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苦境にいるミャンマーの名も無き人々に思いを寄せて。全国各地の映画館でチャリティ上映実施へ

水上賢治映画ライター
藤元明緒監督(右)と渡邉一孝プロデューサー(左)  筆者撮影

 今年2月、ミャンマー国軍によるクーデターが起きたことはご存知のことと思う。

 それから5カ月以上が経過したが、いまだ終息の道筋は見えず、国軍による一般市民への弾圧が続く。

 弾圧の対象には、文化人も含まれ、ミャンマーの映画人でも逮捕者が出ている。

 その中で、いち早く支援のアクションを起こした日本の映画人がいる。

 現在公開中の映画「海辺の彼女たち」の藤元明緒監督と渡邉一孝プロデューサーだ。

 2人が2018年に発表した「僕の帰る場所」は、在日ミャンマー人一家の物語。実際にミャンマーで撮影を行った作品でもある。

 そのつながりもあり本作を全国各地の映画館でチャリティ上映する「映画『僕の帰る場所』ミャンマー支援チャリティ上映2021」を実施

 上映による配給収益及び設置した募金箱への協力金は、本作の製作・配給会社であるE.x.Nよりミャンマー市民を支援する活動に全額寄付される。

 このチャリティ上映は5月からはじまり現在も継続中。これまで支援金は80万円(※2021年7月時点)を超す。

 活動に至った経緯について藤元監督と渡邉プロデューサーに訊いた。

 先で触れたように「僕の帰る場所」は、ある在日ミャンマー人一家の物語。

 入国管理局に捕まった夫に代わって家族の生活を支える母のケインや幼い兄弟の姿が描かれる。

 その内容は、いまの日本のひとつの関心事となっている入管法や移民の問題に真に迫ったもの。

 作品は、高い評価を受け、第30回東京国際映画祭のアジアの未来部門でグランプリを含む2冠を獲得。国内のみならず世界の30以上映画祭で上映され、5つの賞を受賞した。

 映画祭での上映を経て迎えた2018年からの日本での公開も劇場のみならず、コロナでストップするまで自主上映が途切れなく行われていたという。

観てくださった方が他人事で済まさないで、アクションを起こす。

そういう映画になってくれたことがすごくうれしかった

 まず、劇場公開を経てまでを含めて作品をこう振り返る。

藤元「最もうれしかったのは、映画を通して、『ミャンマーに関わるようになりました』とか、『ミャンマーについて興味を持ちました』とか、『難民問題についてもっと知りたいと思います』とか、いう声をほんとうに多くいただいたんです。

 観てくださった方が他人事で済まさないで、なにかしらのアクションを起こす。そういう映画になってくれたことがすごくうれしかったです。

 というのも、今回の『海辺の彼女たち』もそうなんですけど、単純にみてもらえればいいじゃなくて、その人のその後の人生も含めて寄り添っていい影響を与えられるような作品を作っていきたいと思っているんです。

 そういう意味で、『僕の帰る場所』は、そういう作品に少なからずなれた気がして。

 この前の上映でも、親子で見に来てくださった方がいたんですけど、親御さんが『娘が学校の課題でこの映画をきっかけに難民問題について取り組もうといっています』とおっしゃてくださって、うれしかったです。

 こういう声をいただいて僕はひとつ自信になったし、同時に社会にとって何か意義があるというか。そういうことにくみするような映画を考えていきたいなと思いましたね。

 あと、僕にとっては長編デビュー作でもあって、映画館で映画を見るという体験がその人の深いところまで響くものになることを改めて実感しました」

渡邉「もともと劇場公開だけで終わるのではなく、長くみてもらえる作品を作りたい気持ちが僕らの中にあったんです。

 なので、2018年10月から劇場公開がはじまって、目安として1年ぐらいかけてロードショーをしていきながら、その後から自主上映を募っていったんですね。

 細々かもしれないけど、長く続けていければいいなと思っていたんですけど、自主上映も45カ所かな、けっこうな数を回って、今年に入ってからもちょこちょこ上映機会があったんですね。

 だから、僕らの想像を超えて長く愛される作品になったなと思いました。

 さきほど藤元監督がいったように実際に映画を観てミャンマーに興味をもって上映会を企画してくださった方もいたし、僕らがまったくアプローチしていなかったところからご連絡をいただくケースもあった。

 長く上映を続けていきたい気持ちはありましたけど、ここまで長く上映がある作品になるとは思っていなかったので、自分にとってはすごい励みになりました」

「僕の帰る場所」より
「僕の帰る場所」より

クーデターが最初に起きたと、聞いたときはそこまで危機感は抱かなかった

 作品は日本とミャンマーの合作映画。ミャンマーの映画人も関わった作品になる。

 その中で、今回のミャンマー国軍のクーデターという一報はどう受け止めたのだろうか?

藤元「正直なことを言うと、クーデターが最初に起きたと、聞いたときはそこまで危機感は抱かなかったんですよ。

 スー・チーさんがまた拘束されたことは心配でしたが、市民への弾圧まではまさかいかないだろうと思っていたんです。

 ところが1か月後ぐらいしてからですかね、国軍が反対運動をする市民を鎮圧し始めた。

 おそらくひと昔前だったら、ミャンマーが簡単にシャットダウンして、そういう弾圧の事実を抹殺することができた。

 でも、いまのSNS時代では、もはや遮断できない。次々とひどい状況が動画で伝えられて、もう言葉を失いました。

 民衆から反発を受けても国軍は無視を決め込むと僕はどこかで思っていた。そうしたら、武力で一掃する手段に出てきた。

 ちょっと楽観視していた自分を恥じました。

 実は、数日前からうわさは出てたんです。『軍がクーデターを起こすんじゃないか』と。

 でも、ここまで国軍が強権的な姿勢をみせると予想した人は世界中でひとりもいなかった。2021年でもまだこんなことが起きるんだと愕然としました。

 あと、僕の妻はミャンマー人で。

 ミャンマーに家族がいるので、妻の親が大丈夫かまず心配になりました。

 とはいえいまは、日本に連れて来ることも無理で。僕らも子どもがいるのでミャンマーに行くこともできない。

 いろいろと考えた末、子育てのために2019年にミャンマーから日本に戻ってきたんですね。もしかしたらまだ僕自身、ミャンマーにいた可能性もある。

 ですから個人的には他人事と思えない、でも、なかなかできることがなくてなんとも歯がゆい状態にいます」

渡邉「2014年に『僕の帰る場所』を撮影したとき、僕はプロデューサーとして大事が起きないように動かなきゃいけないから、けっこう神経をとがらせていたんですよ。

 現場には情報省の人間が毎日付くし、ちょっと怖いところはあった。

 でも、社会としては、現地の人たちは道端で政治的なことを話していても問題なかったし、日本人も外国人もどんどんミャンマーに入ってきていた。

 だから、もう国としては大丈夫なんだろうなって思っていたんですよね。

 ただ、NPO関連の人と話すと、『いつどうなるかは常に分からないよ』と。

 『軍人が政権の一部を占めているという事実があり続ける限りは、その人たちが銃持ってるわけだから、いつひっくり返るか分からないよ』みたいなことを言っていた。

 なので、僕はクーデターが起きたとき、その言葉が甦りましたね。『そういうことだったのか』と」

インフルエンサーからはじまり、文化人が次々と逮捕されています

 最近、ミャンマーの知人の映画人が逮捕されたという。

藤元「つい最近、ほんとうに逮捕されてしまったんです。

 かなり近い存在なので、たぶんいまごろ僕の家も、ガサ入れが入って、機材とか没収されているかもしれない」

 現在、次々と映画製作者が捕まっているという。

藤元「まず世界に発信しないようにとのことからだと思うんですけど、インフルエンサーから捕まり始めた」

渡邉「そこから俳優とか、映画に限らず文化人が次々と逮捕されています」

「僕の帰る場所」より
「僕の帰る場所」より

ミャンマーがあってできた作品ですし、なにかできないか

 そうした現状がある中で、少しでも支援になればということで今回のチャリティ上映に踏み切ったという。

藤元「もともと、新作の『海辺の彼女たち』の公開にあわせて、『僕の帰る場所』の再上映もできればなと考えていたんです。

 まだDVD化も、配信もしていないので、改めてみてもらえる機会を作りたいなと。

 ただ、今回のクーデターを受け、ある意味、この作品の役割が生まれたと思うんです。

 それで、チャリティ上映ができないかなと」

渡邉「ミャンマーがあってできた作品ですし、なにかできないかなと。

 それで、配給権もっててもそんなこと誰もしないと思いますけど、もう配給収益も全て支援に回そうとなって、チャリティ上映をやろうとなった。

 ただ、僕らがいくらやりたくても映画館が同意してくれないとどうにもならない。

 コロナ禍で劇場はどこも経営も番組編成も大変なことになっていて、大きなダメージを受けている。

 だから、無理は言えない。そもそも映画館として『僕の帰る場所』は旧作になるわけで、そんな作品を一定期間上映してくれるのか無理な相談だよなと思いました」

藤元「ほんとうに『やりたい』といってくれる劇場があるかわからなかったです」

渡邉「ところが僕らの予想に反して、ポレポレ東中野やシネ・ヌーヴォをはじめみなさん呼応してくださったんです。現在16館になりました。

 とくに声をかけてないのに、こういうことを僕らが始めたことを知って、手を挙げてくださった映画館さんもあって、勇気づけられました」

 こうしてチャリティ上映は実現。今月9日からは兵庫・シネピピアでの上映が始まり、今後も各地で続く。

この作品を通して、少しでもミャンマーに関心を寄せていただけたら

 最後に二人はこう言葉を寄せる。

藤元「この映画をみて実際にミャンマーにいったことのある方の投稿だと思うんですけど、『もう戻ってこない風景が収められている記録的な映画になってしまった』といったことが書かれていました。

 悲しいですけど、ミャンマーはそういう現実になってしまっている。

 この作品を通して、少しでもミャンマーに関心を寄せていただけたらうれしいです」

渡邉「これまで多くの方が足を運んでくださって、募金にもご協力いただいて、ひじょうに感謝しております。

 とはいえ、まだミャンマー情勢は予断を許さない状況で、多くの市民が危険にさらされています。

 微力ですがこのチャリティ上映を通して、さらなる支援につなげていければと思っています。みなさんにはご協力お願いできれば幸いです」

「僕の帰る場所」より
「僕の帰る場所」より

『僕の帰る場所』チャリティ上映特設サイト

https://bokukaecharity.studio.site/

場面写真はすべて(C)E.x.N K.K.

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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