Yahoo!ニュース

サッカー日本代表がW杯前に“世界1位”ブラジル戦、なぜ実現できたのか? その意味とは?

元川悦子スポーツジャーナリスト
コパアメリカ2021年で仲間に囲まれるネイマール(右から3人目)(写真:ロイター/アフロ)

 2022年カタールワールドカップ(W杯)まで早くも半年を切った。W杯に向けた日本代表の貴重な強化の場となる6月4連戦に向けた合宿も5月30日からスタート。新戦力・DF伊藤洋輝(シュツットガルト)を含めた28人のサバイバルがここから本格化する。

 そんな日本代表の重要シリーズの中で、とりわけ注目されるのが、6月6日のブラジル戦(東京)だ。新国立競技場で初めて行われる、目下、FIFAランク1位の強豪・ブラジルとの代表戦ということもあり、5月14日のインターネット発売当日はアクセスが殺到。チケットJFAでは90分で完売し、ツイッター上でも「ブラジル戦」がトレンド入りするほどだった。

 なぜこの時期にブラジルとのマッチメークができたのか。この一戦の意味合いとは何なのか。改めて探ってみた。

ブラジル戦を組めた背景は?

 11月のカタールW杯は、6月開幕だった過去のW杯とは違い、直前までリーグ戦日程が入っているため、直前合宿を組めない。それは欧州組中心のブラジルも同様で、強化の機会は今回の6月と9月のインターナショナル・マッチデー(IMD)しかない。

 それだけ貴重な時期だけに、ブラジルもW杯本番に対戦する欧州・アフリカの国々(ブラジルはスイス、セルビア、カメルーンと同組)とマッチメークをしたかったはずだが、ご存じの通り、欧州は6月、UEFAネーションズリーグの日程が入っている。アフリカも2023年アフリカネーションズカップ予選がある。

 このため、親善試合を組めるのは欧州・アフリカ以外の大陸で、ブラジルの選択肢は限られていた。そこでW杯出場国の韓国(2日=ソウル)・日本(6日=東京)とのアジア遠征を選んだ。現地メディアからは「韓国や日本と試合をしても強化にならない」といった辛辣な意見も出ているようだが、これが現実的な落としどころだったのだろう。

 そんな彼らとは対照的に、日本サッカー協会(JFA)の方は力が入っている。一説によれば、ブラジル招聘に約3億円を投資したという話も聞こえてくる。前述の通り、今回は新国立の初陣で、2002年日韓W杯から丸20年の節目でもある。JFAは当時のフィリップ・トルシエ監督や代表メンバーも招待しており、試合の重要度が色濃く窺える。

 W杯前に同組のドイツ・スペインクラスの相手と対戦できるのはこのブラジル戦くらいで、森保ジャパンの現在地を測る絶好のチャンス。この一戦は見逃せない。

ブラジルとの過去の対戦成績は?

 とはいえ、日本にとってブラジルは鬼門と言っていい存在である。ブラジルに勝った記憶は1996年アトランタ五輪の「マイアミの奇跡」くらいで、当時のチームはU-23日本代表。A代表となれば0勝2分10敗。2度のドローは2001年6月のコンフェデレーションズカップと2005年6月の同大会。前者は1次リーグ最終戦で両チームともに突破が決まっていたため、戦力を落として戦った。後者はどちらも突破がかかる一戦で、日本も互角に近い戦いを見せたが、勝利するには至らなかったという印象だ。

 それ以外は「力の差を見せつけられた」という記憶しかない。筆者は95年8月以降のブラジル戦全試合を現場で見ているが、特に衝撃が大きかったのは、2006年ドイツW杯最終戦だ。中田英寿の現役ラストマッチとなったこの試合は、玉田圭司(長崎アンバサダー兼アカデミーロールモデルコーチ)が先制するところまではよかったが、そこからは怒涛の攻めを見せられ、終わってみれば1-4。「試合が終わって、小野伸二(札幌)に『お前だけ通用してた』と言われた。でもボロ負けでしたね」と歴史的ゴールを奪った玉田も言うほど、ピッチに立った面々は王国の圧力の前に立ち尽くした。

 あれから16年。日本も海外組の数が増え、前進はしているが、ブラジルのタレントは圧倒的。そこは楽観視してはいけない。

中田英寿の現役ラストマッチもブラジル戦だった
中田英寿の現役ラストマッチもブラジル戦だった写真:築田純/アフロスポーツ

ブラジルのメンバーは?

 ネイマール(PSG)を筆頭に、29日未明に行われたUEFAチャンピオンズリーグ決勝の決勝点を叩き出したヴィニシウス・ジュニオール(レアル・マドリード)、ガブリエル・ジェズス(マンチェスターC)、ラフィーニャ(リーズ)、リシャルリソン(エバートン)…。

 欧州5大リーグの得点ランキング上位を占めるFW陣を揃える今のブラジルは頭抜けた得点力がストロングポイントだ。今回のW杯南米予選を見ても、全17試合の総得点は40。これは2位・アルゼンチンより13も多い数字だ。それだけ「どこからでも点が取れる集団」なのは間違いない。

 フォーメーションを見ても、相手によって4-4-2と4-2-3-1を併用しており、日本に対してはより攻撃の枚数を増やしてくると見られる。

 一方でチッチ監督は堅守のチーム作りに長けた指導者としても知られている。やはり南米予選のデータと見ると、総失点はわずかに5。2021年11月にホームにブラジルを迎えたアルゼンチンでさえ、リオネル・メッシやアンヘル・ディ・マリア(ともにPSG)という面々を擁しながらスコアレスドローに終わっている。

 最後尾に位置するGKエデルソン(マンチェスターC)、百戦錬磨のダニエウ・アウヴェス(バルセロナ)、マルキーニョス(PSG)など守備陣を見ても世界トップ選手ばかりだ。

 2日の韓国戦前にネイマールの負傷も伝えられるだけに、テスト的に主力以外を起用してくることも考えられるが、スキを見出すのは難しそうだ。

日本代表の戦い方は?

 これだけ超一流タレントを並べられたら、森保一監督としても、現時点での最強メンバーを送り出すしかない。指揮官は「6月4戦の選手起用は様子を見ながら決めていく」と筆者の問いに答えていたが、前述の通り、2002年日韓W杯代表メンバーらが見守る中、下手な試合はできない。指揮官自身、何としても一矢報いてやろうと考えているはずだ。

 であるならば、やはり失点をしないことを最優先に考えなければいけない。今回はマルセイユ時代にネイマールやディ・マリア封じを実際に経験した酒井宏樹(浦和)が不在というのはマイナス要素と言えるが、日本守備陣の大半が欧州トップリーグ経験者。キャプテン・吉田麻也(サンプドリア)や長友佑都(FC東京)には長年蓄積してきた感覚があるだろうし、東京五輪世代の板倉滉(シャルケ)や冨安健洋(アーセナル)もいる。冨安はこの試合に間に合うかどうか微妙ではあるが、右サイドバック(SB)もできるということで、場合によっては今回そちらのポジションでプレーするかもしれない。

吉田麻也、長友佑都らは豊富な国際経験を生かせるか?
吉田麻也、長友佑都らは豊富な国際経験を生かせるか?写真:ロイター/アフロ

 ボランチ陣はシュツットガルトのドイツ・ブンデスリーガ1部残留の立役者となった遠藤航が引き締めてくれるだろうし、田中碧(デュッセルドルフ)にも東京五輪でスペインと渡り合った経験がある。そういった持てる力を全て出し切って、まずはスキを与えないこと。そこから徹底したい。

 そのうえで、いかにゴールを奪うかということになってくるが、今回は大迫勇也(神戸)が不在。伊東純也(ゲンク)はアジア最終予選のように自由自在に前線には飛び込めないだろうし、三笘薫(サン・ジロワーズ)の“ヌルヌルドリブル”もどこまで通用するか未知数だ。それでも日本の俊敏性やハードワーク、守備意識の高さを前面に押し出せれば、高い位置でボールを奪ってカウンターを発動することも可能なはず。古橋亨梧、前田大然(ともにセルティック)のスピードタイプを有効活用することも一案だ。

 いずれにしても、相手にゴールを与えず、焦らせ、逆に一撃を与えるといった形に持ち込むことができれば、ブラジル戦(Aマッチ)初勝利の道も開けてきそう。そうなるように指揮官の秘策を見せてほしい。

試合の行方は?

 この試合で惨敗するようだと、カタールW杯本大会に暗雲が垂れ込めるかもしれない。「ドイツ・スペインには勝てない」というネガティブな状況に陥ってしまうのは、日本にとって最悪のシナリオだ。

 森保監督は最終予選で4-2-3-1から4-3-3に布陣変更し、選手の入れ替えをすることで苦境を脱してきたが、場合によっては2010年南アフリカW杯のように低い位置でブロックを作るような戦術へのシフトも考え始めることもあり得る。それだけにブラジル戦を含めた6月4戦の結果と内容が、本番の戦い方に大きな影響を与えるのは確かだろう。

 逆にブラジル相手に好試合ができれば、悲願の8強への希望も開けてくる。日本代表の今後を大きく左右することになる大一番だけに、目が離せない。

 久しぶりのビッグマッチに思いを馳せながら、まずは2日のパラグアイ戦(札幌)の戦いぶりをしっかりと見極めたいものである。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

元川悦子の最近の記事