東京五輪閉会式だった日に「新国立を見たかった」負の遺産にしないために今できること

本来なら閉会式が行われていたはずの9日の国立競技場(筆者撮影)

 2020年8月9日。この日は本来であれば、東京五輪閉会式が新国立競技場で華々しく行われ、17日間の熱戦が閉幕していた。リニューアルされた千駄ヶ谷駅周辺には世界中から訪れた観戦客が集まり、周辺の飲食店が盛況を博し、宿泊施設も満室……。そんなシナリオが現実になるはずだった。

 ところが、ご存じの通り、新型コロナウイルスの感染拡大で大会の1年延期が決定。最近の再拡大によって、2021年夏の開催も危ぶまれる事態に陥っている。それに伴い、新国立周辺の空気はどう変わっているのか。閉会式が予定されていた日に現地を訪れ、探ってみた。

「五輪をやってほしい」と熱望する人は少なくない

 朝10時。国立競技場前に横浜からやってきたという中年の夫婦が佇んでいた。

「(本来なら)今日は閉会式の日。どうしても新国立を見たいと思って来たんです。来年はどうなるか分かんないけど、何とかやってほしいですね」としみじみ言う。他にも写真撮影する観光客の姿が何人か見られ、コロナ禍の今も自国開催の五輪を待ち望む人が少なくないことを再認識させられた。

国立競技場駅前は閑散としていた(筆者撮影)
国立競技場駅前は閑散としていた(筆者撮影)

 2019年11月にオープンした三井ガーデンホテル神宮外苑の杜も人影はまばら。3連休の中日ということで地方から訪れた観光客は数人いたが、外国人は皆無と言っていい。

「昨年の開業以来、好調に予約が入っていて、五輪・パラリンピックの期間は関係者が宿泊する予定だったんですが、3月の延期決定に伴ってキャンセルになりました。この3連休はお客さんはいらっしゃいますが、少ないですね」とフロントスタッフは話す。1年後の五輪・パラ開催期間中も関係者が宿泊する方向で進んでいるというが、どうなるか分からない様子。五輪を見込んで新設された都内宿泊施設は同じような不安を抱えていることだろう。

 そこから神宮球場側へ半周歩くと、日本オリンピックミュージアムがある。昨年9月の開業以降、大変な賑わいで、国内外からやってきた団体バスがひっきりなしに乗り付けていたはずの施設だが、やはり家族連れや友人同士のグループなどが10人程度いるだけ。コロナ対策で6月23日から事前予約制になり、30分ごとに最大60人を入れているというが、「当日予約でも入れますよ」と入口スタッフが声をかけていた。その姿に一抹の寂しさが感じられた。平日は訪問客がもっと少ないというから、五輪延期の影響は大だ。

 隣の五輪公式ショップも客足は鈍い。

「2月にクルーズ船が横浜港に入ってから10日も経たないうちに人の姿が消えました。緊急事態宣言が開けてから再オープンしたんですが、お客さんは増えないですね」とスタッフも顔を曇らせた。万が一、五輪が中止になってしまったら、このグッズはどうなるのか……。疑問は拭えなかった。

オリンピックミュージアム隣の五輪公式ショップ(筆者撮影)
オリンピックミュージアム隣の五輪公式ショップ(筆者撮影)

延期に振り回される国立周辺の飲食店

 さらにスタジアムの4分の1周歩いて、名物ラーメン店・ホープ軒に足を延ばした。元日のサッカー天皇杯決勝・ヴィッセル神戸対鹿島アントラーズ戦の際には大行列ができていた同店もこの日は昼時だというのに余裕で入れた。

「コロナ流行後もずっとお店は空けてましたが、お客さんが3分の1に減りました。五輪に向けて外国人客が沢山来ると思って、英語や韓国語、中国語などのメニューを作って準備していたんですが、それも全く使っていないですね」と店員は伏し目がちに言う。

 数年前に取材した際には、通常時は1日平均400杯、サッカー日本代表戦や天皇杯決勝など大規模イベント時には1000杯を超えるラーメンが売れると聞いていたから、あくまで推定だが、今は1日200杯程度にとどまっているのではないか。この夏は連日ひっきりなしにお客さんがやってくることを想定して、相当な経済効果を期待していただろうが、実際はマイナスに転じている。それはホープ軒のみならず、他の飲食店やコンビニも同様だ。千駄ヶ谷駅近くにはコロナ再拡大で7月以降から長期休業しているレストランもあったほど。静まり返った新国立周辺から、五輪に振り回される側の辛さを痛感させられた。

名物ラーメン店・ホープ軒も外国語メニューを用意したが…(筆者撮影)
名物ラーメン店・ホープ軒も外国語メニューを用意したが…(筆者撮影)

新国立は使われないまま。せめて見学の機会を!

 そして最大の問題は施設利用である。総工費1600億円を投じて建設された新国立は、2019年12月21日にこけら落としイベント、今年元日のサッカー天皇杯、1月11日のラグビー・全国大学選手権が行われたが、3月以降に予定されていた嵐のコンサートや陸上全日本選手権などがキャンセルされ、現在に至っている。直近では8月22日・23日に陸上競技会「セイコーゴールデングランプリ陸上2020東京」が開催されるが、その後は来年1月1日の天皇杯決勝くらいしか予定が入っていない模様だ。年間維持費24億円という巨大施設を使わず、そこに置いたままというのは、何とももったいない。本当に意味がないことだ。

 ミュージアムを訪れた数人が「せめて本来の五輪期間に見学日を設けてほしかった。新国立の中を見たかった」と口を揃えていたが、確かにそういう工夫があってもいいのではないか。元日に1回だけ中を見た筆者としても、建設途中で全貌をつかみきれていないだけに、もう1度しっかり見学できるチャンスがあるならぜひそうしたいものだ。

ライトアップされた新国立(著者撮影)
ライトアップされた新国立(著者撮影)

 とはいえ、見学会開催には、警備員や案内スタッフの手配、サーモメータ-や消毒液の配置などさまざまな準備が必要になる。それに伴う手間も費用がかかるため、管理運営主体の日本スポーツ振興センターも二の足を踏む。その事情も理解できるが、ミュージアムのように事前予約制にして人数制限をかけ、特定の日だけに実施すれば、コストも最小限に抑えられるはずだ。

 現時点で指定管理者も決まっておらず、後利用の方向性も見えていないことも足かせになっているのだろうが、最新鋭の新スタジアムが使われないまま、白いフェンスで頑丈に覆われている様子はやはり異様以外の何物でもない。万が一、五輪中止になった場合を視野に入れても、今から新国立を使って、地域や人々と共生していく術を考えた方がいい。

新国立と東京体育館はできる限り、人々に開放を!

 新国立に隣接する東京体育館にしても、昨年夏から閉鎖されたままだ。ここにはティップネスのトレーニングルームやカフェもあり、日常的に利用する人が多かったのだが、再開のメドが立たずに困惑の声も上がっているのだ。

「東京体育館のカフェは静かで仕事や打ち合わせに使うのに便利だったし、ジムも都度利用が数百円でできたので非常に使いやすかった。2年前の6月30日にいったん閉鎖され、2021年1月から再開されると聞いていたのに、五輪延期でどうなるのか分からなくなりました。だったら今の期間はジムやカフェを再開させてもいいじゃないかと思います」とある地元住民も提言していた。

 確かに1年後の五輪準備期間に入るまでは施設自体は使われないのだから、新国立も東京体育館ももっと開放されていい。そうなるように、税負担をしている国民がもっと声を上げるべき。本来、閉会式だったこの日を意識向上のきっかけにしたいものだ。