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理想のキャスティングを実現!「彼女ほどの俳優に、なぜひと言もしゃべらせない」と言われました(笑)

水上賢治映画ライター
「ひかり探して」のパク・チワン監督

 「82年生まれ、キム・ジヨン」や「はちどり」など、近年、女性のひとつの生き方を丹念にみつめ描いた韓国映画の日本でのヒットが目立つ。

 とりわけ「82年生まれ、キム・ジヨン」や「はちどり」は、日本の幅広い世代の女性たちから支持され、多くの共感の声を集めたことは記憶に新しい。

 「ひかり探して」は、その系譜に新たに加わる1作といっていいかもしれない。

 遺体のあがらない自殺から始まる物語は、謎めいたミステリー・ドラマの様相。

 ただ、物語はそのジャンルの枠にとどまらない。

 遺書を残して島の絶壁から姿を消した少女、彼女の最後の目撃者となった聾唖の女性、その事の真実を明かそうとする女性刑事という決して恵まれた境遇にいるとはいえない彼女たちの人生が交差。

 絶望を乗り越えた先に見えた「ひかり」を描く素晴らしき女性ドラマになっている。

 手掛けたのは、「ひかり探して」が長編デビュー作となる新鋭、パク・チワン監督。

 本作の成功で新進の女性フィルムメイカーとして韓国でも脚光を浴びる彼女に訊く。(全四回)

パク・チワン監督
パク・チワン監督

シナリオ執筆中から理想の主演女優として年頭に置いていたのは、

キム・ヘスさんでした

 第三回(第一回第二回)となる今回は、キャスティングについて。

 主要人物となる3人の女性には、すばらしい俳優が顔を揃えた。

 まず、遺書を残して島の絶壁から忽然と少女が姿を消した件は、自殺なのか?それとも事件性があるのか?

 ひとり捜査することになる刑事・ヒョンスを演じたのは、キム・ヘス。

 刑事ドラマ「シグナル」や映画『10人の泥棒たち』などで知られる彼女は、現在の韓国を代表する俳優だ。

 この作品への出演についてキム・ヘスは『ジャンルが何なのか、どんな役なのかを知る前に、私はこの映画への出演が運命のように感じた』と言葉を寄せている。

「シナリオ執筆中から理想の主演女優として年頭に置いていたのは、キム・ヘスさんでした。

 でも、正直なことを言いますと、シナリオを渡すまで、キム・ヘスさんが出演を快諾してくださるとは思っていませんでした。

 ただ、わたしとしては、大好きな女優さんだったので、どうしてもキム・ヘスさんにお願いしたい。

 なので、断られてもいいから、ダメもとで、シナリオをみてもらおうと直接届けたんです。

 そうしましたら、びっくりしたんですけど、後日、キム・ヘスさんから『一度、お会いしましょう』とご連絡をいただきました。

 そこで初めてお会いして、いろいろとお話して、その日の夕方に『出演します』とのご連絡をくださいました。

 もう信じられなかったですけど、ものすごくうれしかったです。

 わたしが驚かされたのはそれだけではなくて、初めてお会いしたときに、キム・ヘスさんはすでにシナリオを読み込んでくださっていて、もうヒョンスのことを完全に理解してくださっていました。

 キム・ヘスさんは『この作品への出演は運命』とおしゃってくださったのですが、わたしも気持ちは一緒で。

 キム・ヘスさんとの出会いには運命を感じました。いまとなっては、ヒョンス役はキム・ヘスさん以外は考えられません。

 そして、撮影に入る前に、キム・ヘスさんとはかなりたくさんの時間を共有しました。

 その中で、最初は作品についての話ばかりだったんですけど、途中からは女性同士のおしゃべりに変わっていきまして(笑)。

 もちろんシーンについて話すこともあったのですが、お互いに自身のことも話すようにもなりました。

 ですから、最後、キム・ヘスさんはこのシナリオの最大の理解者といいますか。

 このシナリオをもしかしたらわたし以上によく知ってくださる存在になっていたんです。

 なので、撮影に入ったときは、わたしのほうから、こうしてくださいというようなお願いをすることはありませんでした。

 もう、お互いにヒョンスという人物のキャラクターや性格などに関して十分意見交換をしていたので必要なかったんです。

 現場に入ったら、あのときに話をしたように、『こんな感じでやってみましょう』といった具合で。

 キム・ヘスさんとわたしの間でもう方向性が定まっていたのです。

 あえてわたしが演出をする上で注文したことはひとつだけでした。

 このヒョンスという人物は、非常に有能な刑事だったけれども、現在は人生に疲れ果て、まるで水の中に沈んでいるような状態にいる。

 ただ、そうなっても、優秀な刑事の勘の鋭さや事件を紐解く力みたいなことはそう簡単に消えないと思うんです。

 ですから、精神的には大きなダメージを追って絶望の淵にいるのだけれども、有能な刑事のイメージはずっと持ち続けてほしいと思いました。

 そのことをお願いしたぐらいです」

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

 これまでさまざまな役を演じてきたキム・ヘスだが、どちらかというとエネルギッシュな役柄のイメージが強い。

 ただ、ここでは現在、夫と離婚協議中。刑事としてもこの捜査をしくじればもう後がない。

 心身ともにぼろぼろでがけっぷちにいる女性を、ノーメイクで演じている。

 これほど生気を失ったキム・ヘスはみたことがないかもしれない。

「キム・ヘスさんは、確かに強烈なイメージを放つ役柄が多い。

 ただ、ヒョンスという人物は、悲哀に満ちていて、立場としても弱者に追い込まれている。

 これまでなかった役ということでキム・ヘスさんも非常に興味を持ってくださったそうです。

 ご本人としては、自分がこの役をできるかどうかは分からない。

 けれども、『このシナリオを書いた人にぜひ会ってみたい』と思ってくれて、さきほどお話したように、わたしに会ってくださったそうです。

 そして、できるかどうかわからないけど、キム・ヘスさん自身の中に、『こういう内面が死んだような役』に挑戦したい気持ちがあった。

 わたしの中にも、こういうダークな内面を抱えた役を演じるキム・ヘスさんをみてみたい気持ちがあった。

 お互いの思いが合致していた。

 そういう意味でも、キム・ヘスさんは、この作品にヒョンスという役に運命を感じてくれたのかなと思います」

スンチョンから来た人を演じるのは、「パラサイト 半地下の家族」のあの人

 姿を消す少女の最後の目撃者となる、スンチョンから来た人を演じたのは、韓国映画のバイプレイヤーとして知られるイ・ジョンウン。

「パラサイト 半地下の家族」の家政婦役といえば思い出す人も多いことだろう。

「イ・ジョンウンさんもわたしが大好きな俳優さんです。

 『パラサイト 半地下の家族』で一気に世界的に知られるようになりましたけど、実は『ひかり探して』のシナリオを渡したのは『パラサイト 半地下の家族』の前だったんですよ。

 それで出演をお受けいただいたんですけど、『パラサイト 半地下の家族』が公開されてアカデミー賞を受賞すると世界的な大ヒットとなって、イ・ジョンウンさんには出演依頼がもう殺到していた。

 『ひかり探して』の撮影はまさにその直後ぐらいだったので、『もしキャンセルされたら……』と心配でたまりませんでした。

 でも、無事出演してくださって、ほんとうにほっとしました(笑)」

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

セリフがなくても彼女だったらたくさんのことを表現できると信じていました

 スンチョンから来た人は、ろうあ者。

 ただ、目は口程に物を言うではないが、イ・ジョンウンは、その目の動きと顔の表情でその感情を伝えるすばらしい演技を披露している。

「イ・ジョンウンさんをキャスティングしたときに、周りの人たちから口を揃えて言われたんです。

 『彼女ほどの俳優をキャスティングしたのに、何でひと言もしゃべらせないんだ』と。

 確かに贅沢といえるのかもしれません。どんなセリフも自分のものにして、言葉に命を吹き込める役者さんですから。

 ただ、わたしは、セリフがなくても彼女だったらもうたくさんのことを表現できると信じていました。

 その通りで、ほんとうにすばらしい役者さんで。これだけのキャリアがありながら、努力をおしまない。

 後半に声にならない声をしぼり出すシーンがありますけど、あのシーンに関してもすごく深く考えて悩み尽してベストを導き出すような姿勢で挑まれていて、とても印象に残っています。

 ちなみに、イ・ジョンウンさんとキム・ヘスさんは同い年なんです。そして、お互いのことを尊敬しあっている。

もうその二人が一緒にいる姿をみれるだけでわたしは光栄で。

 二人が一緒に登場する場面は意外と少ないんですけど、私もスタッフも、お二人が共演するシーンはいつも撮影が待ち遠しかったです。

 それぐらいわたしたちの想像を超える素晴らしい演技を見せてくれました」

ノ・ジョンイさんはオーディション。決め手は目です

 そしてもう一人、遺書を残して消えてしまうセジンを演じたのはノ・ジョンイ。

 彼女は今後の飛躍が期待される若手俳優になる。

「刑事のヒョンスが自殺か、事件性があるか調べる中で、セジンがひじょうに不遇な立場に置かれていたことが明かされます。

 若い女の子にとっては夢も希望も抱けないような絶望的な状況に置かれている。

 瞳の奥に寂しさを感じさせるようなことが求められるひじょうに難しい役です。

 その中で、オーディションをして、ノ・ジョンイさんを選びました。

 決め手は目です。

 ノ・ジョンイさんは、笑っているときと、黙って静かにしているときとの温度差が大きい感じを受けたんです。

 顔は微笑んでいるんだけど、瞳の奥に一抹の寂しさが漂う。

 ひじょうに悲しい状況なのに、それを明るくふるまいうまく隠す。

 そういう演技ができる俳優さんだと感じました。

 それから、ノ・ジョンイさんは子役からキャリアが始まっているので、大人の世界に馴れているところがある。

 大人の世界を嫌と言うほどみせつけられるセジンと重なるところがあるのではとも思いました。

 実際にノ・ジョンイさんに会って、一番セジンに近いと感じてお願いしました。

 その目に狂いはなかったと自負しています」

(※第四回に続く)

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

「ひかり探して」

監督:パク・チワン

出演:キム・ヘス  イ・ジョンウン  ノ・ジョンイ

キム・ソニョン  イ・サンヨプ  ムン・ジョンヒ

渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開中

写真はすべて(C)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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