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「一番になれ!」。メンタルモンスター・本田圭佑を作り出した家族の言葉

元川悦子スポーツジャーナリスト
1年延期になった東京五輪を目指すと改めて公言した本田圭佑(写真:ロイター/アフロ)

コロナ禍で苦しむ全ての人に向けて

「よろしくお願いします」

 4月30日の日本時間朝8時半。ブラジル・リオデジャネイロにいる本田圭佑(ボタフォゴ)がオンライン記者会見の場に現れた。自身が代表取締役社長を務める株式会社「Now Do」が29日から始めた音声コンテンツの定額制配信サービス「Now Voice」の説明をするために設けられたものだ。

 このプロジェクトは「アスリートの言葉で子供たちや人々を元気づけたい」という意味が込められており、長年の盟友である長友佑都(ガラタサライ)を筆頭に、ダルビッシュ有、錦織圭、村田諒太、石川遼、池江璃花子ら総勢16人のトップアスリートが参画。その半数以上を本田自身が声をかけて集めたというから本気度が伺える。

長友、錦織圭、石川遼らを自ら口説き落とす

 2018年ロシアワールドカップで日本代表に区切りをつけた彼を取材する機会が激減した筆者にとって、本人の肉声をじかに聞くのは、メルボルン・ビクトリーのデビュー戦を取材に行った2018年10月以来。早いもので1年7か月も時間が経っていたのかと驚かされたが、本田は相変わらず本田だった。上昇志向が強く、アグレッシブで、どこまでも前向きな人間のままであった。前夜のテレビ番組で「東京五輪出場を目指し続ける」と公言した強気のメンタリティは、新型コロナウイルス感染拡大で混乱する今も全く変わらない。それどころか、より研ぎ澄まされているようにも感じられた。

「協力してくれたアスリートたちの言葉が深かったですね。声のトーンとか感情とかがすごく刺さって、僕がユーザー目線で思っていたよりもいいサービスになるかなと。自分が子供の頃にほしかったですね」と彼は嬉しそうに語ったが、確かにトップアスリートの言葉というのは勇気や希望になることが少なくない。

「アスリートの言葉は深い。すごく刺さる」

 かくいう筆者も、本田が2015年末に千葉で開いたサッカー教室で口にした言葉から力をもらっている。

「一番大事なのは、諦めないことだと思うんです。挫折をしない人はいないし、人それぞれ悩みごとはある。それを悩みを乗り越えないことには次のステップには行けない。子供たちが今後、どの道に向かおうが、失敗はつきもの。失敗する中で最終的には続けた人間、やめなかった人間こそが勝つというのが自分の信じてきた道。そう思います」

 我々のようなライター稼業は困難の連続だ。批判にさらされることも多いし、いきなり仕事がなくなることもある。現在のコロナ禍では先行き不透明で、未来の保証など何もない。それでも諦めずに食らいついて続けるしかない。そう信じてここまでやってきた。本田の言葉はそんな筆者の思いを力強く後押ししてくれるものだった。

「やるからには勝て。2番はビリと一緒やぞ」

 このように数多くの人々に影響を与えてきた本田自身も、他者の言葉から力を得た経験があるという。最たる存在が家族だ。

「僕の場合は父親や大叔父あたりの言葉がいまだに頭の中にずっと残っています。大叔父からは『サッカーノートをつけなさい』と。それを継続することで一流選手になっていくんだと中1の時に言われて、今も欠かさず続けています。父親からもらった言葉は計り知れないほど多い。その1つが『やるからには勝て。2番はビリと一緒やぞ』。成功者はそういう言葉を強く受け止めて信じて実行しているんですよね」

 本田は会見でこうコメントしたが、家族の影響の大きさについては過去にも語ったことがある。12年前のVVVフェンロ在籍時に現地でインタビューした際にも、語気を強めていたのをよく覚えている。

強靭なメンタルの原動力となった家族の存在

 尊敬する父から口癖のように言われたというのは、このような言葉の数々だ。

「とにかく、一番になれ!」

「お前がウチで休んでる今、ブラジルでは練習してるぞ」

「お前のサッカーは全く見てられへん。全てのプレーが止まってるみたいに感じたぞ」

「何でモノレールでガンバ(大阪ジュニアユース)の練習場に通ってんねん。チャリンコで行くのもトレーニングや」

 こんな調子で苦言ばかり呈されるのが本田家。祖父も厳しく、現在、代理人をやっている兄・弘幸さんと本田が家にいたら「お前ら甘い。今から走ってこい」と鼓舞されることも頻繁にあったという。

「親父もおじいちゃんも『人より上に行きたいと思うなら、人よりやらなきゃダメだ』ってことを言いたかったんだと思います。子供時代の僕はそんな家族に認められたい一心だったかもしれない。『今に見てろよ』と毎回思ってた。ハングリー精神が物凄く鍛えられました」と彼はしみじみと語っていた。日本スポーツ界屈指の<メンタルモンスター>を生み出したのは、闘争心と競争意識あふれる家族の存在によるところが大だったのだ。

4月30日にオンライン会見した本田(筆者撮影)
4月30日にオンライン会見した本田(筆者撮影)

 今回、スタートした「Now Voice」が彼の家族のような役割を果たしてくれるか分からない。ただ、トップアスリートの言葉が生きる上でのエネルギーになる場合は確かにあり得る。コロナで学校にも行けず、サッカーもできない子供たち、仕事に行き詰っている大人たちにとっても、前向きになれるきっかけというのは今こそ必要だ。本田が立ち上げたこのサービスがその一助になってくれたらいいと思うし、第2・第3の<メンタルモンスター>が日本サッカー界に出現することを祈りたい。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

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