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テストも授業もない。ゲームはOK!子どもたちを信じる学校と出合って

水上賢治映画ライター
「屋根の上に吹く風は」の浅田さかえ監督 筆者撮影

 ポレポレ東中野で公開がスタートしたドキュメンタリー映画「屋根の上に吹く風は」は、鳥取県の山あいにある、とある学校の日常を記録している。

 ただ、わたしたちがイメージする「山村の学校」とはおそらくかなり違う。

 というか、そもそも、わたしたちがイメージする「学校」そのものからもかけ離れているというか。

 「生徒が一斉に登校して、教室で数十人が一律で同じ授業を受ける」といった通常イメージする学校とはまったく違う。

「屋根の上に吹く風は」より
「屋根の上に吹く風は」より

 豊かな自然に抱かれた、鳥取県智頭町にある「新田(しんでん)サドベリースクール」は、アメリカにあるサドベリー・バレー・スクールをモデルに、子どもたちの主体性を尊重した教育を目指すデモクラティックスクール(民主主義の学校)。

 カリキュラムやテストはなく、通知表のような学業の評価もしない。そもそも教師もいなければ、授業もない。

 子どもたちの意見が最大限尊重され、彼ら自身が好奇心に沿った遊びや体験からそれぞれ何かを学んでいく。

 スクールのルール作りから、運営、スタッフの雇用などもすべて子どもたちの同意のもとで決められ、大人は子どもたちを見守り続ける。

 子どもたちがいろいろなことを自分で考え、自分で行動し、自分で決める。

 もちろん学校は本来、子どもが主役ではあるが、おそらくここまで子どもたちに多くが委ねられた学校はなかったといっていい。

 新田サドベリースクールとは、どんな学校なのか?そこからなにが見えてくるのか?

 同校に約1年半にわたって足繁く通い、本作を作り上げた浅田さかえ監督に訊く。(全三回)

授業はなく、テストもない。先生もいない。

そんな学校教育が存在するのか

 まず、浅田監督と「新田サドベリースクール」との出会いは、偶然だったという。

「夫の故郷である鳥取に帰省したときに、森のようちえん(※新田サドベリースクールの母体は、特定非営利活動法人 智頭の森こそだち舎。その原点となるのが智頭町に住む子育て中の親たちが立ち上げた森のようちえんになる。幼児にほとんどの時間を野外、森の中の自然の中で過ごし、幼児教育を行う)に子どもを通わせていた男性から話をききました。『ユニークな学校がある』と。

 授業はなく、テストもない。先生もいない。わたしが経験した昭和の義務教育とはまったく違う。そんな学校教育が存在するのかと思いましたし、そもそもそんなシステムで学校として成立するとはにわかに信じ難かった。

 でも、一方で、直感で『おもしろい!』『どんなところかみてみたい」と興味を抱きました。

 ですから、『ほんとうにそんな学校があるの?』という気持ちと、『あったら実際にみてみたい』という気持ちが半々で、まず取材をお願いしてみました」

 新田サドベリースクールからはすぐに連絡が来たという。

「メールで取材の依頼をしたのですが、確か2日後ぐらいには返事をいただいて、『OK』とのことでびっくりしました。

 何度か話し合いを経て、了承をいただければいいとこちらは思っていたので」

初めて訪れた日に、しばらくここを取材してみようと思いました

 こうして初めて同校を訪れることになったが、その日に『しばらく取材してみよう』と決意したという。

「はじめて訪れた日は、下準備といいますか。

 カメラは一応用意してもっていきましたけど、学校のこともまだつかめていないですし、生徒も受け入れてくれるのかわからない。

 なので、全体をつかむための下見、どういう学校かをつかむための見学ができればいいなぐらいに考えていたんです。

 ただ、実際に行ってみたら、なぜかわからないですけど、子どもたちがすんなりわたしを受け入れてくれたんですね。

 それで、すぐにわたしもカメラを回し始めた。

 そうしたら、わたしにとっては新鮮でおもしろいことがいきなり起こった。

 どういうことが起こったかというと、どうすれば生徒数が増え、学校運営が成立するかというミーティングが始まった。

 当時、学校の状況はこどもが10人ぐらい。国に学校と認可はされていないので、助成金などは一切でない。

 学校の経営状況は苦しく、スタッフの給与もいいとは言えない。通わせる親の負担も厳しい。

 この状況を改善するためにどうすればいいか、話し合いがはじまったんですけど、子どもたちがほんとうに真剣にいろいろな案を出すんですね。

 この学校がなくならないよう必死にいろいろと考える。

 この光景をみたときに、感動したといいますか。自分の通っている学校をこれだけ愛していることがすごいなと思ったんです。これを見たときに『撮りたい!』と思いその場で子どもたちの許可を取り、撮影がスタートしました。

 逆のことを言うと、これだけ子どもに愛されている学校がいまほかにどれだけあるのかなと。

 その瞬間、なにか作品になるものが撮れる気がして、しばらくここを取材してみようと思いました」

「屋根の上に吹く風は」より
「屋根の上に吹く風は」より

 2018年2月に撮影はスタート。以後、毎月1度、多いときは2回、1週間から10日ほど滞在し、約1年半、学校に足を運び撮影を続けた。

「学校へは基本、わたしひとりでいきました。

 2回ほど、カメラマンの夫にかわりに撮影にいってもらったことがありましたけど、基本はわたしひとりで学校へいって撮影しました」

最初の3カ月は苦悩の連続

 いざ撮影に入ると、最初の3カ月は苦悩したことを明かす。

「『新田サドベリースクール』の理念には、わたし自身共感するところがあった。

 たぶん、自分が子どもだったら、そんな学校があったら、行きたいと思った気がします。

 ですから、基本は『新田サドベリースクール』を肯定的にとらえていました。

 ただ、実際にその現場に立つと、複雑な心境に陥ったというのが正直なところ。

 ずっとゲームをやっている子がいると、事前にきいていたし、わかってはいて心の準備もできていた

 でも、実際に、1日中、ゲームをやっている男の子の姿を目の当たりになると、思うわけです

 『勉強しなくていいのか』とか、『ゲームばっかりやっていてなにをこの子たちは学ぶことができるのだろうか』と。

 古い昭和の価値観で学校に行って勉強をするのが当たり前で育ってきている身としては、この状況を受け入れられない。

 1日ならまだしも何日も続くと、やっぱりひと言いいたくなってきてしまう。『みんな本当に大丈夫なの?』と。

 映画でも描いていますが、少ししてようやく勉強する子がでましたけど、それまではほんとうにみんな1日中遊んでいるんです。

 いくら子どもの自主性を重んじるといっても、限度があるのではないかと考えてしまう。最初の3カ月ぐらいは、もうカメラ越しに葛藤しっぱなしでした」

子どものことを信頼して任せていけば、

彼らはちゃんと自分でやっていく力や能力がある

 でも、3カ月ぐらい経ったころ、ようやく理解したという。

「3カ月ぐらい過ぎたころから、わたし自身が、ゲームや遊んでいるところばかりに目を奪われなくなったといいますか。

 きちんとみていくと、子どもたちがいろいろなことを考え、行動していることに気づいた。

 たとえば、ミーティングがあれば、自分のいいたいことをきちんと主張する。

 なにかやりたいことがあったら、そのことを発信したり、実現させるために周囲に自分から働きかける。みんなを説得して回る。

 自分で決めて行動している。子どもは子どもで自分のことをきちんと考えている。単に遊んでばかりじゃないことにわたしがようやく気づいた。

 そのとき、わたしの中の昭和でとまっていた価値観もガラッと変わりました。

 子どもをもっと信じていい。これまで信じなさ過ぎていた。

 子どものことを信頼して任せていけば、彼らはちゃんと自分でやっていく力や能力がある。いま大人が手をかけすぎて、管理しすぎている。むしろ、そのことが子どもの成長を妨げているのではないかと。そういうことに気づかされた。

 ずっと続いている学校教育、義務教育を否定しているわけではありません。そのシステムはあっていい。

 でも、時代が進むにつれて、そこに合わない、合わせられない、馴染むことができない、どうしてもこぼれおちてしまう子どもたちがいる。

 実際、いま不登校の生徒が18万人を超すといわれている。

 義務教育というひとつの形にこだわらずに、子どもたちそれぞれにあった学びの場があっていい。

いろいろな学びの場や学び方があっていい。新田サドベリースクールのような学校が必要なのではないかとの考えに至りました」

(※第二回に続く)

「屋根の上に吹く風は」ポスタービジュアル
「屋根の上に吹く風は」ポスタービジュアル

「屋根の上に吹く風は」

監督・撮影・編集:浅田さかえ

ポレポレ東中野にて公開中。

京都・京都シネマにて10/22~

大阪・第七藝術劇場、名古屋・シネマスコーレにて10/23~公開予定

公式サイト https://www.yane-ue.com/

場面写真はすべて(C)SAKAE ASADA

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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