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「おもひでぽろぽろ」のタエ子ちゃんをそばに感じて。今井美樹がナレーションの声に込めた思い

水上賢治映画ライター
「紅花の守人 いのちを染める」でナレーションを務めた今井美樹 撮影:田村充

 「紅花」ときいて、花の名前と認識していても、どういう花なのか思い浮かぶ人は意外と少ないのではないだろうか?

 佐藤広一監督のドキュメンタリー映画「紅花の守人 いのちを染める」は、そのなじみがあるようでいてその実はあまり知られていない「紅花」にスポットを当てる。

 本作で描かれているが、紅花は中近東からシルクロードを経て中国に渡り、日本に伝わっている。

 そうした歴史から現在地までを、まさに映画のタイトル通り、「紅花」の守人となって受け継いできた人々の話から紐解き、「紅花」の旅へと誘う。

 その紅花の旅の案内人となるナレーションを担当しているのは今井美樹。

 高畑勲監督のアニメーション映画「おもひでぽろぽろ」の「タエ子ちゃんがつないでくれた縁」と本作について語る彼女に訊く。(全二回)

「紅花の守人 いのちを染める」でナレーションを務めた今井美樹 撮影:田村充
「紅花の守人 いのちを染める」でナレーションを務めた今井美樹 撮影:田村充

ナレーションは、風のように存在できたら

 『おもひでぽろぽろ』の「タエ子ちゃんがつないでくれた縁」ということで担当することになったナレーション。

 こういう気持ちで臨んだという。

「ナレーションのお仕事はけっこう長く務めさせていただいた番組もあるんですけど、やはり難しいですね。

 わたし自身、一視聴者やリスナーとしてそれぞれの作品のナレーションの重要さを強く感じています。

 たとえば今回のようなドキュメンタリー映画であったりとか、テレビのドキュメンタリーであったりとか、テレビ番組であったりとか、すべてそうなんですけど、その作品とナレーションを担当された方の声やニュアンスなどが、いかにその作品の息遣いとなるか。

 体温や湿度を感じさせてくれることで、それが生き物のように命を帯びてくるというか。 解釈の仕方でその作品の色彩が変わるくらい重要な存在だと思います。

 だからほんとうに微妙な匙加減の表現が作品によっては求められる。

わたしが今回、『紅花の守人』のナレーションで気をつけたのは、邪魔にならないこと。

 この作品には、紅花を育てている農家の方や紅花の染め物をする染色の職人さんなど紅花にかかわる人たちが次々に登場する。

 映像を通して、そのみなさんの紅花の歴史や伝統を守ろうとする覚悟、紅花への愛情がひしひしと伝わってくる。

 また自然というものと向き合い作業することの困難であったり、厳しさも伝わってくる。

 もくもくと紅花を積む姿や、黙々と染めの作業をなさっている姿はもう神々しくて美しい。

 まず、この美しさを前面に立たせることが一番大事。

 その美しさをわたしの声が邪魔してはいけない。わたしの声によってその美しさが損なわれていけないと思いました。

 だから、変に引っかからないことを心がけたといいますか。

 ただ、そこに風のようにいたい、ちょっと感じるか感じないかぐらい、でも心地よくて確かに吹いている。

 そんな感じで存在できたらいいなと思って、ひとつひとつの言葉に思いを込めました」

意外と社会派のドキュメンタリーが好きです

 「紅花の守人 いのちを染める」はドキュメンタリー映画になるが、訊くと、ドキュメンタリーはけっこう好きだという。

「たとえばNHKの『プロジェクトX』とか、大好きで。いまだと、同じNHKになりますけど『映像の世紀 バタフライエフェクト』をよく見ています。

 意外と社会派の作品が好みです」

「紅花の守人 いのちを染める」より
「紅花の守人 いのちを染める」より

まさに『紅花の守人』であるみなさんに、出会ってほしい

 『紅花の守人』に登場する方々も、『プロジェクトX』やいまなら『プロフェッショナル 仕事の流儀』といった番組に登場してもおかしくないその道の偉人といっていいかもしれない。

「その通りですよね。

 わたしは『おもひでぽろぽろ』で紅花の存在と出合っていた。

 でも、ほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいなんですけど、『紅花の守人』で描かれていることのほとんどを知りませんでした。

 『日本人としてもう少しは知っておいて』と言われたら、もう『ごめんなさい』というしかない。

 紅花がこれほど貴重な花で、これほど手のかかる花だとは知らなかった。

 紅花で染められたアイテムをお土産でいただいたり、京都にいったときに自分で手にしたりしたことはありました。

 『おもひでぽろぽろ』で描かれているので、紅花がどのような花でどのように摘むのかはわかっていましたけど、どのように育てられているのかとか、一時、途絶えた歴史があることや、どういう工程を経てあのような鮮やかな色の染になるのかを、ちゃんとみたのは今回の映画が初めてでした。

 なによりすばらしいと思ったのは、紅花農家の長瀬さん夫妻にしても、染色家の青木さんにしても、紅花の歴史や紅花の染色の伝統が『自分がやらなければ途絶えてしまうかもしれない』というひとつの覚悟をもってそれぞれの仕事に臨んでいらっしゃる。

 こういう方々によって紅花の歴史や伝統はいまへと受け継がれている。

 こういったことを、おそらくわたしはこの映画に関わることがなかったら、知らないままでいたと思います。

 なので、この映画に出会って、携わることができて、知ることができたことにすごく感謝しています。

 また、なにかを受け継ぎ、守ることというのは大変なこと。この歳になってくると余計にその大変さがわかります。

 誰かから渡されたバトンを受け取って、それをやり遂げて、今度は次にバトンを渡さないといけない。

 時代を経て受け継がれてきたことを、自分の代で途絶えさせるわけにはいかない、次の代へ渡さないといけない。

 そういう責務を負っている方々がこの映画には数多く登場する。

 まさに『紅花の守人』であるみなさんに、ひとりでも多くの人に出会ってほしいです」

 ここまでいろいろと訊いてきたが、最後に作品対しに、こう言葉を寄せる。

「いま、ロシアとウクライナのことやコロナ禍で、いままで当たり前だったことが、突然遮断されてしまったり、普通にできたことができなくなってしまったり……。

 こういう現実に直面したことがどなたもあると思います。

 その中で、いままでできたことができなくなってしまったり、いままであったものが消えてしまったりすることがあることをどこかで感じている気がするんです。

 だからこそ、その記憶をとどめておく、その出来事やそこに関わる人のことを記録しておくことが重要になっているのではないか、と。

 そうなってほしくないですけど、紅花の歴史も、自然との関係が難しく複雑になってきている現代、いつ途絶えてもおかしくはないのかもしれない。

 そういう意味で、今回の『紅花の守人』は、これまであまり知られてこなかった紅花の世界を丁寧に記録して可視化して残すことができた。

 今を生きる自分たちに、これを見て気づきトライするきっかけをくれたかもしれもしれない。そして何より、先の人たちにこの営みを見せることができる。

 紅花に関する重要なことをひとつの形に残すことができた。

 これはすばらしいことで、佐藤監督をはじめとしたスタッフから、映画に登場されるみなさんまで、ほんとうにわたしは拍手を送りたい。

 こういう形で残してくださったこと、そこに携わらせていただいて感謝しています」

【「紅花の守人 いのちを染める」今井美樹インタビュー第一回はこちら】

「紅花の守人 いのちを染める」ポスタービジュアル
「紅花の守人 いのちを染める」ポスタービジュアル

「紅花の守人 いのちを染める」

ナレーション:今井美樹 

監督:佐藤広一

プロデューサー:髙橋卓也(「よみがえりのレシピ」「無音の叫び声」) 

唄:朝倉さや 音楽:小関佳宏

公式サイト:https://beni-moribito.com/

写真はすべて(C)映画「紅花の守人」製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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