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恩師に惜別星を! 東洋大姫路は節目の甲子園20回目出場

森本栄浩毎日放送アナウンサー
東洋大姫路は、近畿大会で智弁学園に快勝し、センバツ出場を手繰り寄せた(筆者撮影)

 甲子園のお膝元でもある兵庫は強豪がひしめく。報徳学園を筆頭に、育英、滝川二(滝川)などの名門に加え、近年は神戸国際大付と明石商が代表争いの中心となっている。そんな中で、ファンも久しく名前を聞いていなかった東洋大姫路が14年ぶりに出場する。

10年以上の低迷期経て

 兵庫南西部の中核・姫路市にある同校は、昭和52(1977)年の夏に全国制覇を達成するなど、長く兵庫をリードする存在だったが、平成になってからは苦戦が続くようになった。夏を合わせても11年ぶりの甲子園となるから、低迷期間も決して短くはない。昨秋も兵庫大会準決勝で社に敗れ、明石商に3位決定戦で勝って、辛くも近畿大会進出を決めていたが、選手たちには、どうしても負けられない理由があった。

藤田監督退任決意に選手燃える

 藤田明彦監督(65)が退任を決意していたのである。新チーム始動間もない昨年8月中旬、藤田監督は選手たちを前に、生い立ちから話し始め「3月いっぱいでユニフォーム脱ぐ」と伝えた。エースの森健人(2年)は「選手たちの間で『絶対に甲子園で指揮を執ってもらおう』という話になった。1試合1試合、諦めずにやれたのはそれがあったから」と振り返る。秋の県大会3回戦で報徳に延長の末、1‐0で勝った試合がまさにその象徴だ。森が10回を6安打無失点の公式戦初完封で飾れば、捕手で9番打者の村崎心(2年)が決勝打を放つ。村崎は秋の公式戦9試合でわずか3安打1打点。唯一の打点が貴重な決勝点となった。藤田監督は「森も村崎も勝ち運を持っている」と話すが、バッテリーを軸にした堅守は同校の伝統でもある。

エースが緩急をマスター

 兵庫3位で臨んだ秋の近畿大会の初戦は、智弁学園(奈良)が相手と決まった。昨夏の全国準優勝校で、県大会でも優勝している。夏の県大会で神戸国際大付に痛打され、コールド負けした苦い経験を持つ森は、自身の投球スタイルを大きく変えていた。それまでは、打者の内角を突く速球とスライダーを軸に横の揺さぶりで相手を抑えてきたが、藤田監督から「横の変化だけでは通用しない。緩急を使える縦の変化球も必要」とアドバイスされた。自身も「カーブを覚えたい」と思っていたこともあり、すぐにマスターできた。前チームほどではないが、智弁の強打は近畿でも屈指で、下級生にも多くの逸材がいる。森は、持ち前の強気の攻めに緩急を織り交ぜて勝負を挑んだ。

東洋野球体現で智弁学園倒す

 試合は序盤、村崎がチーム初安打を放って先制点につなげると、森が懸命にその1点を守る。

東洋大姫路の森は、最速144キロの速球にフォーク、スライダーと大きなカーブで強打の智弁学園を完封した(21年10月17日、筆者撮影)
東洋大姫路の森は、最速144キロの速球にフォーク、スライダーと大きなカーブで強打の智弁学園を完封した(21年10月17日、筆者撮影)

 「中学時代から得意だった」という内角攻めが冴えわたり、智弁打者の腰が引けたところに大きなカーブでタイミングを外す。再三のピンチを無失策で支えたバックは、8回に追加点を奪って援護し、森の6安打完封劇を見事に演出した(タイトル写真)。「すべては森頼み。ボールも気持ちもコントロールできる。勝てるとしたら1-0だと思っていた(実際は2-0)」と藤田監督は興奮を隠しきれなかった。この勝利が甲子園を大きく手繰り寄せたことは間違いない。伝統の「東洋野球」を体現した会心の勝利だった。

指導者としてピリオド打つ監督に勝利を

 藤田監督は西脇市出身で、選手としても2年連続で夏の甲子園出場。東洋大を経て、社会人の名門・東芝でも選手、監督として活躍した。

試合中も大きなゼスチャーで選手たちを鼓舞し続けた藤田監督。右隣の三牧一雅部長(65)も今春、同時に退任する。東洋大姫路にとって、忘れられないセンバツになりそうだ(筆者撮影)
試合中も大きなゼスチャーで選手たちを鼓舞し続けた藤田監督。右隣の三牧一雅部長(65)も今春、同時に退任する。東洋大姫路にとって、忘れられないセンバツになりそうだ(筆者撮影)

 平成9(1997)年、東洋大姫路の監督に就任し、ベトナム人のアン投手(東芝=36)を擁して、センバツで花咲徳栄(埼玉)との延長15回引き分け再試合を制するなど、高校野球史に残る熱戦を演じた。しばらく現場の指導を離れたが、平成23(2011)年に復帰すると、原樹理(ヤクルト=28)の活躍で夏の甲子園8強に進んだ。通算19年の高校野球監督歴で甲子園では8勝5敗1分け。6回目の采配となる今春を花道に指導者としてもピリオドを打つ。「甲子園で終われるのは最高の幸せ」と、現役時代からめざし続けた原点の舞台へ思いを馳せている。「学校としては甲子園20回出場の節目。個人的にはあと二つ勝てれば通算10勝になる」と監督が意気込めば、森も「ベスト8以上はいきたい。甲子園では完封したい」と、恩師へ惜別の勝利を誓った。

毎日放送アナウンサー

昭和36年10月4日、滋賀県生まれ。関西学院大卒。昭和60年毎日放送入社。昭和61年のセンバツ高校野球「池田-福岡大大濠」戦のラジオで甲子園実況デビュー。初めての決勝実況は平成6年のセンバツ、智弁和歌山の初優勝。野球のほかに、アメフト、バレーボール、ラグビー、駅伝、柔道などを実況。プロレスでは、三沢光晴、橋本真也(いずれも故人)の実況をしたことが自慢。全国ネットの長寿番組「皇室アルバム」のナレーションを2015年3月まで17年半にわたって担当した。

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