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全国高校ラグビー選抜大会終幕 王者「ギョーセイ」指揮官による汗と血の通った人生観【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
冒頭のシーンで描かれた、集合写真撮影。遠目から接写。

空は鉛色で、キックオフの直前までバックスタンドに人がいなかった。ただ、4月7日、埼玉の熊谷ラグビー場では確かに大一番があった。

湯浅大智はこの日、全国選抜大会の決勝戦を迎えていた。「ギョーセイ」こと大阪の東海大仰星高校ラグビー部の監督として、雨中なのに晴れの舞台を迎えている。約9日間の大会期間中に伸びたひげは、さっぱりとそり落とした。ずっとジャージィ姿だったが、この日ばかりは紺のスーツを着ていた。

色あせた芝の上。水色とネイビーのジャージィを着た教え子が「キッキングゲームの理解」と「ひたむきさを出したディフェンス」を示した。21-0。府内のライバルでもある大阪桐蔭高を完封した。

今季の最上級生は、無責任な言説でいうところの「谷間の世代」かもしれなかった。

大阪出身のあるプロ選手は話すものだ。「関西って、上手い子たち同士で仲良くなって、皆で同じ高校へ行っちゃう傾向がありますよね」。その潮流が息づくコミュニティーにあって、1992年度生まれの府内の実力者は、この日の対戦相手をはじめとした別の強豪校に流れていた。

それでも勝ったのは、湯浅のチームだった。

「皆、誰かの意見に対して聞く耳を持てて行動する力がある。まとまりと、ひたむきさで、やってます。自分たちにはそれしかないんで」

背番号6をつけた眞野泰地主将の見解に、湯浅も頷いている。

「勤勉さ、です。1年生の頃から、ひたむきにやらないと勝てないということを彼らは感じていたと思うんです。試合でのプレー、練習の取り組み方を観ていると、これはここ数ヶ月で培われたものではないと感じます。彼らに、感謝したいですね。ミーティングでも誰かに頼るのではなく、皆でよく喋っています。自分でも発信するんだ、やるんだという部分が前面に出ている」

ゴールポストの下、教え子たちが記念撮影に興じる。「一緒に写らないのですか」との問いかけに、33歳の小柄な指揮官は「いや、いいんです」。メインスタンドの真下でたたずんでいた。

2季前の選抜大会の直後から指揮を執り始めた。そのシーズンの冬には、大阪は近鉄花園ラグビー場での全国高校ラグビーを制している。もっともいまの最上級生に対しては、過去最大級の思い入れを持っていよう。

「僕が監督になった年の1年生です。複雑な気持ちはあったと思うんです。土井先生に憧れて入学したら、いきなり監督交代だ、となったので…」

他者へ抱く感情は、その相手と出会った縁やタイミングで変わる。ただただ「縁あって一緒にやっているから」と他校の指導者の練習見学を歓迎する「ギョーセイ」の指導者も、その例外ではなかろう。まして前監督の土井崇司は、日本の高校ラグビー史上有数の名将と謳われていた。だからこそ湯浅は、「複雑な気持ち」を慮るのである。

「それだからこその責任は感じますし、彼らにも愛着はあります。愛おしさと言うか…。いままでもそう思ってきたんです。ただ、彼らの勤勉さを見ていますと、やっていて楽しいなぁ、と」

土井は1984年に当時創設2年目の「ギョーセイ」に赴任。大阪は花園ラグビー場でおこなわれる冬の全国高校ラグビー大会には、激戦区と呼ばれる大阪の代表として13回の出場を果たした。1999年と2006年には全国優勝を成し遂げ、テストマッチ(国同士の真剣勝負)の世界最多トライ記録を誇る大畑大介氏など、多くの名選手を輩出してきたのだ。口癖はこうだ。

「人の真似は、昔から嫌いでした。当然、何かを題材にして自分のものを造るんですけど。世界が認めるラグビー用語はいっぱいありますけど、ギョーセイだけのラグビー用語だっていっぱいあるんです」

ある年の全国大会期間中だ。新聞記者らに「次の試合への展望」を問われると、確か「4、5、5、1で、行けると思うんですが」だったか、独自にグラウンドを縦に分割してつけたであろう番号を唱え、どこをどういう手順で攻め込むかを説いていた。借り物ではないラグビー理論の構築で、クラブを鍛え上げていた。

1999年度優勝時の主将だった湯浅は、その土井のもとで約9年間、コーチをしていた。こちらも「人の真似は嫌い」のエキスを身体の芯まで浸透させている。それは、この言葉にも表れている。

「我々はシェイプやポッドという考え方を、まったく、持っていないので」

いまのラグビー界では、大きく分けて2つの攻撃戦術が流行っている。「シェイプ」と呼ばれる複層的な陣形と、グラウンドの両端や中央に何人かずつが固まる「ポッド」というシステムだ。前者は相手の防御をかく乱させること、後者は少ない労力でボールを大きく動かすことが目的とされている。左右に球を散らす東海大仰星高校は見た目上こそ「ポッド」に分類されそうだが、「こだわっていない」と湯浅監督は言うのである。

以下、選抜大会期間中の発言である。

「対戦相手を研究して、ラグビーの原理原則を駆使する。ぱっと見でシェイプやポッドに見える時はあると思うんですけど、それをまったく、したことはないです。ボールゲームの要素、地域取りの要素、格闘技の要素。ラグビーはこの3つだと思っています。彼らがその3拍子を、きちっと理解していると思います」

誰かが作った潮流を知らないわけではないが、そこへ無自覚には染まらない。

ただ現象を凝視する。

その先に、とてつもなく簡潔な原理原則を見る。

ラグビーとは、縦幅100メートルのグラウンドで繰り広げられる、手が使えてぶつかり合えるフットボールだ。

「ボールゲームの要素、地域取りの要素、格闘技の要素。この3つをどれだけ理解させるか。どうやって落とし込むか。グラウンドは半分だけで、そこも中等部と一緒に使っているのですが…。逆に試されているなぁと思いますし、楽しくてしょうがないです。考えるのが」

ラグビーと向き合う。

ラグビーを楽しむ。

何より、ラグビーを学び続ける。

真の知への探求は、まず己が何も知らないことを自覚するところから始まる…。哲学者のソクラテスが残した考えを、湯浅はラグビーを通して実践しているのである。

「もちろん、その3つ以外にもありますよと言われたら、そうか、となります。僕自身、まだまだラグビーというものを僕は40パーセントくらいしか知らないと思っている。もっともっと、ラグビーを知りたいです」

いまは東海大学のテクニカルアドバイザーを務める土井は、「ギョーセイ」の練習に参加した中学生時代の湯浅少年を観て、すぐに将来の後継者にしたくなったという。

「皆を引っ張るだけでなく、まとめる。気持ちを伝える。練習内容を理解して、こなす…。一目見たときから、跡継ぎはこいつだと」

東海大学の上級生となった湯浅青年が一般企業の内定をもらった際、恩師はこう言ってやったのだと笑う。

「アホか、お前に就職はない」

その先に、優勝監督を称えるこんな談話が待っていた。

「技術指導も、精神指導も上手い。何よりも必要な熱を持っていて、頭も使える。これからの日本を代表するラグビーの指導者になる」

湯浅はこの春から、1年生のクラスの担任も務める。そう。教育者でもある。

例の「3つを徹底的に」のゴールだって、「選手には大学の3回生くらいで花開いてくれれば」としている。目先の「完成度」には囚われない。

「勝ちたいか負けたいかといったら、もちろん勝ちたいです。ただ、勝ちと負けしかないということは、負けることも絶対にある。また、誰もがラグビーだけでご飯を食べていけるわけじゃない。それであれば、ギョーセイを出たらこんないい人間が育つんだ、と思ってもらった方が魅力的じゃないですか。大きなことを言いますけど…。気付く、考えるという精神をラグビーで養ったうえで、世界平和、社会貢献に、と」

お仕着せの「教育論」ではあるまい。学校の運動場だけで作られうる、汗と血の通った人生観。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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