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2009年を最後に俳優活動休止。出産、産後うつ、育児を経験して映画監督の道へ。衝撃の事実と向き合う

水上賢治映画ライター
「ポーランドへ行った子どもたち」より

 チュ・サンミ。日本でも彼女の名前に聞き覚えのある方は多いことだろう。

 俳優のチュ・ソンウンを父に持つ彼女は1994年に俳優デビュー。ハン・ソッキュとチョン・ドヨンと共演した「接続 ザ・コンタクト」、ホン・サンス監督の「気まぐれな唇」をはじめ、女優として数々の映画に出演してきた。

 映画「ポーランドへ行った子どもたち」は、彼女の映画監督デビュー作だ。しかも、韓国国内でもほとんど知られていない歴史に光を当てたドキュメンタリー映画になる。

 1950年代、朝鮮戦争の戦災孤児たちが北朝鮮から秘密裏にポーランドへ送られたという事実を知り、衝撃を受けて本作を作り上げたという彼女に訊く。(全四回)

チュ・サンミ監督
チュ・サンミ監督

いまも存命のポーランドの先生たちに会わせ、役に生かしてもらいたかった

 前回(第二回)、偶然手にした小説「天使の羽」の映画化を目指してオーディションを行ったことを伝えた。

 その劇映画の制作にむけてチュ・サンミ監督は事前にポーランドを訪れてリサーチすることに。

 オーディションで出会ったイ・ソンとともにポーランド取材への旅に出る。

 ちょっと遠回りになってしまったが、この旅の過程を記録したのが、今回のドキュメンタリー映画「ポーランドへ行った子どもたち」になる。

 なぜ、彼女とリサーチの旅に出ようと思ったのだろうか?

「実は、当初は、(今後、映画化を予定している劇映画の)主役の子といっしょにいければと思ったんです。

 やはりいまも存命の北朝鮮の子どもたちを受け入れたポーランドの先生たちに会わせ、役に生かしてもらいたかったし、この主人公は実在の人物でポーランドにお墓もあるので、そこに連れていきたいとも思っていました。

 ただ、主人公の役がオーディションではみつけることができなかった。

 そこで、どうしようと思って、主人公の次に大きな、準主役の役に想定したのが、イ・ソンさんで。彼女といってみようと思いました」

「ポーランドへ行った子どもたち」より
「ポーランドへ行った子どもたち」より

イ・ソンさんだけは苦しい過去やネガティブな気持ちを一切出さなかった

 もうひとつ、イ・ソンを選んだ理由があったという。

「オーディションのときに、イ・ソンさんはほかの子たちとは全然違うなという印象を持ちました。

 というのも、ほかの脱北者の子たちはほとんどが北朝鮮での辛かったことを話し出して泣き出したり、昔のことを思い出して心が沈んでしまったりと、はじめは明るい表情をしていても次第に顔が曇ってしまって最後はネガティブな雰囲気に包まれる感じでした。

 ただ、その中で、唯一、イ・ソンさんだけは自分の中にある苦しい過去やネガティブな気持ちを一切出さない。

 もしかしたら弱みをみせたくない性格なのかもしれないですけれど、とにかくポジティブな面だけを強調して、そういうところしかオーディションで出さなかった。

 『自分は傷ついたことなんてない』とでも言うように、とにかく前を向いた姿しかみせないんです。

 でも、実際はそんなはずはなくて、脱北した子どもたちというのは、何らかの大きな傷を必ず抱えているはず。ただ、それを彼女は微塵も出さない。

 なので、すごく気になって、少し彼女と一緒の時間を持ちたいと思ったんです。

 当初の想定とは違いましたけど、彼女と一緒にいっていまはよかったと思っています。

 このドキュメンタリーをみてもらえばわかると思いますが、彼女は旅の中で成長していきます。

 実は、自分の中には辛い体験があるけれども、彼女はそれを語ることができない。

 その辛い体験は語ることができないけれども、この旅を通して、自分に辛い体験があることを明かしてくれました。そして、最後には、自分の受けた傷を語ることができるまで心境が変化しました。

 映画をみればわかりますけど、ポーランドの先生たちとの出会いによって、かなり彼女は心が解きほぐれたところがある。

 おそらくこの旅は、イ・ソンさんの今後の人生においても大きな経験になったのではないかと思います。

 また、彼女に演じてもらおうと思っている役にも、きっと生かしてくれるのではないかと思っています」

孤児の中に韓国側の子どもたちもいたという衝撃の事実

 ポーランドでチュ・サンミ監督と当時、大学生のイ・ソンは、秘密裏にポーランドへとわたった北朝鮮の戦争孤児たちの痕跡をたどる。

 その中で、さまざまなことを知っていくことになるが思いもしない事実に直面する場面もあった。

「いまでも北朝鮮の子どもたちを懐かしくおもい、涙ながらに語る先生たちの話は感動的で、心に響くものがありました。

 もう何十年も前の話なのに、つい最近のことのように話されて、『ほんとうに子どもたちのことを愛していたんだな』と実感しました。

 あと、やはり最大の驚きは、やはり孤児の中に韓国側の子どもたちもいたということを告げられたときですね。

 正直なことを言うと、ポーランドに向かう前に、かなりの下調べをしていて、ある程度のことはわかっていたんです。

 専門家にもきちんと話をきいて、いろいろな資料も入手したんですけど、韓国側の孤児もいたということを示すものはなにひとつなかった。

 南側、韓国側からの孤児もいたという事実はまったく知らずに頭の片隅にもなかったので、ポーランドに行って現地でそのことを伝えられたときはほんとうにびっくりしました。にわかに信じられなかったですね。

 北朝鮮からポーランドに渡った戦災孤児よりも、彼らの存在は韓国国内で知られていない。

 この新たな事実はひじょうに重要なことですから、今回のドキュメンタリーではここまででしたが、今後も少し調べを続けていこうと思っています」

(※第四回に続く)

【チュ・サンミ監督第一回インタビューはこちら】

【チュ・サンミ監督第二回インタビューはこちら】

「ポーランドへ行った子どもたち」ポスタービジュアルより
「ポーランドへ行った子どもたち」ポスタービジュアルより

「ポーランドへ行った子どもたち」

監督:チュ・サンミ

出演:チュ・サンミ、イ・ソン

ヨランタ・クリソヴァタ、ヨゼフ・ボロヴィエツ、ブロニスワフ・コモロフスキ(ポーランド元大統領)、イ・へソン(ヴロツワフ大学韓国語科教授)ほか

横浜シネマリン、名古屋・シネマスコーレほか全国順次公開

公式サイト http://cgp2016.com

写真はすべて(C)2016. The Children Gone To Poland.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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