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新国立が使えないいま、振り返る 今季ジャパン初先発の最多キャッパー大野均の言葉【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

当初の計画より総工費が膨れ上がった問題で、東京の新しい国立競技場の建設計画が白紙となった。ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会の開幕戦がこけら落としとなるはずだったが、それは不可能となる。

もっとも18日付の朝日新聞には、元日本代表の大畑大介さんのこんな談話が掲載された。

「今回のことでW杯の存在を知った人もいると多くいる思う。そういう人たちにも届くよう、今後もW杯のPRをやっていくしかない」

大畑さんは全国各地の講演会に出ては、聴衆にW杯の日本開催を知っているかを質問。そのたびに、認知度の低さを知っていたという。「今回のことで…」は、実感のともなう前向きな談話だった。

かたや現役のジャパンは現在、今秋にイングランドであるW杯に向け準備中だ。国内時間の7月19日午前9時。アメリカはサンノゼで、カナダ代表とのパシフィック・ネーションズカップ初戦に挑む。

このゲームで今季初先発を果たす1人が大野均だ。1978年5月6日、福島県郡山市にある農家の長男として生まれた37歳。身長192センチ、体重106キロの長髪の黒子役である。しゃにむに駆け、密集に身体をねじ込む。右の前歯がよく折れるが、その度に歯医者に行ったり、アロンアルファで補強したりする。キャリアとプレースタイルとエピソードから、多くのファンを獲得している。

国同士の真剣勝負への出場数を表すキャップは現役最多を誇り、次に予定通り出場すれば「88」に到達する。末広がり。実はこの人について、大畑さんは取材後の雑談のなかでこう評されたことがある。

「この間のW杯。本当のジャパン、でしたからね」

遡って11年、ニュージーランドでW杯があった。結果、3敗1引き分け。後に出場メンバーの1人が「あれ? と思うことがあるままやっていたかもしれない」と振り返るツアーにあって、大野は出番が限られた。当時のジョン・カーワンHCの評価が、あるタイミングから固まってしまっていた。メンバーから外れるたび指揮官に理由を問うた大野は、「前にあった存在感が今は見えない」と言われ続けた。何が見えないのかは、「自分で考えてくれ」とのことだった。いわば、理不尽に近い状況に追い込まれた。

「なぜ、大野を出さない!」

本来は温厚なテレビ解説者が激昂するなか、しかし、大野はひとつの思いを必死に貫こうとしていた。

いま、やれることをやる。

以下、某日のインタビュー内容である。

「代表というのは、ちょっとの差で試合に出られないんだなと思いました。自分は、気持ちだけは切らさないようにと思っていました。試合に出られないからと腐るんじゃなく、練習で100パーセント出し切って、何かしらで貢献できれば、と。周りに出られなくて当たりだなとは思われたくなかった。気の抜いたプレーは見せられないと、自分にプレッシャーをかけていました。大野が出てもいいんじゃないかと周りに思ってもらえるようにと、余計に気が抜けなくなった」

自分ではどうしようもない困難に直面した時、何を考えているのか。「キンちゃん」の愛称で親しまれる大野は、言葉を選びつつ答えるのだった。

「マイナスの気持ちを周りに悟られないようにしようと。他の選手がそういう感情を表に出しているのを見たら、ちょっと…かっこ悪いなと思う部分もあった。自分はそうありたくないなと」

新しい国立競技場に関するトラブルは、大野が戦う芝の上とは別の場所で発生している。スポーツの祭典に関わる問題にアスリートがあまり関わっていないことは、日本の歴史そのものでもある。

ただ、15年のイングランド大会の結果が日本大会のプロモーションに大きな影響を及ぼすのも確かで、それを踏まえてジャパンはいまを戦う。

一部報道によると、大野は今年の6月下旬には右手人差し指付け根を骨折していたという。ただ、ニュージーランドでの戦いの直後に語った言葉を、律儀に守り続けてゆくだろう。

「まだまだ個人としては若い選手に負けているとは思っていない。今回は最後ですか、最後ですかと聞かれるんですけど、そういう感じはなく。現役を続けている以上は代表の桜のジャージィは憧れ。着られる立場に常にいたい」

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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