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娘の人生に付きまとう毒母を演じて。この人は悲劇のヒロインをずっと気取っていたのではないか?

水上賢治映画ライター
「彼岸のふたり」で母親・陽子を演じた並木愛枝  筆者撮影

 今回が長編デビューとなる新鋭、北口ユースケ監督が作り上げた「彼岸のふたり」。

 室町時代の大阪府堺市に実在したと伝わる伝説の遊女「地獄太夫」をモチーフにしたという物語は、家族の愛を知らない少女と彼女につきまといつづける母親の愛憎入り混じる関係に焦点を当てる。

 簡単に言えば、囚われの娘VS毒母。

 児童養護施設から出て新生活をスタートさせた主人公・西園オトセの前に、彼女を育児放棄し虐待も見過ごしてきた母が現れたことから、壮絶な母娘物語が展開していく。

 その中で、主人公のオトセを苦しめる母親・陽子役でただならぬ負のオーラを敢えて言うが「まき散らし」、異様な存在感を放つのが並木愛枝。

 これまでも多く、いわゆる「悪女」というか。男性がたじろぐような「怖さ」のある女性を演じてきた彼女だが、今回はどのようにこの「モンスター」的存在の母親役に取り組んだのか?

 並木に訊く。(全六回)

「彼岸のふたり」で母親・陽子を演じた並木愛枝  筆者撮影
「彼岸のふたり」で母親・陽子を演じた並木愛枝  筆者撮影

たとえ陽子が毒母であったとしても、子への情がなにかしらないと

この役を母親として成立させることが難しかった

 前回(第二回はこちら)、「陽子のような悪役は、単純に『悪人』と断罪されて終わってしまうような人物にはしたくないというか。

 共感はできないけども、少しとっかかりがもてる人物にしたい。

 自分とは別世界にいる人物ではなく、もしかしたら自分のすぐそばにもいるかもしれない、そのように感じられる人物にしたいなと思うんです」と語った並木。

 その中で、陽子のオトセに対する愛情が少しだけ垣間見える場面として着物をかけるシーンを上げた。

 この「ひとかけらの愛情」を大切にしたところがあったという。

「脚本の読み込みがまだ浅い段階では、陽子から母親の愛情みたいなものはほとんど感じることができないでいました。

 だから、正直どうしようかなと……。

 たとえば、わたしが脚本から受けた印象そのままに演じてもいいというか。

 ひとかけらの愛情も感じられないならば、そのことをストレートに受け取って、冷酷に残酷に演じてもいいかもしれない。それはそれで正解なのかもしれない。

 もちろん子どもにまったく愛情を抱けないお母さんもいるかもしれない。

 でも、陽子をわざわざそういう母親にする必要があるのか。この作品が、そういう母親像を提示しようとしているとは思えなかった。

 そして、なにより、わたしの中で、たとえ陽子が毒母であったとしても、子への情がなにかしらないとこの役を母親として成立させることが難しかった。

 そういった中、脚本を読み込んでいったときに、さっき話したような着物のシーンをはじめ、いくつか、陽子の娘へのわずかな愛情が感じられるところを見つけることができた。

 このほんの少しの愛情が、わたしが演じる上でも大きかったし、はじめにお話しした受け取ってくださる観客のみなさんと陽子のとっかかりにもなってくれるのではないかと思いました」

「彼岸のふたり」より
「彼岸のふたり」より

この人は悲劇のヒロインをずっと気取っていた人なのではないか

 ただ、演じている中や後で、陽子にこんなことを感じたという。

「おそらくほとんどの方の目には、オトセが『かわいそう』『不憫』と映ると思うんです。

 でも、わたしは陽子が『かわいそう』『不憫』と映ってくれたらと思いました。

 そのかわいそうというのは同情を買うものではありません。

 人として『憐れ』と映ればいいと。人としての心が欠落して『哀しい人ね』と思われる存在になればと思いました。

 それこそが陽子という人物の本質を実は表しているのではないかと感じたんです。

 それを明確に感じたのは映画が完成した後のこと。

 演じているときはあまり意識していなかったんですけど、作品をみてこう思ったんです。『この人は悲劇のヒロインをずっと気取っていた人なのではないか』と。

 陽子はほんとうに情けない人間で、汚くてずる賢しこくて娘であるオトセちゃんに付け込んでくる。

 でも、そうなってしまったのは自分のせいとは思っていない。わたしが悪いとは思っていない。

 自分の力ではどうしようもなかったと、周囲や社会のせいにしているようなところがある。

 オトセも大変だったと思うけど、わたしも大変だったからどうしようもなかったのと、わたしも同じ被害者といった感じで。

 自己を正当化するために、悲劇のヒロインに成りすましているようなところがある。

 たとえば、恋人が幼い娘のオトセちゃんに暴力を振るう場面がありますよね。

 あそこで陽子は恋人の暴力を止められない。

 演じているときは、陽子は暴力をほんとうは止めたい。でも、恋人がひどく暴力的でその矛先が自分に向かうのも怖いから止められないという気持ちで演じていた。

 でも、完成した映画を見てみると、それは陽子の言い訳にすぎないと思えちゃう。あそこはとめられる可能性はあった、でも『悲劇のヒロインぶって、見過ごしてとめなかったでしょ』と。

 だから、いろいろな気持ちを込めて演じたのですが、実際に演じているときと、作品としてみたときとで、陽子がまったく違って見える。

 陽子を単なる『悪人』にはしたくなかった。そこで脚本を読み込んでみると、娘への愛情が少しはあることを見出すことができた。その小さな愛情を表現することで、彼女がもしかしたら自分の身近にもいる存在に感じてもらえればと考えた。

 そう思って演じたことは確かなんですけど、作品で見てみると、『言いわけばかり、悲劇のヒロインを勝手に演じているだけ』みたいに目に映って『ふざけないで』と思いたくなってしまう。『オトセちゃんの人生をどれだけ振り回せばいいの』と。

 演じているときと、実際に作品をみたときの印象が、わたしの中でまったく違ってみえる。

 でも、いまはこれで良かったのかなと思っています。

 たぶん、実際に演じたわたしが『悲劇のヒロインぶって』と思うということは、それ以上に見てくださる方もそう思えるはず。

 陽子という母親に同情しすぎるのはよくない。彼女にも少しは愛情が備わっていることは感じてほしいけど、だからといって彼女がオトセちゃんにしていることとか、恋人の虐待を見過ごしたことは許されるべきではない。

 陽子に同情する人が増えてしまっては虐待が見過ごされてしまうことになる。

 だから、反面教師になるような陽子の見え方になったのかなと思っています」

(※第四回に続く)

【並木愛枝「彼岸のふたり」インタビュー第一回はこちら】

【並木愛枝「彼岸のふたり」インタビュー第二回はこちら】

「彼岸のふたり」メインビジュアル
「彼岸のふたり」メインビジュアル

「彼岸のふたり」

監督・脚本・編集:北口ユースケ

脚本:前田有貴

出演:朝比奈めいり 並木愛枝 ドヰタイジ

寺浦麻貴 井之上チャル 平田理 眞砂享子 エレン・フローレンス 永瀬かこ

星加莉佐 徳綱ゆうな 清水胡桃 吉田龍一 おおうえくにひろ

公式サイト higannofutari.com

全国順次公開中

メインビジュアル及び場面写真は(C)2022「彼岸のふたり」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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