯原の言った通り押すだけ押してわざと崩していたとしても、見逃される可能性は大いにある。そもそも、ジャパンの用意した策が奏功していないのも確かだった。ここでは相手のスクラムハーフ、グレイグ・レイドローキャプテンのペナルティーゴールを決めさせてしまった。

なお、現ジャパンのフロントロー陣は先発組と控え組の意志疎通も密である。国内屈指のスクラム職人であるベンチ外の湯原が外から観た印象を伝え、フッカーの堀江翔太らレギュラー組が実感を整理する。好循環。大会前、「自分の立場はわかっている」と話した湯原に、エディー・ジョーンズヘッドコーチはこう言葉をかけている。

「いつも練習のスクラムで皆にプレッシャーをかけてくれている。ありがとう」

さて、スコットランド代表戦。先発組は20分台あたりから押されなくなった。むしろ、26分には敵陣22メートルエリア左で、山下が相手の懐へ差し込んだ。逆に、相手のコラプシングを勝ち取った。

いったい何が、変わったのか。

「最初は色々考えながらやってたんですけど、組んでいるうちにペナルティーももらって…。堀江とも色々と喋って、その後は、ぴたっと(相手の圧力が収まった)」

押された後に押し返した山下は明かす。試合中のスクラムの修正については、繊細な指導を重ねるダルマゾコーチも選手の対応力を称えていた。

「試合に向け、事前に『相手はこうだから、こういう押し方をしていこう』という話はしていました。しかし、実際には違う組み方をされたんです。選手は試合中、そこへ対応したようです」

スクラム練習の時以外は心ここにあらずといった様子でグラウンドにたたずむこの人は、おそらく、自らの手柄を声高に謳う人ではない。ジャパンが粘り強く押し込めるようになった理由を「伸びたのはフィジカル面」と、ジョン・プライヤーS&Cコーディネーターへの謝辞に変えたこともある。スコットランド代表戦中の改善を「選手が…」と見るのも、自然な流れだったろう。コーチはコーチで、コーチの仕事をする。

「ただ、もっと質は上げられる。この日は、我々がペナルティーだったことを相手がしても、ペナルティーにならないことがありました。これは、レフリーを批判しているのではありません。私たち側の解釈の方法を変えて、早急に対応策を立てなきゃいけない。信頼できるレフリーにビデオを送って、相談、解析したいと思います」

この日は短い準備期間に伴う意思統一の不徹底が災いして10―45と大敗も、最前列で組み合う面子はさほど悲観していなかった。そして10月3日、ミルトンキーンズmkでのサモア代表戦では、「相手がほぼ分析した通りに組んできた」とジャパン陣営は感じた。スコットランド代表戦時のような有事への対応は、さほど強いられなかった。

戦前、堀江は「サモア代表は出てくる人によって組み方が大きく変わる」と証言していた。当日の先発要員を確認するや、右プロップのセンサス・ジョンストンを要注意とした。「190センチ、135キロ」の巨躯が問答無用の重圧で対面をつぶしに来るだろう…。堀江は左プロップの稲垣啓太とともにこの大男を「2対1」で挟み撃ちし、塊の内部で無力化させようと思った。

前半3分、敵陣10メートル線付近右でこの午後のファーストスクラムが組まれる。イーブンか。

「どう?」

堀江の問いに、この日先発した両プロップが応える。

「行ける。いまはこのままで、相手が疲れた時に…行こう」

試合はジャパンペースで進む。リーチ マイケルキャプテンが「相手は(接点に)倒れ込むところがある。最初に規律正しいプレーを見せて、レフリーを味方につける」との言葉通り、得意の連続攻撃を重ねる。相手陣営には前半だけで2枚のイエローカード(一時退場処分)が切られた。

21分、敵陣ゴール前左中間。カード乱発で2人を失っていたサモア代表と、フォワードの人数上「8対7」となる自軍ボールスクラムを組むこととなった。堀江たちは意を決す。

「ST(スクラムトライの意味)」

(3に続く)

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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