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姿を消した妻の行方を探す男が愛憎渦巻く幻惑の世界へ。独自の美学をもつ新鋭がデビューで目指したこと

水上賢治映画ライター
「海街奇譚」より

 売れない俳優が、姿を消した妻を探しに彼女の故郷である離島の港町へ。

 すると、うらぶれた島では海難事故で行方不明者が出る不穏な出来事が続き、仏の頭がどこかに消えるという不可思議な出来事も。

 鬱屈とした日々を送り、精神状態も不安定な俳優は次第に過去が現在か、夢が現実かわからない世界へと迷い込んでいく。

 映画「海街奇譚」は、こんな人生の袋小路に迷い込んでしまったひとりの男の彷徨う魂の行き先を描く。

 その中で、目を見張るのは、グロテスクでありながら、どこかエロティックさも感じさせる独特の美が存在する映像と、現実と夢、過去と現在と未来、記憶と忘却を自由に往来するミステリアスかつサスペンスフルなストーリー。なにかこちらを惑わせ、迷わす異世界に誘う、どこか甘美、でも危うい魅力を放つ1作となっている。

 驚くべきことに手掛けたのは本作が長編デビュー作となるチャン・チー監督。

 1987年生まれの中国の新鋭として注目を浴びる彼に訊く。全四回。

「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影
「海街奇譚」のチャン・チー監督  筆者撮影

長編映画を目標に、着実にステップアップを目指してやってきました

 はじめに触れておくと、チャン・チー監督は、イギリスのノッティンガム大学国際コミュニケーション学科卒業から、北京電影学院演出科修了を経て、舞台演出家、舞台美術家として活動を開始。2010年~2015年まではCMや短編映画などを手がけ、2016年に1時間ほどの中編「Edge Of Suspect」を発表し、2019年、「海街奇譚」で念願の長編デビューを果たしている。

 なにかひとつづつキャリアを積み重ねながら、長編に万全を期して臨んだような印象を受けるのだが、実際はどうだったのだろう?

「おっしゃる通りですね。

 学生時代から長編映画を作ることを目標にして、ひとつひとつステップを踏んできたところがありました。

 たとえば短編映画であれば、ひとつのアイデアやひとつの設定で作ることが可能です。もう初期衝動に突き動かされて、思いひとつで完成させることも可能でしょう。

 でも、長編映画となると話は違ってきます。ひとつのアイデアでは到底押し切ることはできない。

 長編映画にふさわしい語るべき物語が必要になってくるし、それを時に的確に、時に大胆に、時に斬新に表現する演出力も必要になってくる。

 ですから、わたしは長編映画を大きな目標に置いて、それに向けて物語のアイデアやエピソードといった素材を集め、それをきっちり映像で表現できるように自分なりに演出の力をつけようと努力を重ねました。

 キャリアを見てもらえればわかるように、いろいろと学びたくて舞台演出から舞台美術、CMといった分野にも挑戦しています。

 映画に関しても短編をまず作り、次に中編に取り組んで、そして、今回の『海街奇譚』と確実なステップを踏んできました」

中編の『Edge Of Suspect』を発表した後、ちょっと先が見えた

 というように長編映画を作ることを目指してキャリアを重ねてきたとのこと。

 用意周到に準備を進めてきたということだが、逆にいつ長編へ踏み出す決断はついたのだろうか?

「そうですね。なかなか言葉で説明できないのですが、そう踏み出せると考えたタイミングのときに条件が揃った気がします。

 中編の『Edge Of Suspect』を発表した後、ちょっと先が見えたというか。

 次は長編映画になるのかな、という思いが自分の中に生まれました。

 そう意識が動いたのもあったからか、長編映画を作るに足るいろいろな素材が集まるようになりました。

 一方で、自分の演出家としてもそれなりにキャリアを積んで技術的なことも自信をつけはじめていた。

 また、年齢的に30歳を手前にしたぐらいで、新たなチャレンジに踏み出してもいい時期に来ていた。

 そういうことが合わさって、初の長編に踏み出すことにしました。

 まあ、ここまでは万全を期して慎重にやってきましたけど、今回、長年の目標だった長編映画への挑戦をクリアしました。

 今回の経験で、長編映画を作るには、どういうものが必要でどういうことが大切なのかもわかったところがある。

 大変なことではあるけれども、自分の中での長編映画にトライすることのハードルは少し低くなったところがあります。

 なので、今後はもしかしたら初期衝動にかられて、その思いだけで長編映画を作ることがあるかもしれません(笑)」

「海街奇譚」より
「海街奇譚」より

初の長編、やはり自分の好きな映画を作りたいですから

 では、「海街奇譚」はどういうインスピレーションから生まれたのだろう?

「まず漠然としたイメージではあるのですが、初の長編は、ミステリー映画、サスペンス映画にしたい気持ちがありました。

 というのも昔からミステリー映画やサスペンス映画が好きで。しかも王道というよりは、一筋縄ではいかない、なかなか答えがでないようなタイプの作品が好み。

 実は、さきほどから何度か話に出ている中編『Edge Of Suspect』もタイトルからもわかるようにサスペンスでした。

 なので、さらに推し進めた形のサスペンス映画が作れないか考えました。

 初の長編、やはり自分の好きな映画を作りたいですからね」

 ちなみに好きなサスペンス、ミステリー映画は?

「いろいろあります。

 たとえばアメリカでしたら少し前の作品になりますがデヴィッド・フィンチャー監督の『セブン』。

 それから韓国や日本にも好きな作品があります。

 韓国映画だったらポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』、日本映画であればちょっと趣きが違うのですが奇妙な物語になっている今村昌平監督の『赤い橋の下のぬるい水』などが好きです。

 これらは、今回の『海街奇譚』を作るに当たって参考にしたわけではありません。

 ただ、こういった作品を自分もいつか作りたいと思っていました」

(※第二回に続く)

「海街奇譚」ポスタービジュアル
「海街奇譚」ポスタービジュアル

「海街奇譚(うみまちきたん)」

脚本・監督:チャン・チー

撮影:ファン・イー  視覚効果:リウ・ヤオ

音楽:ジャオ・ハオハイ  美術:ポン・ボー

共同脚本:ウー・ビヨウ

編集:シュー・ダドオ

出演:チュー・ホンギャン、シューアン・リン、ソン・ソン、

ソン・ツェンリン、チュー・チィハオ、イン・ツィーホン、

ウェン・ジョンシュエ

公式サイト  https://umimachi-kitan.jp

東京 シアター・イメージフォーラム にて2/23まで上映、大阪 シネ・ヌーヴォ にて3/2〜、兵庫 Cinema KOBEにて、神奈川 川崎市アートセンターにて3/9〜

京都 アップリンク京都にて3/15〜公開

筆者撮影以外の写真はすべて(C)Ningbo Henbulihai Film Productions/Cinemago

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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