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都合よく働かせ、働けなくなったらお払い箱。人を人として扱わない日本の現実を見過ごしていいのか

水上賢治映画ライター
「海辺の彼女たち」の藤元明緒監督(右)と渡邉一孝プロデューサー 筆者撮影

 デビュー作「僕の帰る場所」が世界30以上の映画祭を巡った藤元明緒監督の最新作「海辺の彼女たち」は、ベトナム人女性3人を主人公にしながら、いまの日本という国が透けて見えてくる、いや、できれば見たくないことを見せつける1作といっていいかもしれない。

 この物語で描かれることは、意識はしていないかもしれないが、実は知らず知らずのうちに自分たちが加担しているかもしれない、あるいは自分には関係ないと無視を決め込んでいるかもしれない、そんな事柄ばかりだ。

 ゆえに、観終えたとき、後味の悪さが残るかもしれない。でも、きちんと真正面からみなければいけない現実がここにはある。

 藤元監督と渡邉一孝プロデューサーの話から作品を紐解く。(全三回)

技能実習生の問題に目を向けたきっかけ

 先で触れたように本作の主人公は、アン、ニュー、フォンというベトナム人女性。3人は、ベトナムから日本へとやってきた技能実習生だ。

 しかし、彼女たちの置かれた状況は最悪というほかない。

 働いて3カ月になる職場は、1日1日15時間労働、土日の休みもなく、残業代さえ払われない。

 もはや体もボロボロで生活に十分なお金も手に入らない彼女たちは、ブローカーを頼りにその職場から脱出を図る。

 日本のニュースでも一時期よく報じられた、この技能実習生の問題に目を向けたきっかけをこう明かす。

藤元「2016年にSNS上でミャンマー人技能実習生の女性と出会いました。

 彼女は、映画と同様に実習先から不当な扱いを受けていて、SOSメールを僕に送ってきたんです。

 でも、何度かやりとりをしたあと、連絡が途絶えてしまった。

 このとき、どうにもできなかったことが、ずっと自分の心の中に残っていて、いま彼女はどんな思い出いるのかを考えるようになりました。

 このことが今作の出発点になっています」

都合よく働かせておいて、働けなくなったらあとはお払い箱って……

 このことをきっかけに技能実習生や来日後に失踪した当事者らを取材し、脚本を書き進めていったという。

 その間にも、技能実習生をめぐる事件が相次ぎ、心を痛めていた。

 その中で、こんなことを考えていたという。

藤元「いまの技能実習生の立場というのは、働かされるだけ働かされて。もし、働けなくなったら、『じゃあ、もう必要ないので国に帰ってください』といった感じなんです。

 都合よく働かせておいて、働けなくなったら選択肢はなくて、あとはお払い箱って『どういうこと?』と思う。こういう制度ってあっていいのかなと。

 あと、日本にきて妊娠した技能実習生が子ども産むのを諦めるといったことも起きていた。

 もし、母国に帰らずに日本で働くには、中絶するしかない。ここも選択肢はない。子どもを産むなら働けないから日本を出るしかない。こんな命の選択を迫ることをしている事実を見過ごしていいのかなと。

 ちょうどこのころ、僕の妻が妊娠していて、すごく命について考えている時期でした。

 だから、よけいに『こんなことがあっていいのだろうか』と考えたところがありましたね」

「海辺の彼女たち」より
「海辺の彼女たち」より

人の尊厳や家族といった普遍的なことにつながっている

 こうした過程を経て脚本は出来上がっていった。

 この構想を打ち明けられた渡邉プロデューサーは、こう受けとめた。

渡邉「前作の『僕の帰る場所』があって、次となったときに、あまりに極私的なものになってしまうのはどうかなと。それだったら、自分が一緒にやる意味はあまりない。

 1本目だから見えたことがきっと藤元監督にはあったはず。その視点を踏まえてさらに視野を広げて、彼にしか書けないものを書いてくれたらと思っていました。

 訊くと、技能実習生をはじめさまざまな他者に思いを寄せている。

 自分自身として考えたこともしっかりと入っている。

 人の尊厳や家族といった普遍的なことにつながっている内容で、これだったら2本目としてお互い飛躍できる作品にできるのではないかと思いました」

 先で触れたように技能実習生はベトナムから来た設定。この理由をこう明かす。

渡邉「最新の調査はわからないですけど、日本に技能実習生としてやってくるのが1番多いのがベトナム。16年に中国を抜いて、19年には全体の半数を占めるほどに増えました」

 あまりに日本の扱いがひどいことが知れ渡って、なかなか人が集まらないというニュースも報じられているが、現実はまだまだ多くのベトナム人がやってくるという。

藤元「本人の意思と関係なく、もう家族のためとかでいかざるえない人がいっぱいいるんですよ」

いつでも代替可能で、壊れたら切り捨てて

別の人に替えればいいみたいな扱いを受けている人がいっぱいいる

 ブローカーに金を払って、ブラックな職場からなんとか脱出した3人は、海辺の漁港で働き始める。

 ただ、そこで新たな問題に直面する。

 苦境に置かれた彼女たちの姿からは、経済優先主義や人権意識の低さといった日本社会全体にある問題点が、ブラック企業しかり、非正規雇用しかり、確かに日本社会全体が、どんどんと人を経済動物とみなす傾向にあることが作品からは透けてみえる。

 それは、彼女たちをもはや経済動物とみなし、人扱いしていないような周囲の態度は、数年前の国会議員による「LGBTは生産性がない」といった発言にもつながっていく。

藤元「僕は身近に外国人の知り合いがけっこういるんですけど。

 彼らを取り巻く働く環境を観ていると、部品というかひとつのパーツのような扱いというか。

 いつでも代替可能で、壊れたら切り捨てて別の人に替えればいいみたいな扱いを受けている人がいっぱいいる。

 そこに対する憤りはやっぱりありました。

 そういう彼らに助けられて、僕らの生活が成り立っていることをもっと自覚しないといけない。

 大きな犠牲を強いられた人がいる。そのことに気づかなければいけない」

 しかも、こうした技能実習生の問題が地方で起きていることも注目しなければならない。ゆえに東京はもちろんだが、地方で暮らす人々に観てもらいたい気持ちがあるという。

藤元「作り終えたとき、東京は大事なんですけど、これ、絶対に地方の人たちに届けたいと思ったんです。

 技能実習生が働くのは1次産業が多い。だから、きっと関わったことがある人が多いと思う。

 関わらなくても彼女たちのような存在をみかけたことがある人がいると思う」

渡邉「そういう地方の問題にかかわることを描いているからか、その地域での公開が決まると、けっこう取材の依頼が入っているんです。

こういう現実が日本にあることは事実

 だから、地方メディアとして無視できない内容がきちんと描けたのではないかと、手ごたえを感じています」

 そういう意味で、「僕の帰る場所」もそうであったが、外国人が主人公ながら、日本人が目を逸らしている、できればみたくない日本が露わになっている。透けて見えてくるといっていい。

藤元「けっこう、日本のドメスティックな部分は意識したかもしれません。

 こういう現実が日本にあることは事実なので。特に日本のみなさんに見てほしい。日本のみなさんと共有したい。そういう思いはありますね」

(※第二回に続く)

なお、現在開催中の「第43回ぴあフィルムフェスティバル」にて特別上映&トークイベントあり。

<PFFスペシャル映画講座>

「越境するインディペンデント映画~"越境シネマLABO" はじめます~」

藤元明緒(映画監督)×渡邉一孝(映画プロデューサー)

9/18(土)14:00~国立映画アーカイブ小ホール 

※『僕の帰る場所』『海辺の彼女たち』2作品上映後、トーク。途中休憩あり

詳細は→https://pff.jp/43rd/lineup/eigakoza.html

「海辺の彼女たち」ポスタービジュアル 
「海辺の彼女たち」ポスタービジュアル 

「海辺の彼女たち」

脚本・監督・編集:藤元明緒

出演:ホアン・フォン、フィン・トゥエ・アン、クィン・ニュー ほか

神奈川・あつぎのえいがかんkikiにて9/18(土) 〜 10/1(金)、

神奈川・シネマアミーゴにて9/26(日) 〜 10/9(土)、

東京・CINEMA Chupki TABATAにて10/1(金) 〜 10/15(金)、

ほか全国順次公開中

詳細は公式サイトにて → https://umikano.com/

筆者撮影以外の写真は(C)2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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