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13歳の娘と対峙するがん治療中の母を、母親の役をやったことのない名女優にお願いした理由

水上賢治映画ライター
「アメリカから来た少女」より

 母が乳がんを患ったため、治療でそれまで暮らしていたロサンゼルスから台湾へ。

 母のことを考えれば仕方ないこととわかっている。とはいえ予期せぬ形で天と地ほど環境の違う学校への転校で戸惑いを隠せない。そんな13歳のファンイーの揺れ動く心模様を描いたのが映画「アメリカから来た少女」だ。

 ロアン・フォンイー監督の長編デビュー作となる本作は、金馬奨や台北映画祭など、台湾の名だたる映画賞や映画祭で数々の賞を受賞。

 昨年の東京国際映画祭でも、少女の切実な想いが伝わってくる思春期の物語として反響を呼んだ。

 「自身の体験を基に作り上げた」と明かすロアン・フォンイー監督に訊く。(全四回)

ロアン・フォンイー監督
ロアン・フォンイー監督

母親のリリー役を、これまで母親の役をやったことがない

カリーナ・ラムにお願いした理由

 前回は監督自身といっていいファンイーを演じたケイトリン・ファンについて訊いた。

 もうひとりファンイーの母親リリーには、日本でもよく知られた女優、カリーナ・ラムを起用した。

「実は、夫婦と二人の娘というこの家族のキャスティングはひじょうに困難でした。

 それぞれの人物がまず魅力的でなければならない。でも、ある程度の調和のようなものがあってひとつの家族にも見えなければいけない。

 そういう意味で、この家族のキャスティングは重要で、ここが少しでも崩れるとすべてが成立しないと考えていました。

 中でも、重要視したのが母親のリリー役でした。

 彼女はこの物語においてファンイーと対峙する役であり、核として存在している。

 がんの治療というきわめてシビアな局面に彼女は直面していて、無意識に家族もリリーを中心に回っているところがある。

 たとえば、リリーは『自分が死ぬ』ということをポロっと口にしてしまう。

 そういった彼女の言動や行動がこの映画『アメリカから来た少女』の作品のメインのトーンになっている。

 そのトーンは映画の色彩や物語の流れにもかかわってくる。

 そういう意味で、映画の基調になる人物なんです。

 そのような人物であるとともに、病の渦中にいる人として、ひとりの母親として、ひとりの女性として、ひとりの家族として存在することが求められる役で、ひじょうに難しい役でもある。

 ほんとうに重要な役で、彼女がみつからないと、ほかを探すこともできないと考えて、まずリリーのキャスティングから始めました。

 そこで、名前があがったのがカリーナ・ラムさんでした。

 はじめに提案してくれたのは、プロデューサーでした。彼女の演技がとても好きでリリーに似合うのではないかと推薦をしてくれました。

 そこでわたしは客観的に考えてみたんですけど、カリーナ・ラムさんも結婚されていて、お子さんが2人いらっしゃる。

 映画の子どもよりちょっと年齢差はありますけれども、2人の子を持つ母である。

 ですから、子どもに対して母親としてどう向き合うかということがよくわかっていると考えたんです。まずこのことが大きかった。

 それから、ファンイーは心がちょっともろくて弱いところがある。でも、それを強がることで見せない。

 実は、母親のリリーも同じなんです。つまり似た者同士。であるがゆえに、二人はぶつかり合うところがある。互いに自分を見ているようで歯がゆいので。

 そういう微妙なニュアンスをキャリア豊富なカリーナ・ラムさんだったら出せると考えました。

 そして、カリーナ・ラムさんはカナダ、台湾、香港と、いろいろな場所で暮らした経験がある。

 それは、この映画の人物にも通じるところが環境的なところ、つまりバックグラウンドにもある。

 こういったことを合わせると、彼女にお願いできるのであればお願いしたいと思いました。

 ということで、お願いしたところ引き受けてくださいました。

 実は、彼女はこれまで母親の役をやったことがないんです。

 彼女にとって初めての母親役がこの映画になりました。しかも、こんなに難しい母親の役を引き受けてすばらしい演技をみせてくれました。

 彼女がこの映画で初めて母親役を演じてくれたことに、わたしはとても感謝してます」

「アメリカから来た少女」より
「アメリカから来た少女」より

トム・リン監督には多大な助力をいただいています

 最後に、本作の製作総指揮は、阿部寛が出演した「夕霧花園」などで知られるトム・リン監督が担当している。

 どういう経緯でこうなったのだろうか?

「トム・リン監督と最初にお会いしたのは、わたしがアメリカに映画を学びための留学にいく前のことでした。

 その留学の条件として短編映画を作らないといけなかったんです。

 2014年のことでしたが、そのときにトム・リン監督に幸運にも短編をみていただきました。これが最初の出会いでした。

 その留学を経た後、わたしは自身のアメリカ生活の体験を基に監督した短編映画『おねえちゃん JieJie』を作りました。

 ありがたいことにこの短編映画は、2018年の国際短編映画祭『ショートショート・フィルムフェスティバル&アジア 2018』の最優秀観客賞をはじめ世界各国で多くの賞を受賞することができました。

 そのことがきっかけで、金馬奨の脚本ワークショップに参加するチャンスに恵まれたのですが、その顧問がトム・リン監督だったんです。

 で、トム・リン監督はわたしが書いたシナリオにひじょうに深い理解を示してくださいました。

 というのも、トム・リン監督ご自身も、外国に行って、そして台湾に帰ってきてという経験をしていた。

 トム・リン監督の場合は、台湾に戻ってきたのは小学生のころだったとのこと。この映画でら言うとファンイーの妹ぐらいの年齢でしたが、この物語に、ファンイーにひじょうに理解を示してくださいました。

 そういう縁があって、今回の映画をサポートしてくださることになりました。

 とくに前も話した通り、脚本作りは長い時間がかかったのですが、トム・リン監督には多大な助力をいただいています。

 わたしはあまりにいっぱい書きたい素材がありすぎて、それをどう各人物にうまく反映させていけばいいかわからなくなって、行き詰ったときがあったんです。

 そのとき、トム・リン監督の的確なアドバイスによって、どうにか切り抜けることができました。

 『アメリカから来た少女』がこういうふうに映画として形になったのは、ほんとうにトム・リン監督のおかげでとても感謝しています。

 わたしがトム・リン監督の作品を最初に見たのは『九月に降る風』でした。

 高校を卒業したばかりの夏だったのですが、わたしが初めてみた台湾映画でした。

 というのも当時、台湾では外国映画が中心で台湾映画はほとんど上映されていなかったんです。人気もあまりなかった。

 そういう中で、『九月に降る風』を見たのですが、わたしとほぼ同年齢の人たちが映画の中の主人公で自分たちの物語だと思いました。

 『台湾にもこんな映画があるんだ』と感動したことをいまでもよく覚えています。それぐらい斬新な印象を受けました。

 わたしが『アメリカから来た少女』に取り組んでいたときは、29歳、もうすぐで30歳のころでした。

 初長編ということでなにからなにまで初めて体験することで、いろいろな場面で悩むことがありました。

 でも、トム・リン監督は、『九月に降る風』を撮ったときは『同じぐらいの年齢だった。大丈夫だから』と励ましてくれました。

 ですから、わたしにとってトム・リン監督は恩師であり、映画の先生というべき存在です。

 ほんとうにいろいろとフォローしてくださいました」

【ロアン・フォンイー監督インタビュー第一回はこちら】

【ロアン・フォンイー監督インタビュー第二回はこちら】

【ロアン・フォンイー監督インタビュー第三回はこちら】

「アメリカから来た少女」より
「アメリカから来た少女」より

「アメリカから来た少女」

監督・脚本:ロアン・フォンイー

製作総指揮:トム・リン

撮影:ヨルゴス・バルサミス

出演:カリーナ・ラム/カイザー・チュアン/ケイトリン・ファン/

オードリー・リン

公式サイト:https://apeople.world/amerika_shojo/

全国順次公開中

写真はすべて(C)Splash Pictures Inc., Media Asia Film Production Ltd., JVR Music International Ltd.,G.H.Y. Culture & Media (Singapore).

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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