1月28日の木曜日の昼ごろ、いつものようにツイッターにアクセスすると、トレンドに「日本国民」というワードが上がっていた。トレンドの欄には下に小さな字で関連ワードが入っているが、そこに「バッハIOC会長」とある。

ただならぬ空気を感じて、関連のツイートを読みはじめた。どうやらIOC(国際オリンピック委員会)のトーマス・バッハ会長の発言が炎上しているようだった。

「火元」を探すと、原因となった記事はいくつか見つかったが、なかでも強力だったのは朝日新聞(電子版)のようだった。多くのツイートが寄せられている元をたどると、こんな見出しの朝日の記事があった。

〈IOC会長「どうか辛抱して」 日本国民に理解求める〉

本文を読んでみた。

〈国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長は27日、新型コロナウイルスの感染拡大で懐疑論が広がる今夏の東京オリンピック(五輪)・パラリンピックに向け、中止や再延期を否定したうえで「どうか辛抱してほしい」と日本国民に理解を求めた。今年初のIOC理事会後の記者会見で述べた〉

中止や再延期を否定したうえで「どうか辛抱してほしい」と求めた──これは強烈な言葉だ。普通に考えれば、「東京五輪開催にいろいろ問題はあるが、そこのところを日本国民は辛抱してくれないか」という意味に受け取れる。案の定、ツイッター上には──

〈なんでオリンピックの為に我慢を強いられなきゃならないわけ?〉

〈東京五輪は何が何でも絶対やる、日本国民は辛抱しろと?〉

〈寝言は寝てから言え。事は命に関わるんだぞ〉

──といったつぶやきが渦巻いていた。

多くの著名人や論客もバッハを批判するツイートをしていた。なかには、数千数万のリツイートや「いいね」を獲得しているものもあった。

腑に落ちなかったバッハ発言の記述

ネットをこのあたりまで眺めて、腑に落ちないことがいくつか出てきた。

そもそもバッハ会長の発言の意味がわからない。朝日の記事は〈中止や再延期を否定したうえで「どうか辛抱してほしい」と日本国民に理解を求めた〉と書いている。この文が炎上の源なのだろうが、いったいバッハが何を言いたいのか、この日本語では理解できなかった。

そこで、もともとバッハが何をどう言っていたのかを調べようと考えた。手間はかからなかった。IOCがバッハのリモート記者会見の抄録をネット上にあげており、会見の動画までアップしていた。

バッハが話した英語と、その日本語訳をつき合わせて精査してみる。ひとこと申し添えておくと、私は英語からの翻訳記事を柱とするニュース雑誌で長いこと編集者として働いているほか、英語の書籍も翻訳・出版しているので、この作業を責任を持って行う資格はあるだろうと自負している。細かい話になるので、面倒だと思う方はこの後の3段落を飛ばして読んでいただいていいだろう。それでも大意は追ってもらえると思う。

まず、朝日が引用した「どうか辛抱してほしい」は、原語では以下の個所の一部分だ。ちょっと長いが、バッハ発言のうち該当個所の少し前から引用する。

“We have to put the COVID countermeasures together for every possible scenario. And in this, we are relying on the advice of all the different authorities. There’s the Japanese government, the health authorities, the World Health Organization; we are talking with the manufacturers of vaccines – with all the experts. From these consultations, we can conclude that it is too early to tell which of the many COVID countermeasures will finally be the appropriate ones when it comes to the time of the Games. We just have to ask for patience and understanding – from the athletes, from the National Olympic Committees, the International Federations, the Japanese people, the Organising Committee, everybody.”

この部分を訳すと、以下のような日本語になる。文意を正確に把握するために、あえて意訳を避け、逐語的な日本語に置き換えてみる。

「私たちは新型コロナウイルスの感染対策に関して、あらゆるシナリオを考慮に入れなくてはなりません。そこで私たちは、さまざまなオーソリティーに意見を聞いています。たとえば日本政府、保健関連の機関、WHO(世界保健機関)。ワクチンのメーカーとも連絡を取り合っています。あらゆる専門家と接しているのです。こうしたやりとりから私たちが結論づけられるのは、新型コロナウイルスの多くの感染対策のうち五輪の本番で最終的に採用すべきものがどれかを決断するには、まだ時期が早いということです。選手のみなさん、各国の国内五輪委員会、各国際競技連盟、日本の国民のみなさん、組織委員会──すべての方々に理解と忍耐をお願いしなくてはなりません」

朝日新聞が書いた「どうか辛抱してほしい」というニュアンスが大変な誤訳であることがおわかりいただけるだろうか。

ただの挨拶を見出しにしてしまった

朝日新聞の翻訳・引用には、大きな問題点が3つある。

まず、日本語訳の文脈が英語とまったく違う。

ただ「どうか辛抱してほしい」と書かれたら、五輪開催そのものについて何か「辛抱」を求められたのかと思うだろう。しかし、原文を読むと意味が違うことはすぐにわかる。バッハはここで、五輪開催について「日本国民」に何かを求めているわけではない。朝日が引用した部分の少し前を読めば、コロナ対策のことを話している文脈だとわかる。該当部分を話し手の意図を補いつつ、少しやさしい日本語にすると、こんな感じだろう。

「新型コロナについてどのような対策を取るべきか、あらゆる専門家の力を借りて検討していますが、まだ残念ながら正式にお伝えできる段階ではありません。選手のみなさん、各国の国内五輪委員会、各国際競技連盟、日本の国民のみなさん、組織委員会……決定までもう少しお時間をいただくことになりますが、どうかご理解と忍耐のほどをお願いいたします」

バッハは、コロナ対策を発表できるようになるまでには、まだ時間が必要なので、その点に「ご理解と忍耐」を求めているだけなのだ。日本国民に五輪開催について「辛抱しろ」と突きつけてきたわけではない。

2点目に、朝日の記事では見出しにも本文にも、「日本国民」に「辛抱してほしい」とある。日本国民だけがバッハの訴えの対象なら、ただごとではないと思える。

しかし上の試訳からわかるように、バッハは日本国民だけに語っていたわけではない。選手、国内五輪委員会、国際競技連盟、日本の組織委員会……と、あらゆる関係者・関係機関に理解を求めている。それなのに「日本国民」だけが切り取られて伝えられれば、そこに理由があるように思われ、誤解につながる。実際、ツイッターでトレンドに上がっていたのは「日本国民」というワードだった。

バッハ発言のこの部分は「ご理解とご協力をよろしくお願いします」と同じ程度の挨拶にすぎないのだ。朝日の記者はそこにピンと来なかったのか、過剰に反応をして、重要なことのように書いてしまった。その反応は、ひとつまちがえば危険な結果につながりかねない。

3点目は、「辛抱してほしい」という言葉づかいだ。「辛抱」は “patience” の訳なのだろうが、これは重たすぎるだろう。

英語に “Thank you for your patience.” という決まり文句がある。「お待たせしてごめんなさい」くらいの意味だ。バッハは ”We just have to ask for patience and understanding” と言っているが、この “patience and understanding” という組み合わせも英語では決まり文句だ。日本語でいう「ご理解ご協力のほど」に近いだろう。それくらい軽い意味だから、決して新聞の見出しにする言葉ではない。ここに記事の作り手たちの大きな勘違いがある。

五輪関連ニュースは翻訳も重要

木曜の午後が深まり夕方になったころ、朝日の記事で上で指摘した個所のあたりが改訂されていることに気づいた。いまネット上で見られる記事の本文は以下のようになっている。

〈中止や再延期を否定したうえで「コロナ対策の具体的な内容を決めるのは時期尚早だ。どんな対策を講じるかの情報は、どうか辛抱して待ってほしい」と日本国民や選手ら、すべての関係者に理解を求めた〉

この改訂によって、上にあげた3つの問題点のうち1点目と2点目はクリアされている。

朝日が記事の本文を変えたのはよかったが、残念なことに見出しを変えることに思いが至らなかったようだ。〈IOC会長「どうか辛抱して」 日本国民に理解求める〉という誤解を招きそうな見出しは、1月29日金曜日午前の時点で変わっていない。

受け手の関心を最初につかみ、記事の大意を伝えるのは、言うまでもなく見出しだ。この記事の見出しが変わらないなら、バッハが理不尽な要求を「日本国民」だけに突きつけてきたという印象も変わらない。

報道の世界では、翻訳が必要とされる局面がたくさんある。しかも東京五輪開催の可否をめぐる問題では、このところ外国メディアの翻訳が数多く取り上げられている。

1月に入って、「東京五輪の行く手に暗雲」と書いた米ニューヨーク・タイムズ紙の記事が大きく報道され、五輪開催可否をめぐる議論に一気に火がついた。その後には英タイムズ紙が「日本の与党幹部が『東京五輪は中止というコンセンサスが政府内にできている』と語った」と報じ、日本の政府や組織委員会が火消しに追われた。

そんな状況では、外国での報道を扱うときに細心の注意が求められる。誤訳あるいは誤った内容を伝えれば、大きな問題につながりかねない。

ここで書いたミスを犯したのは朝日だけではない。確認できたかぎりでは、共同通信や毎日新聞の記事も同じように英文を雑に読み、誤訳していた。いくつもの主要メディアが初歩的な過ちを犯した理由は、まったくわからない。

誤訳で世界をゆがめないために

同時通訳の草分けのひとりである鳥飼玖美子は、その著書『歴史をかえた誤訳』(新潮文庫)で、国際政治・経済を変えたかもしれない誤訳を数多く取り上げている。どれも興味深いのだが、最も衝撃的な例のひとつは「もし違う訳し方をしていれば広島と長崎に原爆は落ちなかったかもしれない」というエピソードだ。

1945年7月26日、第2次世界大戦における日本の戦争終結条件を示したポツダム宣言が発せられた。それに対して鈴木貫太郎内閣は「静観したい」と伝えたかったようなのだが、それが「ignore(無視する)」と訳された。連合国側には、日本がポツダム宣言の受諾を「拒否」するという意味でとらえられた可能性が高いという。

この過程については、いくつもの説がある。しかし日本側の返答が否定的と受け取られなければ、その直後に広島と長崎に原爆が落とされることはなかったという見方もできなくはない。

バッハが「日本国民に辛抱をお願いしたい」といきなり言ってきたら、多くの日本人が反発を覚えるだろう。今回、バッハ発言をめぐってツイッターが荒れたのも当然のことだ。しかし、バッハはそうは言っていなかった。

今でもバッハが、「日本国民」に対して「辛抱してほしい」と言ったと思っている人は、おそらく数万数十万人にのぼる。首都圏に少しだけ雪が舞ったことを除けば、ごく平凡に過ぎていった木曜日の午後に、新聞のひとつのミスが多くの人の世の中を見る目に影響を及ぼしていたことになる。

東京五輪関連のニュースで誤訳があったにしても、世界のどこかに原爆が落ちることはおそらくない。それは幸いなことだ。

今回はこれくらいですんでよかったのかもしれない。この先もメディアには、「原爆級」の誤訳がないよう注意を払ってもらいたい。