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続・高校野球文化が破壊されている! 客席ガラガラなのにチケット完売の怪! ネット販売の3大欠点とは?

森本栄浩毎日放送アナウンサー
以前の甲子園はこうした「満員」が常だったが、今年は空席が目立った(筆者撮影)

 42000人を超えるファンが詰めかけた夏の甲子園決勝は、慶応(神奈川)が大応援の後押しも受けて、仙台育英(宮城)の連覇を阻んだ。スタンドを埋めたファンの多くが慶応に縁のある人たちで、その圧倒的なパワーを目の当たりにして、応援の在り方そのものにまで、賛否が渦巻いた。特にコロナを境にスタンドの風景は様変わりし、4年ぶりに復活した声出しも相まって、応援の力をこれまで以上に感じてしまった結果かもしれない。

アルプススタンドは変化している

 しかし、応援にまでとやかく言い出したら、甲子園の高校野球ではなくなる。かつての甲子園は「アルプススタンドにふるさとがある」と言われるほど、都道府県の特色が鮮明だった。銚子商(千葉)のスタンドでは大漁旗が舞い(現在は禁止)、徳島代表が得点するたびに阿波踊りが演奏される。広島代表の応援はしゃもじが必須だし、沖縄代表のスタンドでは指笛が鳴る。継承されているものもあるが、強豪私学全盛となって、むしろ学校単位での応援スタイルや応援曲が、試合を盛り上げている。これも甲子園の高校野球の大事な要素なのだろう。

4試合日の8時に超満員もあった

 そして、高校野球が好きで甲子園に足を運ぶファンは、試合だけでなく応援も楽しみにしている。夏の大会は1日に4試合が大半で、よほどのことがない限り、決勝以外は複数試合を見られる。かつては第1試合に注目カードがあれば、8時の開始前に「満員通知」が出たこともあった。この「満員通知」は高校野球ならではで、以前の甲子園大会は春夏を問わず、外野席を無料開放していた。阪神電車の各駅に「満員通知」を張り出して、「今から甲子園へ行っても入場できません」と伝え、チケット完売はもちろん、外野も満員になったことを表していた。ここから本題に入る。

コロナ禍以降、チケットはネット販売に

 この夏、甲子園のスタンドに空席が多かったように感じられたファンも多かっただろう。実際、ほとんどの試合で空席が5割以上はあった。にもかかわらず「チケット完売」だったのはなぜか?コロナ禍の4年前は大会そのものが中止となり、翌年の夏は、一部の関係者を除いて無観客での開催となった。昨年から客入れを再開したが、観客同士が密にならないように、1席ずつ空けることにした。そのため、全席を指定にする必要に迫られ、主催者(この場合は主催新聞社)は、売り場にファンが殺到することを避けるため、チケット販売業者に委託し、ネットで販売することになった。チケットはほぼ倍額まで大幅値上げされたが、客席の半分しか売れないのでこれは我慢するしかない。

従来通りでもチケットは高額のまま

 今年5月、コロナが5類移行したのを契機に、今夏からは全席を売れるようになった。当然、元に戻してしかるべきなのだが、チケット販売に変更はなかった。代金も高額に据え置かれたままだ。販売率が同じなら、儲けが倍になる計算で、ネット裏4200円は、とても子どもの小使いで買える金額ではないし、家族で行けば万単位の支出になる。かつては「手軽なレジャー」の代表格だった甲子園の高校野球が、コンサート並みの価格になってしまった。さらにこのネット販売には、大きな欠点が三つある。

希望の席が当たるとは限らない

 まず、自身で希望する席を選べない。ネット販売なので新幹線のようなシートマップでも出してくれれば親切なのだが、大まかなゾーンが表示されるだけで、どの席が当たるかはわからない。球場に行って初めて、座る席を目にすることになる。同じ4200円でも、当然、期待外れの席はある。長く、大会を全日通しで観戦してきた友人に聞いても、「なかなかいい席が当たらない」とぼやいていた。

試合日固定ではない発想の異常さ

 次に、これはもう高校野球の本質を全く分かっていないチケット業者の発想としか思えないのだが、中止になった場合の不親切さである。今夏は台風の襲来で、大会10日目の8月15日に順延があった。15日の試合は翌16日の開催になり、玉突きのように試合日が繰り延べになっていく。かつてのチケットは試合日固定で、順延があっても希望する試合が見られた。つまり、10日目のチケットは16日に使えたのだが、今年のようにお目当てのカードが16日になってしまえば、チケットを買い直さねばならない。また16日のチケットを持っている人は、本来、見るはずのなかった試合を見る羽目になる。高校野球ファンの心情を理解しているとは到底、思えない。

全席指定で追加販売ができず

 そしてもう一つは、ガラガラのスタンドにつながる指定席の欠陥である。高校野球は朝から4試合を通して見る熱心なファンも少なくないが、多くのファンは見たい試合に合わせて来場する。その試合が早ければ早いほど、第3、第4試合で空席が増える。お目当ての試合が終われば帰ってしまうから当然だ。以前は、帰宅客の数に合わせてチケットの追加販売があり、その旨のアナウンスもなされたため、道路高架下の涼しい場所で待つファンもいた。指定席は、わずかの時間でも退出すると再入場できない。転売したり、譲渡したりする人が現れるから仕方がないのだが、カムバックできるような方法を考えつかないものかと思ってしまう。

甲子園が泣く!空席が目立つスタンドは

 いずれの欠点も、ファンを二の次にしたものであることがお分かりにいただけたと思う。コロナという不測の事態がもたらした負の産物とはいえ、運用が通常に戻っても、ファンは置き去りにされたままだ。冒頭の過度な?応援も、ファンがスタンドを埋めてこそ成立する。甲子園のスタンドが、ファンが、長い時間をかけて高校野球を育んできた。初めて甲子園で高校野球を見て半世紀以上、チケット売り場に並んだ経験もあれば、朝から晩まで観戦した経験もある筆者は、高校野球文化を支えるファンの一人として、選手たちがプレーする姿をより多くの人たちに、生で見てもらいたいと、切に願っている。テレビやネットでは伝わらない良さが、甲子園にはある。空席の多いスタンドでは、あまりにももったいなさすぎる。

毎日放送アナウンサー

昭和36年10月4日、滋賀県生まれ。関西学院大卒。昭和60年毎日放送入社。昭和61年のセンバツ高校野球「池田-福岡大大濠」戦のラジオで甲子園実況デビュー。初めての決勝実況は平成6年のセンバツ、智弁和歌山の初優勝。野球のほかに、アメフト、バレーボール、ラグビー、駅伝、柔道などを実況。プロレスでは、三沢光晴、橋本真也(いずれも故人)の実況をしたことが自慢。全国ネットの長寿番組「皇室アルバム」のナレーションを2015年3月まで17年半にわたって担当した。

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