2022年カタールW杯イヤーを無事に迎えられるのか?

 9月からスタートした2022年カタールワールドカップ(W杯)アジア最終予選で何とかグループ2位に浮上し、2021年を終えた日本代表。2022年のラスト4戦を取りこぼさなければ、自動出場枠の2位以内が確保できるところまでこぎつけた。

 日本サッカー協会は万全の態勢で1~2月の中国・サウジアラビア2連戦(埼玉)を迎え撃つべく、1月17日から国内組だけで代表合宿を始動。21日にはウズベキスタン戦(埼玉)を組んで、ベストな状態に持っていこうとしている。

 しかしながら、オミクロン株により、年末までの外国人入国禁止措置が延びそうな雲行き。それが1月後半までずれ込めば、ウズベキ戦はおろか、中国・サウジ2連戦もホーム開催できなくなる恐れがある。

 日本サッカー協会の反町康治技術委員長は「日本政府も我々がカタールW杯へ出場することの意義は分かっているはず」と強調。働きかけを強めている模様だが、先々のことはまだ何とも言い切れない。森保一監督も勝負のカタールワールドカップイヤーの出鼻をくじかれるのは避けたいはず。今は祈る思いで先々の動向を見守っているのではないだろうか。

就任当初からアクシデントの連続

 振り返ってみると、森保監督が就任した2018年8月以降、日本代表は数々のアクシデントに見舞われてきた。初陣になるはずだった9月のチリ戦(札幌)が地震でキャンセルされたのが苦難の始まりだったのかもしれない。2019年アジアカップ(UAE)は優勝を期待されながら決勝で敗れ、9月にスタートしたカタールW杯アジア2次予選もタジキスタンやキルギスに苦戦を強いられた。さらに同年11月のベネズエラ戦(吹田)を1-4で大敗し、12月のEAFF E-1選手権(釜山)で宿敵・韓国に苦杯を喫すると、解任論が浮上。翌2020年1月のAFC・U-23選手権(タイ)で1勝もできないまま1次リーグ敗退した時には、指揮官自身、最大の窮地に立たされた。

まさかの惨敗を喫した2019年11月のベネズエラ戦(筆者撮影)
まさかの惨敗を喫した2019年11月のベネズエラ戦(筆者撮影)

 その矢先にコロナ感染が拡大。東京五輪が1年延期され、W杯予選も中断。代表活動は半年以上も休止状態に陥った。同年10月のカメルーン・コートジボワール2連戦(ユトレヒト)で何とか再開にこぎつけ、監督更迭論もいったんは立ち消えになったが、森保監督の思惑通りのチーム作りができない状態になったのは間違いない。

 というのも、2018年秋の発足当初に攻撃陣を活性化させた中島翔哉(ポルティモネンセ)、堂安律(PSV)、南野拓実(リバプール)の「三銃士」がその後の移籍によって思った通りの成長を見せていなかったからだ。特に中島が代表から外れたのは、大きな誤算だったに違いない。加えて言うと、2018年ロシア組の長友佑都(FC東京)と大迫勇也(神戸)の両ベテランが当時の所属クラブで苦境に陥り、2018年時点のようなパフォーマンスを出せなくなっていた。代役を担える人材もすぐに見当たらない状況で、チームは不安に包まれていた。

最終予選も楽観視されていたが…。

 それでも、伊東純也(ゲンク)や鎌田大地(フランクフルト)ら欧州で実績を残した面々が台頭。2021年に入ってからは守田英正(サンタクララ)や山根視来(川崎)のような新戦力も出てきて、明るい兆しも感じられた。2次予選は8戦全勝・総得点46・総失点2という圧倒的な結果。この時点では「最終予選も問題なく勝ち抜けるだろう」という楽観的なムードが漂っていた。しかも今夏の東京五輪で活躍した久保建英(マジョルカ)や田中碧(デュッセルドルフ)といった若手も成長し、「1チーム・2カテゴリー」の成果も出つつあった。それだけの前向きな材料があればイケると森保監督も確信したはずだ。

 ところが、9月2日のオマーン戦(吹田)で不覚を取ったことで、そのシナリオは一気に狂った。10月のサウジアラビア戦(ジェッダ)も絶対的信頼を寄せていた柴崎岳(レガネス)の致命的ミスから0-1で敗れ、序盤3戦で2敗という崖っぷちに立たされた時には生きた心地がしなかっただろう。キャプテン・吉田麻也(サンプドリア)が「予選敗退したら責任を取って代表をやめる」と発言するなど、ここで空中分解していてもおかしくなかった。

10月シリーズで重い腰を上げた森保監督

 そこで森保監督はついに重い腰を上げる。「固定布陣・メンバーからの脱却」に踏み切ったのだ。続くオーストラリア戦(埼玉)で柴崎をスタメンから外し、中盤の形を変えて、遠藤航(シュツットガルト)、田中碧、守田を逆三角形に配置。前線も3トップにして推進力ある伊東の速さを生かせるような形に変えたのだ。これが奏功し、田中が値千金の先制点をゲット。後半に追いつかれたものの、古橋亨梧(セルティック)、浅野拓磨(ボーフム)やスピード系アタッカーを早い段階で投入。秘蔵っ子の浅野がオウンゴールをお膳立てするという劇的な勝利を飾ったのだ。

「俺たちは生き残ったぞ」と指揮官は試合後の円陣で雄たけびを上げたが、サッカーというスポーツの難しさと厳しさをこの時、改めて痛感したのではないか。11月のベトナム(ハノイ)・オマーン(マスカット)のアウェー2連戦で勝ち点6を手にした時、マスカットで現地取材していた筆者に対して「人生はつねに生きるか死ぬかですよ」と強い目力で意味深な発言をしたのも、それを我々に伝えたかったからかもしれない。

2021年11月・オマーン戦勝利の後の円陣(筆者撮影)
2021年11月・オマーン戦勝利の後の円陣(筆者撮影)

代表監督は「勝てば官軍、負ければ賊軍」

 実際、代表監督というのは「勝てば官軍、負ければ賊軍」だ。どんなにいい準備をして、理想的な内容のゲーム運びをしても、結果が出なければ戦犯扱いされる。逆に内容が多少不甲斐なかったとしても、勝利という結果が出れば賞賛される。長い時間が経過した後、人々が見るのは「内容」ではなく「結果」しかない。勝てない監督は意味がない。その事実を森保監督はこの最終予選でひしひしと噛みしめているに違いない。

 万が一、カタールワールドカップイヤーで大失敗すれば、ここまで3年3か月間、積み上げてきた努力や苦労は水の泡になってしまう。本人も日本サッカー界もそれだけは回避しなければならない。勝負の4年目で彼は果たして日本代表を劇的に進化させ、本大会切符を手にし、悲願のW杯ベスト8というところへ導けるのか…。真の評価は2022年に下されるのだ。

勝負の就任4年目で成功を収められるのか?

 そこで成功を収め、名監督の仲間入りを果たしたいと思うなら、ようやく舵を切った「固定布陣・メンバーからの脱却」をもう一歩、加速させるべきだ。指揮官は12月初旬のメディア対応で「チーム作りにおいてベースはなければいけない。ただ、序列はあるが、序列が絶対ではない。両方だと思っています」と発言しており、ここまでの既存戦力を重視しつつ、より大胆な選手抜擢を意識していくつもりのようだ。

 実際、オマーン戦でも三笘薫(サン・ジロワーズ)と中山雄太(ズヴォレ)が大活躍したが、そういうフレッシュな人材を頭から使うくらいの勇気や大胆さがあっていい。森保監督にその意見をストレートにぶつけたら「もっとそういう主張をしてください」と言われたが、代表を見守る側も建設的な提案や意見を提示すべきだ。

 いずれにしても、指揮官が「生きるか死ぬかの勝負に勝てるか」どうかは、全て2022年にかかっている。ここで停滞することなく、一気にギアを上げ、躍動感あるチームを作り上げることを強く求めたい。