「執念で完成させた起死回生の一作」。

　映画「獣手」は、そう言っていいかもしれない。

　俳優になる夢を追いかけながら、映画制作会社で働き始めるもいつしか希望も情熱も失いかけていた福谷孝宏（ふくや・たかひろ）が一念発起。

　全財産をつぎこんで10年来の付き合いがあった夏目大一朗監督とともに自身主演の短編映画を作り上げると、次は本作の長編化を視野に。

　クラウドファンディングで資金を調達し、コロナ禍も潜り抜けて、執念で完成させた。

　またこれはまったく狙ったわけでも意識したわけでもないが、作品自体が福谷本人のここ数年の歩みをなぞるような内容に。

　簡単にストーリーに触れると、福谷が演じた小暮修は、キレると何をするかわからない先輩の乾から、同じく暴力を受けていた小雪とともに縁もゆかりもない地へ。

　トラブルに巻き込まれた修は左手を失い、代わりに異形の手を移植。その異形の手が仇となり、間もなく小雪が出産というとき、手を悪用しようとする連中の魔の手が迫る！といった内容。

　いわば男女の逃避行がスプラッターとバイオレンスアクション満載で描かれる。

　その中で主軸となっているのが修と小雪の関係の変化なのだが、奇しくも福谷は本作での共演をきっかけに小雪を演じた和田光沙と結婚。夫婦になると、本作の撮影終了後、和田は妊娠が判明し、無事出産、福谷は父親になるという、不思議と実人生が修と小雪の歩みとリンクすることになる。

　ひとりの男が執念でひとつの夢を実現させた映画「獣手」のインタビュー集。

　三人目は、主演の小雪を演じ、途中からは制作サイドにもまわることになった和田光沙に訊く。全六回。

見ず知らずの人からの出演オファー、はじめはちょっと警戒しました

　はじめに、夏目監督によると直接DMを送って出演のお願いをしたとこのこと。

　受取った和田自身はどう受け止めたのだろうか？

「2019年の12月だったと思うんですけど、まったく知らない人からSNSのDMで連絡がきたんです。『映画監督をやっているものでいま映画を作ろうとしていて出演をお願いできないか』といったようなメッセージが届いた。

　それが夏目監督だったんですけど、はじめは正直なところ警戒しましたよね。まったく見ず知らずの人からの話なので。

　長くフリーランスでこの仕事をやってきたので、知らない人から直接オファーをいただくことはなかったわけではない。

　ただ、久しくまったく知らない人からオファーを受けることはなかったので、はじめはちょっと警戒しましたよね。さすがに」

ギャランティまできちんと書かれた企画書で自分が必要とされていると確認

　しかし、文面や企画書を見てちょっとその警戒心は解けたという。

「具体的なことが事細かに書かれていたんです。

　ファーストコンタクトの時点の文章で、まず撮影時期と撮影の拘束日数がきちんと書かれていて、すでに脚本も用意されていた。

　で、ギャランティのこともちゃんと書かれていた。

　自主映画やインディーズ映画だと、そのあたりのことは曖昧にされたり、不明確だったりといったことが多々あるんですけど……。

　そのあたりがきちんと書かれていた。

　そこまで書かれているとやはり作り手サイドの熱意が感じられるし、わたしという役者を必要としてくれていることが伝わってくる。

　その時点で、心はほぼほぼ決まりましたね。

　あと、その時点で、川瀬陽太さんの出演が決まっていた。このことも大きかったと思います。

　で、それでお引き受けしようと思いましたけど、暴力的なシーンが多々あって、裸になるセックスシーンもある。

　ということで、一応、そのとき、事務所に入りたてだったので相談しました。でも、マネージャーも『いいんじゃない』ということだったので、お引き受けしました」

主演＆プロデューサーの福谷を、助監督と勘違い？？

　そのあと、どのようなやり取りがあったのだろうか？

「12月に連絡をいただいて、撮影時期が１月の何日かに決まっていた。

　なので、ちょっと忘れてしまったのですが、年末押し迫ってか、年明けすぐにまず衣装合わせと顔合わせを兼ねて会うことになりました。

　そのときに、夏目監督にも、福谷さんにも初めてお会いしました。

　川瀬さんもいらっしゃっていて、そこで４人で本読みを一度しましたね。

　本読みもざっくりした感じで、おおまかなことを確認する程度だったと思います」

　ただ、このとき、まったく気づいていなかったことがあったという。

「実は、福谷さんのことがまったくわかっていなかったんですよ（笑）。

　直接の連絡は夏目監督の方からいただいていたので、夏目監督は認識できていた。

　その隣に常に福谷さんはいたんで、はじめてっきり夏目監督の助監督か助手かと思っていた（笑）。

　やんちゃっぽい青年の助監督がいるなと思っていて、主演の俳優さんでプロデューサーでもあることをまったく認識していなかった。はじめに挨拶したときにいわれたかもしれないんですけど（苦笑）。

　また、なんかそう見える装いと受け答えをしていたんですよ。

　だから、失礼ながら、本読みを始めたときも、てっきり主演の方は都合が悪くてこれなくて、福谷さんが代役を務められて（笑）、代読しているのかと思っていました。

　で、その認識のままその日は終わって、次に実際の撮影に入るんですよね（笑）」

（※第二回に続く）

映画「獣手」

監督：夏目大一朗　

脚本：春日康徳・夏目大一朗

出演：福谷孝宏　和田光沙　

川瀬陽太　松浦祐也　内藤正記　飯田浩次郎　上西雄大　諏訪太朗

助監督：坂野崇博　

撮影：石井千秋　　

録音・音響効果：丹雄二　

照明：寺本慎太朗　　　

特殊造型：土肥良成　　

アクション監督：AKILAakaHOUDIN（Arkmist）　

編集：鈴木崇浩　　

VFX：若松みゆき　　

カラリスト：大西悠斗　　

スチール：AI TERADA　

音楽：高橋剛・Open the case

主題歌『ツナグ』

作詞・作曲：高位妃楊子　　　

歌：樹音　　

プロデューサー：福谷孝宏

公式サイト　https://filmdog.jp/kemonote/index.html#top

大阪・シアターセブンにて2／17（土）より公開、以後、全国順次公開予定

筆者撮影以外の写真はすべて (c) 2023映画畑