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町に衝撃が走った閉店の報せ。135年続いた老舗店の最期に立ち合い映画に。本日、所縁の映画祭で上映へ

水上賢治映画ライター
映画「丸八やたら漬 Komian」より

 山形県山形市で2年に1度開催されるドキュメンタリー映画の祭典<山形国際ドキュメンタリー映画祭2021>。

 2年に1度の隔年開催で続いてきた同映画祭が10月7日(木)からスタートする。

 第17回を迎える今回は、コロナ禍を受け、史上初となる「オンライン」での開催に。

 ただ、この危機的な状況下にも関わらず、メインプログラムとなるインターナショナル・コンペティションおよびアジア千波万波2部門への応募は1,972本を数え、その中から吟味された世界の最新ドキュメンタリーが揃う。

 これだけの最新ドキュメンタリー映画をオンラインで楽しめる機会というのはそうあることではない。そういう意味で、特別な機会になるといっていいかもしれない。

 その映画祭の開幕を告げるオープニング上映に選ばれたのが、佐藤広一監督の映画「丸八やたら漬 Komian」だ。

市民も寝耳に水だった老舗漬物店の閉店のニュース

 まだできたばかりの新作について佐藤監督に訊く。

 はじめに「丸八やたら漬」は、山形市内にあった漬物店。135年続く老舗店だったが、2020年に残念ながら廃業となり、店の歴史は幕を下ろした。

 そして、こちらのお店は<山形国際ドキュメンタリー映画祭>において実は欠かせない場所。同映画祭期間中の夜の社交場で、ゲストと観客の出会いの場として愛された「香味庵クラブ」の会場だった。

 ゆえに「丸八やたら漬」廃業のニュースが報じられた際は、<山形国際ドキュメンタリー映画祭>に通い続けている東京の映画関係者の間でも衝撃が走った。

 映画「丸八やたら漬 Komian」は、その老舗漬物店の最後の一年の記録になる。

 まず佐藤監督自身、この閉店には驚いたことを明かす。

「実は、『丸八やたら漬』の閉店は僕自身も寝耳に水だったというか。

 おそらく山形国際ドキュメンタリー映画祭の関係者の人、一般の市民の方々も知ったのが山形新聞の記事だったと思います。

 『丸八やたら漬閉店』という記事が、山形新聞に掲載されて、ほとんどの人がはじめて知って、『ええっ?』となった。

 ただ、僕はまったく知らなかったですけど、なんとなくその界隈では『閉店』の噂話のようなことは出ていたみたいです」

佐藤広一監督(左) (C)映画「紅花の守人」製作委員会
佐藤広一監督(左) (C)映画「紅花の守人」製作委員会

『これ、記録しておかないとまずいんじゃないの?』の声

 そこから取材に至った経緯をこう語る。

「山形新聞に載った段階でけっこういろいろな方から連絡をいただいたんですよ。

 『これ、記録しておかないとまずいんじゃないの?』と。

 自分自身『確かに』と思いながらも、僕がお店にいってただ単に記録したところでどうにもならない。

 映画にするならばする、記録として残すなら残すといった、明確なビジョンが必要で。

 どうしたものかなと思ったんですけど、ことがことだけに<山形国際ドキュメンタリー映画祭>関連の人たちが動き出して、それこそ『香味庵クラブ』を立ち上げた方たちが中心になってあっという間に映画にしようという流れができた。

 そこで僕のところに話がきた感じで、ニュースで報じられてから、たぶん一週間もしないうちに撮影に行ったんじゃないですかね

 まあ撮影というか、『丸八やたら漬け』の社長の新関(芳則)さんのところに、

 僕とプロデューサーの髙橋(卓也)さんらと伺って、お願いしたんです。『撮影させてほしい』と。

 その場で、新関さんは『ありがたい限りです』とおっしゃってくださって、『では、撮らせていただきます』ということで始まりました」

映画「丸八やたら漬 Komian」より
映画「丸八やたら漬 Komian」より

解体されるところは記録を任されたものとして見届けないといけない

 そこからできる限り、さまざまなところを撮影していったという。

「漬物屋さんですから、まずは漬物作りとは思ったんですけど、閉店も決まって、新たに漬物を作るという作業はもうありませんでした。

 ただ、残っている漬物を袋詰めする作業はあったので、そういった形で漬物店としての顔をまずは記録していきました。

 それから、やはり『丸八やたら漬』のいわばシンボルだった『蔵』はきっちりと撮らないといけないなと。

 国の登録有形文化財でもあったので、外側はもとより内部まで念入りに撮りました。

 あと、蔵と店がなくなってしまう瞬間、解体されるところはやはり撮らなければならない。

 記録を任されたものとして見届けないといけない気持ちもありました。

 ただ、そのときがいつくるのかは不確か。建物は一瞬にしてあとかたもなくなってしまう。その瞬間は逃せない。

 なので、解体作業をする方とお話してどれぐらいになりそうかを見計らい、予想しながら8日間、ぶっ続けで張りこみというか現場にはりついて、最期のときを待ちました」

映画「丸八やたら漬 Komian」より
映画「丸八やたら漬 Komian」より

『山桜』のつながりで田中麗奈さんがナレーションを担当

 丸八という店を撮影する一方で、ゆかりのある人々にもいろいろと話をきいてまわった。

「<山形国際ドュメンタリー映画祭>に欠かせない場所だったので、やはり所縁のある映画人の方々にも話をきいたほうがいいなと思って。

 それから、『あぶない刑事』などで知られる村川透監督は、山形のご実家の蔵をリノベーションして、映画上映や音楽ライブができるスペースにして市民に開放したりしてるんですよ。

 そういった観点からの取材もしました。

映画「丸八やたら漬 Komian」より 村川透監督
映画「丸八やたら漬 Komian」より 村川透監督

 あと、山形出身の藤沢周平原作を映画化した『山桜』という映画があるのですが、篠原哲雄監督が手掛けられて、主演を田中麗奈さんが務めていらっしゃる。

 今回、篠原監督にはご登場いただいていて、その『山桜』のつながりで田中麗奈さんがナレーションを担当してくださいました。

 とにかく濃いおじさんがいっぱい登場して熱く語るので、それを田中さんの朗らかな声で『中和してください』とお願いしました(苦笑)」

映画「丸八やたら漬 Komian」より 篠原哲雄監督
映画「丸八やたら漬 Komian」より 篠原哲雄監督

『丸八やたら漬』という場所の存在の大きさに気づかされる

 作品を完成させたいま、撮影をこう振り返る。

「『丸八やたら漬』という場所の存在の大きさに気づかされる時間になりました。

 こういってはなんですけど、事象としては、ひとつの老舗漬物屋が歴史の幕を閉じたに過ぎない。『丸八』のことをご存知ない方にとっては、そうなってしまう。

 ただ、地元の人、映画祭で香味庵クラブを知っている人、山形市という町にとって、とてつもなく特別な場所だった。

 さきほど言ったようにけっこうお店に張り付いて撮影していたんですけど、ほんとうにいろいろな人がやってくるんです。

 映画祭開催時の『香味庵クラブ』となる映画祭開催時だけではなく、いつでも丸八は人々が集う場所だった。

 丸八が中心になって、そこに人が集って、文化が形成されるというか。

 漬物文化、蔵文化、山形国際ドキュメンタリー映画祭の文化の拠点だった。

 そこがなくなってしまった。改めて大切な場所がなくなってしまったことを実感しました。

 それから、建物が全部壊されて更地になってみると、けっこう広大な土地だったことに驚きました。

 映画祭で、香味庵にいったことがある人はわかると思うんですけど、いつも人でごった返しているから窮屈な印象があるじゃないですか(笑)。

 それが『こんなに広かったのか』と思うぐらい広大な敷地なわけです。

映画「丸八やたら漬 Komian」より
映画「丸八やたら漬 Komian」より

 その広大な土地が更地になって空地になっている。その光景をみたときは、なんか心にぽっかりと穴があいたようでなんともいえなかったです。

 また、この光景を目の当たりにしたときに、ちょっと危機感を抱いたといいますか。

 これは山形だけじゃなくて、いまこういう古い建物が誰かに継承されるわけではなく、バンバン壊されていっているのが実情で。

 全国各地で、丸八のようなことが起きている。

 そうした歴史ある一般の建物を残すような法律がないので、ノーガード状態でその町のシンボルのような建物が壊されてしまう。

 丸八の跡地も、なにもなかったように新しいマンションが建つわけです。

 もしかしたら、こうしたことがこれからさらに加速して進むかもしれない。

 このままでいいのかなと。 古い価値のあるものがなくなっていく一方というのはいいのか。

 作品を通して、こういう現実があることに気づいてほしいし、知ってほしい気持ちがあります」

今回の山形国際ドキュメンタリー映画祭のオープニング上映作品に

 作品は、今回の山形国際ドキュメンタリー映画祭のオープニング上映作品に選ばれた。

「山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映できればいいなと思ってはいて、間に合うように制作はしていたんですけど、まさかオープニング上映に選ばれるとは夢にも思っていませんでした。

 とても光栄な場をいただいたと思います。

 山形国際ドキュメンタリー映画祭にとって、『丸八やたら漬』=『香味庵クラブ』は、かけがえのない場所だった。

長きに渡って<山形国際ドキュメンタリー映画祭>に集う人々を温かく迎え入れてくれた『丸八やたら漬』=『香味庵クラブ』に感謝を示す上映になればと思っています

 なお、<山形国際ドキュメンタリー映画祭>で、佐藤広一監督の作品はもう1本「世界一と言われた映画館 ~酒田グリーン・ハウス証言集~」も上映される。

 さらに映画「丸八やたら漬 Komian」とほぼ同時進行で制作していた「紅花の守人」も完成。映画祭期間中に完成披露上映が行われ、来年の公開を目指す。

 こちらも楽しみに待ちたい。

<山形国際ドキュメンタリー映画祭2021>

会期:10月7日(木)- 14(木) 8日間

開催方法:オンライン

公式 HP:www.yidff.jp

本日より開催!

<開会式>

10月7日(木)17:00~18:00

オープニング作品 映画「丸八やたら漬 Komian」

(18:30よりオンライン上映

https://online.yidff.jp/film/pickles-and-komian-club/

佐藤広一監督作品「世界一と言われた映画館 ~酒田グリーン・ハウス証言集~」

10月12日(火)15:00よりオンライン上映:

https://online.yidff.jp/film/the-worlds-top-theater/

映画「丸八やたら漬 Komian」ポスタービジュアル
映画「丸八やたら漬 Komian」ポスタービジュアル

映画「丸八やたら漬 Komian」

プロデューサー :髙橋卓也

監督:佐藤広一

ナレーション:田中麗奈

場面写真はすべて(C)映画「丸八やたら漬 Komian」製作委員会

「紅花の守人(もりびと)」ポスタービジュアル (C)映画「紅花の守人」製作委員会
「紅花の守人(もりびと)」ポスタービジュアル (C)映画「紅花の守人」製作委員会

「紅花の守人(もりびと)」

プロデューサー:髙橋卓也

監督:佐藤広一

ナレーション:今井美樹

公式サイト:https://benibana-no-moribito.amebaownd.com/

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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