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母の過剰な愛情が娘を追い詰める。「毒親」を主題にした脚本は、進学塾講師の実体験を生かして

水上賢治映画ライター
「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影

 それがいいことなのか微妙ではあるが、日本ではもうすっかり言葉が定着している「毒親」。子供に対して過剰な教育や躾を強いる親のことを差すが、お隣、韓国でもそのような親の存在がいま大きな社会問題に。「毒親」という言葉が世間に浸透しつつあるという。

 韓国映画「毒親<ドクチン>」は、そのような韓国社会を背景にした本格ミステリーだ。

 学校でトップを争うほど成績優秀な優等生のユリと、その娘を誰よりも愛し、理解し、深い愛情を注ぐ美しき母、ヘヨン。傍から見ると母子の関係は非の打ちどころがない。だが、それは表面上に過ぎない。作品は、実はその裏にあったいびつな母と娘の関係を、ユリの謎の死から徐々に浮き彫りにしていく。

 見事なストーリーテリングと確かな演出力で、母と娘の間にあった愛憎を描き出したのは、本作が長編デビュー作となるキム・セイン監督。

 1992年生まれの注目の新鋭である彼女に訊く。全七回。

「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影
「毒親<ドクチン>」のキム・スイン監督  筆者撮影

実はデビュー作は別の作品になるはずだった??

 はじめに「毒親<ドクチン>」は、彼女の記念すべきデビュー作。

 プロフィールを拝見すると、韓国の男性アイドルグループ「神話(SHINWA)」のキム・ドンワンが主演を務めた2022年の「覗き屋」では脚本を、昨年、日本でも公開された「オクス駅お化け」では脚色を担当している。つまり脚本家としてまずキャリアをスタートさせている。

 その中で、今回の脚本は、自身が監督デビューに当たって念頭に置いていたものだったのだろうか?

「いや、実はそもそもわたしが目指していたのは映画監督で。大学でも演出を専攻してました。脚本家及び作家志望ではありませんでした。

 だから、基本的にシナリオは常に自分で監督をすることを前提に書いています。

 その中で、脚本コンテストに応募したら受賞して。そのことをきっかけに脚本のお仕事をいくつかいただいてということになってまず脚本家として映画に参加することになりました。

 ただ、わたし自身があくまで目指していたのは映画監督としてデビューすることでした。

 記念すべきデビュー作で念頭に置いていた脚本はあったかということですが、正直なところ『これを絶対』というものはありませんでした。

 実はその時点で、すでに書き上げている脚本がいくつもあって。どれか企画が通って、制作支援金を得ることができてはじめて監督デビューへとつながる。

 だから、企画が通ったものが、デビュー作になるといった感じでした。

 で、ちょっと裏話になるのですが、一つ企画が通ったんです。実は、その作品はすでに完成しています。まだ日本では公開が決まっていませんが『テチドン スキャンダル』という作品で、韓国では来月5月から公開が予定されています。当初、この作品がわたしのデビュー作になる予定でした。

 では、なぜ、『毒親<ドクチン>』がデビュー作になったかというと、同時期にプロデューサーの方から打診を受けたんです。『毒親』をテーマに脚本を書いてみないかと。

 どうしてそのような話をいただいたかというと、『テチドン スキャンダル』と少し関係していて。実は、テチドンは韓国の町の名前なんですけど、ここは受験生の町で。ソウル大学をはじめ名門大学に行くための進学塾が集まっている。教育熱心な親たちが子どもを名門校に入れようと、何億もするマンションに引っ越してくるようなところなんです。

 わたしはここで2018年5月~2019年12月いっぱいまで、約1年半ほど、国語の塾の講師をしていました。そのことをプロデューサーの方が知っていて、脚本を書いてみないかと声をかけてくださったんです。

 結果として書き上げた脚本にゴーサインが出て、『テチドン スキャンダル』よりも早く動き出すことになって、『毒親<ドクチン>』がデビュー作になりました」

「毒親<ドクチン>」より
「毒親<ドクチン>」より

塾講師の経験を生かせば、いい脚本が書けるのではないか

 「毒親」というテーマを提示されたとき、まずどんなことを考えたのだろうか?

「先ほどお話ししたように、1年半、塾の講師をしていたので、その間、ほんとうにいろいろな親御さんにお会いしました。

 それこそ、モンスター・ペアレンツといわれる常にクレームを入れてくる親御さんもいましたし、毒親とは正反対でひじょうにお子さんの考えを第一に考えて尊重する親御さんもいらっしゃいました。

 また、塾の講師がメインに接するのは、受験生たちにほかなりません。

 毎日のように顔を合わせてるので、子どもである彼ら彼女たちの気持ちもよくわかる。

 親御さんとも、子どもたちとも正面からむきあうことで、わたし自身、考えさせられることが多々ありました。

 過度なプレッシャーを受ける子どもがいたら、やはり塾講師ではありますけど先生として大人としてどうにか力になりたいと思いましたし、子どもたちに自分は何を与えられるのか考えることもありました。

 ですから、『毒親』というお題を前にしたときは、すぐにイメージがわいてきたというか。

 塾講師の経験から自分には話のタネがいっぱいあり、いろいろと書けることがある。

 そのことを基にすれば、いい脚本が書けるのではないかと思いました」

(※第二回に続く)

「毒親<ドクチン>」より
「毒親<ドクチン>」より

「毒親<ドクチン>」

監督・脚本:キム・スイン

出演:チャン・ソヒ、カン・アンナ、チェ・ソユン、ユン・ジュンウォン、オ・テギョン、チョ・ヒョンギュン

公式サイト https://dokuchin.brighthorse-film.com/

ポレポレ東中野ほか全国順次公開中

筆者撮影以外の写真はすべて(C)2023, MYSTERY PICTURES, ALL RIGHTS RESERVED

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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