「執念で完成させた起死回生の一作」。

　映画「獣手」は、そう言っていいかもしれない。

　俳優になる夢を追いかけながら、映画制作会社で働き始めるもいつしか希望も情熱も失いかけていた福谷孝宏（ふくや・たかひろ）が一念発起。

　全財産をつぎこんで10年来の付き合いがあった夏目大一朗監督とともに自身主演の短編映画を作り上げると、次は本作の長編化を視野に。

　クラウドファンディングで資金を調達し、コロナ禍も潜り抜けて、執念で完成させた。

　またこれはまったく狙ったわけでも意識したわけでもないが、作品自体が福谷本人のここ数年の歩みをなぞるような内容に。

　簡単にストーリーに触れると、福谷が演じた小暮修は、キレると何をするかわからない先輩の乾から、同じく暴力を受けていた小雪とともに縁もゆかりもない地へ。

　トラブルに巻き込まれた修は左手を失い、代わりに異形の手を移植。その異形の手が仇となり、間もなく小雪が出産というとき、手を悪用しようとする連中の魔の手が迫る！といった内容。

　いわば男女の逃避行がスプラッターとバイオレンスアクション満載で描かれる。

　その中で主軸となっているのが修と小雪の関係の変化なのだが、奇しくも福谷は本作での共演をきっかけに小雪を演じた和田光沙と結婚。夫婦になると、本作の撮影終了後、和田は妊娠が判明し、無事出産、福谷は父親になるという、不思議と実人生が修と小雪の歩みとリンクすることになる。

　ひとりの男が執念でひとつの夢を実現させた映画「獣手」のインタビュー集。

　二人目は、夏目大一朗監督に訊く。全五回。

この作品にかけて、もっと上を目指せれば

　前回（第一回はこちら）、福谷から一緒に映画を作らないか突然打診を受け、彼の書いたプロットをもとに短編「手」の脚本を一気に書き上げたことを明かしてくれた夏目監督。

　そのときの福谷の熱意をこう振り返る。

「お話ししたように、死んだような顔をずっとしていて。疲弊しきった冴えない表情しかしばらく見ていなかった。

　それがこのときは、生き生きしていて、まず安心した記憶があります。

　それから話してみると、ストレス発散じゃないけれども、もうここで動かないと自分はどうにもならない、叶えたい夢も叶わないといった話で。

　もう自分の有り金をはたいてやりたいという。ままならない現状をどうにか打破したいという。崖っぷちからどうにか這い上がりたいみたいな感じだったんです。

　その熱意には、僕自身も奮い立たされるものがありました。

　僕自身もはっきり言って、思うようにはなれていない。自身の現状に不満がないかといったらウソになる。

　福谷くんと同じで、ままならない現状を変えたい気持ちがあった。

　だから、福谷くんとともに、この作品にかけて、もっと上を目指せればと思いました」

会ったこともない俳優に出演オファー

　その中で、脚本を書き上げ、次にすぐとりかかったのはキャスティングだったという。

「さきほど触れたように、福谷くんが貯金をはたいてもやりたいということだった。

　ならば、いつもやっているメンバーではなくて、それなりに名の知れていて実力もある役者さんと組めないかと考えました。

　ただ、自主映画の短編映画ですし、バイオレンス描写があるハードな内容。メジャー級の人に出てもらうのは正直難しい。

　だから、メジャー映画とインディーズ映画を往来しているようなタイプの俳優さんになんとか出てもらえないかなと。

　そう考えて、乾役でまず真っ先に思い浮かんだのが川瀬陽太さんで、小雪役では和田光沙さんだった。

　お二人に、もうダメもとで打診することにしました。

　で、今回の場合、当然だけれども出演交渉も自分でやるしかない。ただ、そういう交渉ごとをあまりしたことがないから勝手がよくわからない。

　だから、和田さんも話されたと思うんですけど……。

　和田さんのSNSのDMに送ったんですよね。『出てもらえませんか』と（苦笑）。

　一度も会ったことがない、SNSでつながっていたわけでえもないのに、いきなり企画書とかを送った。

　和田さんが話していたと思いますけど、怪しすぎますよね。

　今考えると、返答がこなくても仕方ないなと思うんですけど、和田さんは前向きに考えてくださって、出演を受けてくださった。

　川瀬さんも承諾いただけた。

　これでキャストも決まって、そこからはもう撮影に入るまでは、僕と福谷くんの二人きりでほぼほぼ準備を進めていきました。

　撮影に入る前に、一度、顔合わせを兼ねた衣装合わせをしました。川瀬さんと和田さんもお呼びして、本読みも軽くしたんですけど、そのスペースも福谷くんが当時務めていた会社を間借りしてやりました。

　そんな感じで、自主映画なので、切り詰められるところは切り詰めて、二人で準備をしていきました」

（※第三回に続く）

【「獣手」夏目大一朗監督インタビュー第一回はこちら】

映画「獣手」

監督：夏目大一朗

脚本：春日康徳・夏目大一朗

出演：福谷孝宏　和田光沙　

川瀬陽太　松浦祐也　内藤正記　飯田浩次郎　上西雄大　諏訪太朗

助監督：坂野崇博　

撮影：石井千秋　　

録音・音響効果：丹雄二　

照明：寺本慎太朗　　　

特殊造型：土肥良成　　

アクション監督：AKILAakaHOUDIN（Arkmist）　

編集：鈴木崇浩　　

VFX：若松みゆき　　

カラリスト：大西悠斗　　

スチール：AI TERADA　

音楽：高橋剛・Open the case

主題歌『ツナグ』

作詞・作曲：高位妃楊子　　　

歌：樹音　　

プロデューサー：福谷孝宏

公式サイト　https://filmdog.jp/kemonote/index.html#top

大阪・シアターセブンにて公開中、以後、全国順次公開予定

筆者撮影以外の写真はすべて (c) 2023映画畑