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映画のロケ地としては超有名、でもほぼ描かれたことがない?小さな島国から届いた名もなき漁師の物語

水上賢治映画ライター
「ルッツ 海に生きる」より

 映画「ルッツ 海に生きる」は、南ヨーロッパに位置し、地中海に浮かぶ複数の島からなる島国、マルタ共和国から届いたマルタ映画だ。

 「マルタ」ときいてもあまりピンとこない、なんだかあまりなじみのない、遠い国の話を想像してしまうかもしれない。

 ただ、ひとりの漁師を主人公にした本作は、現在の日本の社会とも大差ない、きわめて今日的な物語としてわたしたちの心へ届いてくる。

 手掛けたマルタ系アメリカ人で、現在はマルタ在住のアレックス・カミレーリ監督に訊く。(全四回)

アレックス・カミレーリ監督
アレックス・カミレーリ監督

日本の映画祭で、グランプリを獲ったことには正直驚きました

 はじめに本作は、昨年ひと足早く、日本でお披露目されている。

 毎年、埼玉県川口市で開催されている<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021>の国際コンペティション部門に選出され、見事に最高賞となる最優秀作品賞を受賞。審査委員長を務めた俳優の竹中直人も、本作を大絶賛した。

 まず、遠い異国の地といっていい日本での受賞をどう受け止めたのかを訊いた。

「この作品が日本の映画祭で、グランプリを獲ったことには正直驚きました。『まさか!』という気持ちで、賞をいただけるとは夢にも思っていませんでした。

 ということで、ひじょうに驚きを隠せなかったのですが、同時に、自分にとってはとても大きな受賞でひとつ大きな自信になりました。

 なぜかというと、世界に届く普遍性があってほしいと自分では考えていましたけど、その判断は私にはできない。あくまで観客のみなさんに委ねられている。

 その中で、この映画は、少なくとも日本のみなさんの心になにかしら響いてくれた。

 マルタから遠く離れた日本のみなさんに届いたということは、この作品には普遍的なテーマや力があるということといっていいと思うんです。

 ですから、私にとってこの受賞は自分の作品に『普遍性がある』と確信をもてた瞬間でありました。

 さらにうれしいことは、今回、このように日本での劇場公開が実現したことです。

 今回の公開も、<SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2021>での受賞であり、日本の観客のみなさんの好反応があったからこそ実現したと思うんです。

 映画祭を経ての今回の劇場公開で、さらに多くの日本のみなさんにみていただけることがとてもうれしいです」

「ルッツ 海に生きる」より
「ルッツ 海に生きる」より

どこかできちんとマルタと向き合う時間が必要だと思っていました

 こうまず喜びと日本の映画ファンへの感謝を口にした監督だが、本作「ルッツ 海に生きる」が長編監督デビュー作。マルタ系アメリカ人というルーツを持つが、デビュー作をマルタで撮るに至った経緯をこう明かす。

「わたしの両親はマルタから移民としてアメリカへわたり、わたし自身はアメリカで育ちました。

 ただ、マルタに親戚が大勢いるので、長期の休みのときなどを利用して、子どものころからひんぱんにマルタを訪れていました。ほぼ毎年夏はマルタで過ごしていましたね。

 ですから、普段はアメリカで暮らしていてアメリカ人だという意識は持ち合わせているわけですけど、あくまで自分のアイデンティティーはマルタにあって、ルーツはマルタにあると思っていました。

 ただ、自分としてはそういう意識でいるのですが、国籍としてはアメリカ人ですから、マルタでは結局、私はアウトサイダーなんですよね。マルタで普段暮らしているわけではないですから。

 一方で、アメリカではアメリカで移民ということで、ある種のアウトサイダーとして存在しているところがある。

 だから、アメリカをみるときにも、マルタをみるときにも、少し距離をおいて、真正面からというより、少し斜めぐらいからみてとらえるところがある。

 そういう視線を常にもっていて、わたしはいつか、なにかを物語る映画を作りたいと思っていました。

 その中で、マルタにいるとき、いつもイマジネーションが広がって、いろいろなアイデアが浮かぶという意識がありました。

 マルタの文化であったり、その土地のもつ美しさであったりに出会うとものすごくインスピレーションを与えられる。

 一方で、マルタで私は育ってはいないので、もっとマルタやマルタの人々のことを知りたい、マルタの伝統や慣習に触れたい、そうすることでマルタのことをもっと理解してマルタに近づきたい気持ちも、マルタにいると生まれてくる。

 つまり私はマルタに対して、いろいろな問いを投げかけるとともに、この国のことをもっと深く理解しようとしていました。

 自分のルーツであることを強く意識しながらも、ほんとうに私はマルタのことを知っているのか、マルタの人々のことをわかっているのか、自信がもてないでいた。だから、どこかできちんとマルタと向き合う時間が必要だと思っていました。

 こういう思いが、マルタで映画を撮ろうという意識へとわたしを向かわせていった気がします」

(※第二回に続く)

「ルッツ 海に生きる」メインビジュアル
「ルッツ 海に生きる」メインビジュアル

「ルッツ 海に生きる」

監督:アレックス・カミレーリ 

出演:ジェスマーク・シクルーナ ミケーラ・ファルジア 

デイヴィッド・シクルーナ

新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開中

写真はすべて(C)2021 Luzzu Ltd

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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