ワールドカップ・アメリカ戦の鍵握る? 日本代表、スクラムの絆(1)【ラグビー雑記帳】
もし、スプリングボクスこと南アフリカ代表が日本代表を甘く見てくれたら…。そう前置きして、サントリーの青木佑輔は語っていた。
「結構、押せるんじゃないですかね」
軽い反則が起きた後にフォワードが8対8で組み合うスクラムというつば競り合いで、最前列中央のフッカーを任される。32歳とベテランの域。身長176センチ、体重95キロと国内でも決してサイズには恵まれていないが、両端のプロップを統率しての鋭いヒットには定評がある。2013年度の日本最高峰トップリーグでは、ライバルのパナソニック所属で現代表の副キャプテン、フッカーの堀江翔太を負傷させたことがある。通常通りにスクラムを組んで、である。「あばら、イキました」とやられた側は言った。
昨年春までは現体制のジャパンでプレーした青木は、元フランス代表フッカーのマルク・ダルマゾコーチの指導を「8人全員が同じ方向へ押せるよう、皆の足の向きまで揃えさせる」と体感したうえで分析。ワールドカップイングランド大会の開幕前、期間中のジャパンのスクラムでの団結力にこう期待していたのだ。
「相手より小さくても、スクラムはまとまっていれば強い」
いまのところ、青木の見立ては概ね当たっているようだ。
ここまで予選プールBを2勝1敗と首尾よく戦う日本代表にあって、攻防の起点となるスクラムでも「対応力が上がった。組むごとにスクラムが変わっていくなか、プロップ(最前列両端)とコミュニケーションを取りながら対応している」と堀江は言う。
この人は南半球最高峰のスーパーラグビーでプレー経験がある。南アフリカのスクラムは巨漢揃いながら繋がりにゆるみがあると思ったようで、はなから「まとまりゃ、押せる」と踏んでいた。
「信頼できるレフリー」とルール解釈の議論を重ねるダルマゾの細やかな指導、対戦相手の組み方の分析、堀江を中心とした試合中のコミュニケーション。3つの歯車がかみ合っている。
9月19日、ブライトンコミュニティースタジアム。過去優勝2回の南アフリカ代表を打ち破る。34―32。ノーサイド直前に敵陣ゴール左中間前でのスクラムを右側へ押し込み、途中出場のカーン・ヘスケスの逆転トライを導いた。
それまでの約80分弱の間、何度か差し込まれながらも圧倒はされなかった。最終局面では相手が一時退場処分で1人少なかったこともあり、フランカーのリーチ マイケルキャプテンがペナルティーキックの際にスクラムを選択したのである。
準備が実った。実は南アフリカ代表戦の担当レフリー、ジェローム・ガルセスは、8月22日に福岡・レベルファイブスタジアムで日本代表の試合を裁いていた。さらにチームがウルグアイ代表を30-8で制した翌週、合宿地の宮崎にガルセスがいた。恐るべき政治力が垣間見える。その様子を伝え聞いた青木はつぶやく。
「そこでレフリーに『日本のスクラムはこういう感じだ』と見せてみて、向こうが納得したら、当日はペナルティーを取られにくくなるんじゃないですか。レフリーの見方はそれぞれなので、それを試合前に確認できるのはラッキーですよ」
左プロップの稲垣啓太はここぞとばかりに、「自分の思っていることを素直に聞いた」という。例えば、「相手の3番の内組み」の是か非かについてだ。
3番は稲垣と対峙する右プロップの背番号のことで、「内組み」とはプロップが極端にフッカー方向へ押し込みをかけること。スクラムはお互いに真っ直ぐ組み合うことが原則で、角度をつけた組み方で塊を崩そうものならそのままコラプシング(故意に崩す行為)の反則を取られる。
しかし、レフリーによっては本来崩した方の右プロップではなく、崩された方の左プロップに笛を吹く場合がある。スクラムの見た目上、両側から圧力を受ける右プロップよりも左半身を自由に動かしやすい左プロップの方が何らかの細工がしやすいように映るからだ。
「向こうの内組みは、まぁ、(レフリーの解釈上は)OKなのでしょう。自分のなかで対策法はイメージしている」
南アフリカ代表戦の3日前、ベンチスタートの稲垣は決意を明かした。夏の宮崎でガルセスと意見交換をかわし、「相手も真っ直ぐ組むべき」という理想論を捨てられたのだ。当日は「内組み」が合法化されるだろう。もう、まとまって耐えるしかない。そう割り切って座ったベンチで、右プロップのリザーブだった山下裕史と出場した場合の呼吸の合わせ方を確認。細やかな打ち合わせが最後のスクラムに至ったのだ。
(2に続く)