Yahoo!ニュース

「春画展」から浮かび上がった日本のアートの裏事情。今度は日本を代表する美術館の舞台裏へ

水上賢治映画ライター
「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」より

 東京・上野にある日本を代表するミュージアム「国立西洋美術館」。20世紀を代表する建築家、ル・コルビュジエが設計し、2016 年に世界文化遺産に登録された同館は、2020年10月に、創建時の姿に近づけるため休館に入った。

 ドキュメンタリー映画「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」は、全館休館となる前日2020年10月の「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」の最終日から、リニューアルオープンとなった2022年6月開催の「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ」展までの一年半にわたる記録だ。

 だが、単に美術館のリニューアルに向けた舞台裏をみせるだけの、いわゆるバックヤードものとは一味も二味も違う。

 その日々の記録からは、コレクションの調査研究や所蔵品の保存修復作業など、美術館の裏側で活躍する人々のアートへの情熱と奮闘が浮かび上がると同時に、いみじくも日本の美術館およびアート界の危機的状況が見えてくる。

 カメラを手に日本を代表する美術館の舞台裏に通い続けて何が見えてきたのか?大墻敦監督に訊く。全六回。

大墻敦監督
大墻敦監督

反響を呼んだ「春画と日本人」を振り返って

 大墻監督がはじめてアートにかかわる映画を手掛けたのは、劇場デビュー作となった「春画と日本人」。2015年に開催され大きな話題を呼んだ永青文庫「春画展」の内実に迫った本作は、日本におけるアート事情というところで今回の「わたしたちの国立西洋美術館」へとつながっている印象がある。

「『春画と日本人』は、良いご縁をいただいてカメラで記録させてもらったことが、結果的に劇場公開までつながる作品となりました。

 当時、わたし自身は、そこまで春画に強い関心を抱いてはいませんでした。

 ただ、ロンドンの大英博物館で開催され、大成功を収めた『春画展』が、日本巡回展として企画されながら、東京国立博物館をはじめどこも打診に応じず、頓挫しそうになっている。その日本の美術館の現実や美術をとりまく日本の社会状況、アートに対する人々の考えといったことにはとても関心がありました。

 春画展の撮影を続けていく中で見えてきたのですが、『春画』を扱うという時点で『なにかクレームが入るのではないか、問題が起きる可能性が高まる、ならばやめておこう』といった自主規制、つまり忖度が働いている流れがある。そのほかにも、日本の美術館の事情であったり、春画のとらえ方だったりといったさまざまな問題が明るみになっていって、気づけばいまの日本の社会状況や日本人のメンタルを映し出すような形になっていたんです。

 『春画と日本人』の公開時、わたしはよく挨拶で作品のことをこう言っていたんです。『春画展という小石を、日本社会という水面に投げたら、その水面に波紋が広がっていった。その日本社会に広がった波紋を、映像と音声で掬いとって映し出しました』と。その波紋というのは、日本への、日本人への問いであり、考えてほしいことでもあります」

NHK時代からある制約を受けている組織や人に関心があったことに気づいて

 それは確かに今回の「わたしたちの国立西洋美術館」にも引き継がれている。

「最近になって気付きましたが、わたしはNHKで番組を制作していた時代から、社会や歴史の枠組みといった、ある制約を受けている組織や人に関心があったのだなと思います。

 自分のことをクリエーターだというつもりは毛頭ないのですが、もしかしたらその点が、わたし自身の作家性であり、今後も継続して考えたいテーマなのかなと思い始めています」

はじまりはワイズマンの『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』のような

作品に取り組むことができないかという思い

 そういった中で、今回の作品の始まりをこう語る。

「わたしは美術が好きで、美術関連を取り上げた映画も好きでした。

 たとえば、フレデリック・ワイズマン監督の『ナショナル・ギャラリー 英国の至宝』や『みんなのアムステルダム国立美術館へ』『パリ・ルーヴル美術館の秘密』。今はNHKを退職して自由な環境にいるので、そのような映画に取り組めたらいいなという思いがひとつありました。

 それから、国立西洋美術館は自分にとっても思い出深いミュージアムのひとつだったのです。『バーンズ・コレクション展』をはじめ『大英博物館 古代ギリシャ展』『北斎とジャポニスム展』など、いろいろな特別展に足を運びました。

 国立西洋美術館は、若い頃から何度となく訪れた、わたしの人生にとって特別な場所でした。

 ことのはじまりは撮影を始める1年前のこと。当時、国立西洋美術館情報資料室長を務められていた川口雅子さん(※現在は国立アートリサーチセンター勤務)と知り合いになって、『フレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画「ナショナル・ギャラリー」のような映画を国立西洋美術館で作れないかな』と相談したんです。

 すると、今回の作品にもご登場いただいていますが、当時、国立西洋美術館の館長を務められていた馬渕明子先生に企画を説明する機会を得て。ありがたいことに馬渕先生がひじょうに関心を寄せてくださいました。

 そこからいろいろな話し合いを重ねて、覚書を交わして、撮影が始まりました」

(※第二回に続く)

「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」ポスタービジュアル
「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」ポスタービジュアル

「わたしたちの国立西洋美術館 奇跡のコレクションの舞台裏」

製作・監督・撮影・録音・編集:大墻敦

全国順次公開中

写真はすべて(C)大墻敦

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事