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男に裏切られ、会社を追われ、路線バスの運転手に。マイナスを糧に未来を拓くヒロインを演じて

水上賢治映画ライター
「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より

 香港から届いた「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」は、いまを生きる女性たちに温かなエールを送るようなヒューマン・ドラマだ。

 主人公のソックは、結婚寸前までいった恋人に裏切られ関係が破綻。

 しかも彼と一緒に築き上げてきた会社を彼の新たな恋人の策略で追われる身に。

 自暴自棄になってもおかしくない状況の中、彼女が路線バスの運転手となって新たな人生を切り拓いていく様が、ユーモアを交えながら描かれる。

 ともすると卑屈に映ってもおかしくない、このヒロインを実にたおやかに演じ切って深い印象を残すのが、イヴァナ・ウォン。

 香港で人気シンガーソングライターで女優としても活躍する彼女に訊く。(全三回)

これまでにない役だと思いました

 はじめに本作への出演のいきさつを彼女は、こう明かす。

「実は、パトリック・コン監督の映画に出演するのははじめてではありません。

 ありがたいごとに、だいたい1~2年置きぐらいに、監督から直接『映画に出ないか』とお話をいただいています。

 なので、これまで何度も監督の作品には出演したことがあります。

 今回もいままでと同じく監督からお話をいただきました」

 ただ、今回のオファーはちょっとこれまでとは違ったそうだ。

「パトリック・コン監督の作品の多くはコメディ映画。わたしもその作品が大好きで、コメディ映画も大好きなんです。

 でも、今回、監督からこう言われたんです。『いままでの作り方と作品とはちょっと違うものにトライしたい』と。

 今まで監督が作り上げたコメディ映画は、わりとクレイジーなドタバタ劇が多かったんです。

 いうなればシチュエーションのおもしろさやユニークさで見せていく。ぶっとんだキャラクターが登場して、なにかを巻き起こすみたいなことが多かった。

 でも、今回は登場人物の情感であったり、その瞬間瞬間の感情の部分を重視してきちんと描きたいと。

 それにともない俳優たちにもキャラクターというよりは、きちんと実人生を生きている、現実の世界を生きているような役になるよう求められたんです。

 これはこれまでにないと思いました」

実際に路線バスを運転できる免許をとることが出演の条件!

 その一環で最初に求められたミッションがあった。演じるソックは、最終的にバスの運転手になる設定。

 そこで香港で実際に路線バスを運転できる免許をとることを命じられた。

「具体的にいいますと、わたしと映画の中でもうひとりソックがバスの運転手を目指すきっかけを作る男性ドライバーがいるのですが、その役者の2人がバスの運転手の免許を取得しなければならないと言われました。

 運転免許を撮ることが条件。もし免許が取れなかったら、『出演はなし』と言わたんです」

 しかも、監督からはさらにこう言われたという。

「免許がとれなかったら、『映画の企画自体を断念する』と。

 だからもう必死でした。わたしが免許をとらないと、クランクインができないということ。

 それは、わたしだけならまだしも、ほかのキャストやスタッフもせっかくのチャンスを失ってしまうことになる。

 それはいままでにないプレッシャーでした」

オンラインでの取材に応じてくれたイヴァナ・ウォン 提供:武蔵野エンタテインメント株式会社
オンラインでの取材に応じてくれたイヴァナ・ウォン 提供:武蔵野エンタテインメント株式会社

1回目の試験は不合格。2回目で涙の合格

 ところが、そう容易に免許がとれるわけではなかった。

「実は、免許を取るのに2回試験を受けました。

 つまり、1回目の試験は落ちてしまったんです。

 試験には監督がずっと付き合ってくれました。変な話ですが、合格発表はわたしたちよりも監督が緊張しているようでした。

 1回目に失敗したときは、正直なことを言うと、『怒られるのではないか』と思いました。

 ところが監督はまったく怒らず、『まあまあまあ、また頑張ろう。次通ればいい』と元気づけてくださいました。

 そして、迎えた2回目の試験。

 無事合格して、もうわたしはうれしすぎて、涙が止まりませんでした。

 隣をみると、監督の目も潤んでいて、自分ごとのように喜んでくれました。

 それで、監督はすぐにパーティを企画してくれたんです。どこかパーティ会場をとって、免許をとれたお祝いをしようと。

 そのパーティというのがちょっとユニークというか。

 パーティ当日、出席者全員をわたしが運転するバスで会場まで送るという趣向のものだったんです。

 実際に、わたしは運転して、みなさんを会場までお送りしました。

 で実はこれで終わらないで、映画が完成したときに記者会見があったんですけど、このときも、実際の撮影のときにつかったバスよりさらに大きなバスを貸し切って、わたしの運転で会見場まで向かいました(笑)。

 これには、みなさんに感謝したといいますか。

 私が運転するバスに皆さんあえて勇気を持って乗ってくれたので、『ありがとうございます』という気持ちでした。

 そして、いまとなってはわたしにとって忘れがたい思い出です」

香港では大型バスの運転手になる女性が増えているそうです!

 大型バスの運転手となると、あまり女性のドライバーを日本では見かけたことがない。香港ではどうなのだろうか?

「私もこの映画に出演する前にはまったく知らなかったんですが、実は香港には多くの大型バスを運転する女性ドライバーがいることを知りました。

 聞くところによると、近年はさらに増えているそうです。

 これには、理由が2つあります。

 ひとつは、いまもう世界がそうなっていますけど、今香港ではどの職業も、これは男性の職業だとか、これは女性の職業だとかいったような男女の区別をあまりしなくなったきています。それが一つの理由だと思います。

 もうひとつは、香港の市民にとってバスは特別といいますか。

 香港市民に愛されている交通手段で、バスには、みんななにかしらの思い出がある。

 そのせいか、バス会社で働きたい人がけっこういる。

 もうひとつ加えるとすると、昔の大型バスは運転するのに力が必要だった。ハンドルがとても重くて運転しづらいところがありました。

 でも、いまはバスの改良が進んで、ハンドルも軽くて女性でも問題なく運転することができる。

 これは実際に免許をとるときに、わたし自身も実感しましたね」

「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より
「人生の運転手(ドライバー) 明るい未来に進む路」より

「人生の運転手(ドライバー)~明るい未来に進む路~」

監督:パトリック・コン

出演:イヴァナ・ウォン、フィリップ・キョン、エドモンド・リョン、

ジャッキー・ツァイ

シネマカリテほか全国順次公開中

公式サイト http://jinsei-driver.musashino-k.jp/

場面写真はすべて(C)2020 Media Asia Film Production Limited. All Rights Reserved.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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