実際に会った演じる役のモデルが撮影直前に死去。彼の思いを胸に挑み役者として初めて体験したこと
北ヨーロッパに位置するエストニアから届いた映画「Firebird ファイアバード」は、冷戦時代、ソ連占領下にあった同国を舞台に、二人の青年軍人の愛の行方が語られるラブストーリー。
ロシアの俳優セルゲイ・フェティソフがセルゲイ・ニジニーというペンネームで発表した自身の回顧録「ロマンについての物語」をもとに、同性愛はタブーで発覚すれば厳罰処分という中での、彼らの秘められた愛が描かれる。
あえて本作をジャンル分けするとすれば、LGBTQ映画ということになるのだろう。
ただ、本作はそのひと言では片づけられない、もしかしたら製作された2021年よりもいまの方が大きな意味をもつ1作になっている。
というのも、2021年、エストニアにおいて、LGBTQ映画として初めて一般劇場公開されると大ヒットを記録。その反響がひとつのきっかけとなり、同国では2023年3月に、国会で同性婚法が成立。今年1月に施行されることになった。これは旧ソ連圏では初のことになる。
また、いみじくもソ連占領下の物語は、ロシアによる支配というものがいかに強権的で自由が許されないものであるかを露わに。
そこで気づかされるのは、いまだロシアの脅威にさらされる戦い続けるウクライナの人々の思いにほかならない。
世界で大きな反響を呼ぶ本作の主要メンバーのインタビュー集。
二人目は、主演・共同脚本・プロデューサー・音楽監修を兼務したトム・プライヤーに訊く。全四回。
いままで役者をやってきて体験したことのない不思議な感覚
前回(第二回はこちら)、撮影前に惜しくも亡くなった原作者、セルゲイ・フェティソフとの思い出を明かしてくれたトム・プライヤー。
「セルゲイを演じている間は、ずっとセルゲイさんとつながっている感覚がありました」とのことだが、ラストシーンではこんなことを感じていたという。
「終盤のシーンなので詳細は控えますが、僕が演じるセルゲイがアップで映される場面がありますよね?
あのシーンでは、いままで役者をやってきて体験したことのない不思議な感覚になっていました。
あのシーンでは、ほんとうにセルゲイさんの人生が見えたといいますか。
セルゲイとロマンが過ごした日々というのが走馬灯のようによみがえってきたんです。
それは、セルゲイがまるで僕の体に乗り移って、彼の記憶が僕の頭の中をかけめぐっていくような感覚でした。
だから、あのシーン、僕は演技をしている感覚がほとんどなかった。
どこかの時点から、自分ではなくなっていて、セルゲイとしてただあの場に身を置いているような感じでした。
自分の素の状態ともちょっと違う、セルゲイという人間としてあの場にいて、気づいたらあのような表情になっていました。
役者をやってきて、それなりにキャリアを積んできましたけど、こんな感覚になったのは初めてです。
役者さんでよく『役が憑依してきた』とおっしゃる方がいますよね?
僕はいままで体験したことがなかったけれども、もしかして、『こういうことを言っているのかな?』と思いました。
そして、ずっとセルゲイさんを身近には感じていましたけど、あのシーンこそが、彼ともっともつながった感覚をもったシーンといっていいです。
目には見えない不思議な力に導かれたシーンといっていいと思います」
何か計算したり、プランを提示したり、といったことをやる必要がなかった
改めてセルゲイと向き合った日々をこう振り返る。
「さっきも少し話しましたけど、いままでにない時間を過ごした気がします。
撮影スケジュール自体は、何日間か撮影日があって、1日休みをとってというサイクルで。日程がキツキツというわけではなかった。
ただ、撮影日は集中して撮りたいとスタッフとキャストとの意向が一致していた。
それで、撮影日に関しては午後に一度、軽く休憩を挟む程度で、1日10時間ぐらいみっちり撮っていたんです。
となると通常、役者としては切り替えが必要になってくるというか。
ずっと集中して根を詰めてしまうと、いろいろとすり減ってしまって、最後までもたなくなってしまうかもしれない。
だから、まあ休みの日は、あまり役のことを深くは考えないことにしてリフレッシュすることに努める。
僕も通常はだいたいそういう感じにしている。
でも、今回は違って。休みの日も役のことが完全に頭から離れることはなかった。ただ、それが苦じゃないというか。
セルゲイという役についていろいろと思いを馳せて、どう取り組もうか考えることが、すごく楽しかったんです。
セルゲイさんの思いもきちんと乗せないといけないので、責任重大ではあったのだけれど、なんか楽しかった。
で、そうこうしていたら、さきほど話したように気づけばセルゲイさんとつながりを感じるようになっていた。
そこからは、もう僕はある意味、役作りとか演技プランとかほとんど考える必要はなくて、身を委ねるだけだった。
撮影を進めていく中で、『こう撮るのがベスト』ということが自然に決まっていって、僕はただその中に取り込まれていくような感じでした。
だから、何か計算したり、何かプランを提示したり、といったことを僕はやる必要がなかった。
そういう境地にいつの間にか立っていたんですよね」
セルゲイは何があろうとも自分の気持ちに忠実に生きた人
では、実際に演じてみて、セルゲイの人生をどう感じただろうか?
「ひと言で表すと、彼は何があろうとも自分の気持ちに忠実に生きた人ではないかと。
映画を見てもらえればわかるように、この時代というのは、自分の思いのまま生きることは許されなかった。
同性愛は犯罪とされ、社会もほぼ無理解だった。
こういう中で、自分の偽らざる気持ちに忠実に生きるということは難しい。
たとえ、同性愛でないとしても、たとえば国に批判的なことを言うのは控えようといった感じで、自分の本心を明かすことを控えてしまう。
自分が信じていることも、周囲の状況をみて、信じていないということにしてしまう。
でも、セルゲイの心は揺らぐことはなかった。ロマンへの愛をないものにしなかった。
あの時代、なかなかできなかったことだと思います。
すごい人だと改めて思いました」
(※第四回に続く)
【「Firebird ファイアバード」トム・プライヤー インタビュー第一回】
【「Firebird ファイアバード」トム・プライヤー インタビュー第二回】
「Firebird ファイアバード」
監督・脚色:ペーテル・レバネ
共同脚色 : トム・プライヤー、セルゲイ・フェティソフ
原作 : セルゲイ・フェティソフ
出演 : トム・プライヤー 、オレグ・ザゴロドニー、ダイアナ・ポザルスカヤほか
公式サイト https://www.reallylikefilms.com/firebird
新宿ピカデリーほか全国公開中
筆者撮影以外の写真はすべて(C) FIREBIRD PRODUCTION LIMITED MMXXI. ALL RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms